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反骨精神

「血縁」「家族」という言葉が嫌いになってしまった。 実体験で、私にとっては他人だ。 都合いい世間体を得ている言葉で縛るもの、というイメージがある。 「嫌いになってしまった」というとおり、 「好きでいたかった」気持ちがある。 私はキレイごとな話が好きだ。家族物のストーリーも好きだ。 矛盾しているけれど、 「信じたい者」を信じて救われた話が好きだ。 都合いい「家族だから」っていう言葉は好きじゃない、みたいな。 大体、世間体の「言葉」は「縛りたい人が使うもの」というイメージがあ

    • 青い私がコレクションしてくれた名言集

      私の中で結構秘蔵。 秘蔵といえば短大時代に本田先生の哲学の授業でとったルーズリーフも秘蔵で。 でもそろそろ捨てたいからここに捨てるかもしれない。 哲学、心理学、精神学やる人で、趣味(?)やめる人って、どうやってやめるんだろうか… 頭で考えすぎって、弊害だと思っている。 あなたはそこにいますか、かなぁ。 溢れているマネをしない、おしつけない、売り込まない 信用、信頼を与え続ける(身の丈にあわないことはしない) 信用のないものはタダでもいらない(必要がない。広告は捨てられる)

      • 立って歩け 前へ進め

        ハガレンFANに怒られてしまうと思うが、 ハガレンは読んでない(ごめんなさい) ただ、この言葉、いい言葉だなと思っているし、 たしか、私の人生の小さな転機をくれた気がする。 いつ、どのタイミングだったかわからないけれど、 鬱屈とした日を送っている時があった(人生の中で何度もあった) 鬱屈としていると、「鬱屈とする」がデフォルトになって そこで留まって嘆くことが日常だった。 不平・不満を何度も自分の中で繰り返して、 ただただ世界や他人を呪うだけだった。 「そうするしかない」「

        • 自分を手の中で転がす

          少し前まで、物販の個人事業主をしていた。 今は契約社員で事務をしている。 10年間、いわゆる脱サラして夢を叶えていた。 今は世界の片隅でささやかに生を営んでいるミジンコみたいなものだと思っている。 あの頃は良かった、と思ったり思わなかったりする。 あの頃は自分の欲を全て抑えて影方に徹していた。 言いたいことも誰にも言えずに、「大衆と同一化しよう」としていたと思う。 結果、割と個性派だった私は少し私を無くしてしまい、今取り戻している最中だと思う。 私は面白くなくなった自覚

        反骨精神

          他人に合わせて自分を終わらせてはいけない

          小学生か中学生の頃に「ちえちゃん」という 今で言ううつ病の女の子と友達のようなものだったことがある。 友達というのは語弊かもしれない。 その当時、私は「お互いにかわいそうな境遇」ということで、 優越感と親近感を持っていた。エリートの集いのようなものだと思っていた。 ちえちゃんはお父さんがわいせつ行為で逮捕され、離婚し、 母親と二人で住んでいた。 私は小学生3年生から4年生に上がる頃に母親が病気で亡くなった。 お互いに片親だった。 今考えれば全く境遇は違う。それでも当時は思

          他人に合わせて自分を終わらせてはいけない