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ジーンズマニアは無意識的な民芸愛好家である。

好きなジーンズを手に入れた日には、目の前でそれを眺め、ときに触って、表裏をひっくり返してみたり、そんなことをしながらぼくはワイン1本飲めちゃいます。


近年メンズファッションは圧倒的にHIP HOPの影響下にあって、逆にロックの影響力は相対的に低下しています。しかし、それでもいまだにジーンズは巨大なマーケットを誇っていて。きょうはちょっとジーンズの話をしましょう。


おもえばアメリカの第二次世界大戦後ひいては、朝鮮戦争の時代は、ジャズが流行していたもの。チャーリー・パーカーも、マイルス・デイヴィスも、セロニアス・モンクも、ジャズメンたちはみんなスーツを着ていたもの。当時ジーンズを穿いたジャズメンなんてひとりもいなかったし、もしもジーンズなど穿いてこようものならば、1950年代にはステージに立つことさえ許されなかったでしょう。つまり、あの頃はまだジーンズはあくまでも野良着であり、たとえばカウボーイの穿くものだったことがわかります。もっとも1955年の映画『理由なき反抗』のなかでジェイムス・ディーンは白いTシャツに黒皮ジャンパーにブルージーンズを穿いて黒皮ブーツで鮮烈にデビューしています。


ビートルズはハンブルグ時代はライダーズジャケットに黒皮パンツにブーツだったもの。1963年にデビューした時期に、キノコな髪型にして、名門ハイスクールふうのスーツを着ていたもの。ジョン・レノンがLevi’sのぴちぴちのスキニージーンズを穿きはじめたのは1965年です。そしてそれ以降、Levi’sはロックンローラーの標準的ファッションになってゆきました。(ちょうどLOVE&PEACEのヒッピーブームの時代に相当します。)この時期、背広を着てこそ社会人という常識は微妙に崩れはじめます。


1960年代後半以降、日本のジーンズメーカー各社には活気があって、 Edwin、Big John はもちろんBOBSON、BISONをはじめけっこう多くのブランドが元気で、日本のティーンエイジャーたちに絶大な人気を誇っていたもの。製造会社の系譜は、一方で米軍払下げ衣服に触発されて自社生産に乗り出した東京の人たち、他方、岡山系です。(おもえばお隣広島県呉市にも米軍がありますね)。なお、むかしもいまも岡山を代表する産業は、ジーンズと学生服です。余談ながら当時東京オリンピック以降の田舎町には、線路沿いの納屋やボロい民家に由美かおるさんの美しい脚と嫣然とした微笑みとともに、かとり線香アース渦巻のブリキの広告板と、はたまたカンコー学生服のブリキの広告板が貼られていたもの。


さて、いまの日本のジーンズ市場を見てみると、なにしろUNIQLOの影響力がすさまじい。なにせUNIQLOはジーンズクレイジーで、ジーンズの品質を上げることに命をかけています。UNIQLOの裾上げ代金込で4000円ジーンズはひじょうに品質が良い。なにせ柳井さんは(村上春樹さん同様)60年代青春世代、 ジーンズが好きで好きでたまらない。 もっともUNIQLOは山口県宇部市の小郡商事が前身で、小郡商事の時代は、VAN系のアメリカントラッドを売っていたものですけれど。


なるほどUNIQLOのインディゴブルーのデニムの風合はすばらしい。ただし、惜しむべきは、UNIQLOのジーンズはシルエットがスキニー中心に構成されていて、それでも一応、スキニーストレート/スキニーテーパード/スリム/レギュラー/ワイドフィットまで揃ってはいますが、もう少しヴァリエーションがあればもっといいのに。それにしてもスキニージーンズの流行はもう20年くらい続いているんじゃないかしらん。ぼくはもう飽きました、あの流行、そろそろ終わればいいのに。


なお女枠では、レギュラーとは呼ばず、リラックスフィット~ボーイフレンドテーパードと呼んでいます。ただし、同じくワイドフィットと呼んでいても、女枠はちゃんとローライズバギーになっていてシルエットがすっきりまっすぐであるのに対し、他方、男枠のワイドフィットは股上の扱いによってそれほどバギーっぽく見えない。その他には、ベイカーパンツとカーゴパンツがあるくらいです。


また色もたいへんに限られています。インディゴブルーの濃いもの、浅いもの、脱色したもの、黒、キャメル、ネーヴィーです。(カラージーンズはとっくにラインから消えています。)



ぼくとしてはカラージーンズ大好きだし、たとえば裾幅30センチのワイドジーンズや、1960年代ふうのベルボトムなども穿いてみたいのだけれど、しかし、いまやそれらはほとんどの洋服屋の表舞台から消えてしまった。せめてLevi’sの新宿&原宿旗艦店くらいには置いてくれたらいいのに。



(後註:2023年夏すでに女服においてはスキニーの流行は終わりつつあって、むしろゆったりめのシルエットを楽しんでいる人が多い。しかも2023年秋冬とともにスキニーの流行はほぼ終わった印象があります。他方、男服ではカーゴパンツが人気で、バギーもちらほら作られていますが、ただし男のパンツの流行はなかなか動かない傾向があるのでこの秋冬がどうなるかはわかりません。)



先日ぼくは新宿伊勢丹メンズ館で DENHAM というオランダのブランドのジーンズを拝見した。

DENHAM は日本生産とイタリア生産の2つのラインを持つ高級ジーンズのブランドです。日本生産(岡山工場)は染色も美しく、色落ちに風合いもあって、長持ちするそうで、そんな日本製ラインは茶色のパッチで、一本7万円ほど。(岡山は世界的なジーンズの聖地なんですね。)他方、イタリア生産のジーンズはストレッチも効いて履きやすいらしく、黒のパッチで3万円~7万円だそうな。ラグジュアリーブランドの多くはひそかに日本の技術を使いながらしかしそんなことは一言も言わないことがほとんどであるにもかかわらず、しかしDENHAMはむしろ日本製であることをセリングポイントにしていて、ぼくは好感を持つ。


日本人のジーンズ作りにはどくとくの繊細さと質の高さによる美があって、他方、ヤンキーたちのジーンズにはマッチョで大胆で粗野な魅力がある。しかもジーンズは穿き込んでゆけばどくとくの風合になるし、だからこそ古着需要もあって、さらには新品でありながらもあたかも古着であるかのような風合を作って売り出すものもある。日本人のジーンズマニアには、無意識ながら、日本人の民芸愛のミームを感じる。


なお、トップ画像はヒステリック・グラマー忌野清志郎記念ジーンズ。

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