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Re:【小説】ガルウイング頭蓋骨オープンリーチ脳味噌

 使い込まれた乳首は加水分解で溶けたように厭な手触りがした。
 粘質が不愉快さと共に指に残る。
 俺は手を引いて女を睨んだ。
 ベッドの上で、女の形をしたマシンが胸を上下させながらアイドリングしている。
 白いシーツに散らばった黒く長い髪にその粘質をなすりつけて、サイドテーブルの上にある煙草を咥えた。
 女が顔を向けて流し目で言う。
「やめたんじゃなかったの」
 俺はガラスの灰皿を掴むとそのまま女の顔面部分に叩きつけた。
 いや、女の形をしたマシンだ。
 加水分解の始まったシリコンの下で内骨格と複数のセンサー類が破損する音が聞こえる。
 そいつが次に何か言う前に、俺は立て続けにガラスの灰皿を叩き込んだ。
 女の形をしたそれは完全に沈黙した。
 アイドリングの代わりに全身を痙攣させている。
「ざまぁみろ」
 キャデラックのエルドラドやシトロエンのDS21より高い人形を壊した。
 ふざけていやがる。高い癖にすぐに下らないおしゃべりをしやがって。
 気の利いた会話のつもりか?
 髪の毛を掴んでベッドから引きずり下ろした。
 そのまま床に開いたダストシュートに放り込むと、暗い穴の中で何度も壁にぶつかりながら落ちていく音が聞こえた。
「ざまぁみろ」
 お前は助けてとも言えない。マシンだからな。

 あれが地下の廃棄場に着くまで、どれくらいの時間がかかるだろうか。
 落ちた時の衝撃はどんなものだろうか。
 床と衝突した時はどんな風に壊れるのか。
 全身に衝撃が走り、白い血が飛び散って、裂けた人工皮膚からプラグ類が鞭のように暴れ回る。
 そしてその先からはスパークが飛ぶ。
 合金の内骨格が歪んで、水冷オイルだとかバッテリーだとかが漏れ出て、もしかしたら発火するかも知れない。
 何度もバウンドして跳ねまわったそれが落ち着く頃には、見るも無惨な姿になっているだろう。

 
 高級な人形が耐え難いほど酷い形状になっているかと思うと軽い興奮を憶えた。
 抱いている時より興奮する。
 陰茎の先に快楽が先走る。
「クソ、もう一台買っておくべきだったな」
 だが予備機はもう無い。
 今から女を呼ぶのも面倒だ。

 興奮を覚そうとベランダに出る。
 夜空を移したかのように地面に広がる光が見える。
 俺もその中のひとつだ。
 誰か見ているか?
 この俺の勃起を。
 先走りが一滴落ちる。
 ベランダから遥か下、地面に落ちるまでに死ぬ精子たち。
 ダストシュートから棄てた女……いやマシンの中にも残っている、かつて血であったその白い液体の中に何万匹の生命が泳いでいるのか。

 原初、海ばかりであった地球に落とした神の粗相が元になって俺たちが生まれた。
 奴は何に興奮したんだろうか。
 いまの俺のようにベランダに勃っていたのか?
 その粗相は他の惑星にも飛び散ったのか?
 その惑星でも地球と同じように生命体が発生して、その子孫の奴らは高層階から高級な人形を落としては興奮して精子を飛び散らせるのか?
 そして笑い、同じように神の粗相や他の惑星について考えたりしているのか?

 煙草を投げ捨てる。
 白い精子の後を追って赤い光が落ちていく。だがその光も地面に着く頃には消えている。

 俺の粗相と神の粗相。
 違いは何だ?
 もしかして俺たちは白い体液の中に居て、かつて生命体だった頃の夢を見ているのか?
 なら俺の部屋もこの街も世界も全てがかつての記憶をもとに成立している。
 さっき棄てた女は前世の恋人か?
 眼下の街明かりが瞬く。
 光が消えて、新しく灯り、顔の形になる。
「お前がしているのは魂の話か?」
 そうだ、俺は魂の話をしている。
 脳味噌なんて言う記憶装置の話じゃあない。
「魂だよ」
 俺はまだ勃起している。
 それそれのオタマジャクシに宿った魂、それらの記憶がどこからコンタミネーションするかなんてのはこの際はどうでもいい。
 とにかく魂の集合した場所で俺たちは
「同じ夢を見ている。そうだろ?」
「ならお前はここから出て行く手段も知っているはずだ」
 街明かりが顔を歪めて笑う。
「月が綺麗だな」
 街明かりが月に向かって流れていく。
「夜を終わらせたいのか」
 歪んだ街明かりが訊く。
「お前は月になるのか?」
 俺は質問に答えず訊き返す。
 太陽に向かって流れていくのかも知れない。
 それならば終わるのは朝だろう。
 街明かりは答えない。
 あるのは暗い穴だけだ。

 暗い部屋、暗い街、暗い世界に穴が開く。
 そうして俺たちはその穴に吸い込まれていく。
 その穴から流れ出た月がある。
 そいつは太陽かも知れない。


 ならば俺がいまここで目の前のフェンスを乗り越えて、白い光や赤い光と同じように落ちていけば分かる。
 その先にあるのが月か太陽か確かめてみればいい。
 もしも駄目だった時は俺が棄てた人形みたいに無様な肉片になるだけだ。
 違うのはシリコンではなく生体皮膚であり、骨であり、筋肉であり、血管であり、筋肉と言う事だけだ。
 だが何度か弾んで沈黙する事には変わりがないだろうけれど。
 もう二度と喋ることも考えることもない。
「まだ生き足りないのか?」
「うるせぇよ、それに誰だよお前は」
 俺に話しかけてるのか?邪魔するなよ。

 煙草に火を点けて大きく吸い込むと、赤い光が強くなる。
 勃起は臨界点に到達しそうだ。
 精液が滴る。
 煙草を投げ捨てる。
 赤い点が遠のいていく。
 俺が足を揃えて落ちていく。
 俺の遺骸に張り付いた脂肪も加水分解したシリコンの様に厭な手触りなのだろうか。
 飛び散った時に脂肪が出ないように筋肉だけにしておくべきだったかも知れない。

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