見出し画像

【短編小説】黴

 カビかと思った。
 タイルの目地、その黒い汚れは文字だった。顔を近づけて読むと、それは般若心経の様な漢字の羅列に見えた。
 般若心経では無いと思うが、他に経なんて知らない。たぶん漢詩でも無いし。判断はつかない。とにかく日本語だ。


 いまの自分にとっては意味を為さない文字の羅列だと思うと急に興味が失せた。
 別に昔の公衆便所や駅のトイレみたいに誰かの電話番が書いてあったり、呪詛が刻まれているのを期待していた訳では無い。
 ただ何か、そんな所に書き込むだけの理由を見つけたかっただけだ。そしてそれは見つけられなかった。

ここから先は

1,220字
この記事のみ ¥ 300

サポートして頂けると食費やお風呂代などになって記事になります。特にいい事はありません。