[短編小説]かがみ池(第1話)

あらすじ

 小学三年生になった鈴は、双子の弟の涼の、最近の態度が不満だった。今迄みたいにおそろいを楽しんだり、トレードマークの色を身に着けたり、双子を思いっきり味わって仲良くしたかったのに、涼はどんどん鈴から離れていく。
 鈴は、それが受け入れられない。
 夏休みに入って、家族で祖父母の家に遊びに行くが、鈴はそこの神様の怒りを買い、涼をとられてしまう。
 鈴は、涼を取り戻すため、悪戦苦闘する。
 神様は、涼に帰るか残るか決めさせるが、涼は鈴への不満を爆発させる。
 鈴は、自分も変わると示し、涼を取り戻した。


 「涼ってば、いったいいつからあんなに憎たらしくなったんだろう。ちっちゃかった時なんて、とおっても可愛かったのにっ」
可愛さあまって憎さ百倍。鈴(りん)は頬をふくらませ、プリプリと怒りながら一人きりで帰り道を進んでいく。
 「私達は双子よ。おんなじ時間に学校が終わって、おんなじ家に帰るんだから、一緒に帰って当たり前じゃない」
 鈴は、さっきの涼の表情と声をまねして、
「先に帰ってろよ」
と口に出してみる。
 「ぶわっかじゃない?!」
お腹の真ん中がむかむかして、頭が火山みたいにかっかする。
 三年生に上がると、涼は鈴と一緒に行動するのを、きっぱり拒否するようになった。クラスは別々なのは仕方ないとしても、一人でさっさとバスケットチームに入ってしまって、放課後だって別々に過ごすことになった。
 後から、鈴もチームに入ると言ったが、涼は氷のように冷たく怒って、
「絶対にダメ。鈴が入ったら俺が辞める。鈴とも縁を切るから。それに、締め切りは過ぎてるよ」
と言い放った。それには鈴も気圧されて、引き下がるしかなかった。
 今日は、そのバスケットの練習が休みだって言うから、一緒に帰ろうと誘ったのに、けんもほろろに断られた。
「あんにゃろー」
また怒りがわいてくる。
 二年生の頃、鈴が涼と一緒にいると、他の男子数人に囲まれて、金魚のフンだのひっつき虫だのラブラブだの言われることがあった。でも、そんなの言う方が百悪い。悪い奴の言うことを聞いて、私達が行動を変えるなんて、それこそ間違ってる。
 つまり、涼は間違っている。
「あいつだって、あのとき気にした素振りなんてしなかったじゃない。むしろ、クールに『ガキだな』とか吐き捨てて、かっこうよかったのに」
鈴は納得がいかない。別行動も、おそろいの終了も気に入らない。
 パパもママも、涼の変わりように何も思っていないようだった。それまで私が水色で涼が青と決まっていたのに、涼はこれみよがしに赤を好むようになった。パパとママは、涼の望むまま、赤いバスケットシューズを買ってあげていた。
 「私達、双子なのに。好きなものだっておそろいなはずなのに。無理しちゃってさ」
鈴は、水色のランドセルをガチャガチャいわせながら歩いた。 



 数か月たって、涼とのかみ合わない関係は変わらないまま、夏休みをむかえた。
 鈴は不満をかかえながらも、両親が旅の計画を立てるのをワクワクして待っていた。
「行くなら海がいいかなあ。ねえ涼はどこがいい?」
クーラーのきいたリビングで、ソファに横になってた鈴が、涼に話しかけた。でも、彼は手元の赤いゲーム機に視線を向けたまま、顔も上げない。
「ねえ、ちょっと。無視ってことはないんじゃない?」
鈴はそう言って、涼からゲーム機を取り上げた。
「なにすんだよ」
すぐに、涼が怒って取り返す。
「なにさ、ゲームばっかりして」
鈴は、簡単に取り返されたことが悔しい。
 「鈴もやればいいだろ。自分のあるんだから」
涼の指さす先には水色の携帯ゲーム機。的外れな言葉に、鈴は頬をふくらます。
「そうじゃなくて、話しかけてるのに、無視するなっての」
「はあ。何?」
「夏休みなんだよ。海と山、どっち行きたい? 海だよね? ね?」
涼がゲーム画面に視線を戻してそっけなく答える。
「おじいちゃんちだろ、行くの」
「ええ。それだけえ?」
「たぶんそうだろ。おまえ、おじいちゃんもおばあちゃんも好きじゃんか」
「そうだけど、そうじゃなくてえ」
鈴は涼の言う通り、二人のことが大好きだ。それに、おじいちゃん達の家の裏にある広い竹林。その奥にあるかがみ池。そこが大好きだ。
 思い出しただけで胸がすうっとする。なにか特別なものがあるのかと聞かれると、何とはっきり答えられないけれど、そこにいると不思議な気持ちになった。その気持ちでいることが、とても心地よかった。それは覚えている。
 でも、それとこれとは話が別だ。
「私達の誕生日もあるんだよ? なのに、海も山も無し?」
鈴がバタバタと体を動かすと、涼はため息をつきながら席を立つ。
「俺、自分の部屋行く。ついてくるなよ」
さっさと行ってしまうかと思ったが、涼はドアのところでちょっと立ち止まって、鈴に視線をよこした。
 「今度の練習試合、パパたちが頼むから、しょうがなく、しょーがなくっ、鈴が観に来てもいいって言ったんだ。大人しく観てるだけにしてろよ。応援とかいらないからな」
 パタンとドアが閉じられると、鈴はひとりリビングに取り残された。
 
 
 
 「いっけー、涼ー!」
三年生の試合が始まると、体育館いっぱいに鈴の声が響いた。ルールなんてわからないから、涼がボールを持っていようがいまいが、走っていようが止まっていようが、「いけーいけー」と同じ言葉を繰り返し叫んだ。
 涼のチームのユニフォームは黒。番号はそれぞれ違うけど、皆ちょろちょろと動くので、誰が誰だかわからない。
 でも、涼のシューズは鮮やかな赤。足元の赤を探せば、すぐに涼を見付けられた。
 ルールはわからないが、どっちがゴールかくらいはわかる。そのゴールにボールを何度もほうっているのは涼だ。
 「ねえ、涼君凄いねえ、かっこいいねえ」
一緒に応援に来てくれた友達に褒められて、鈴は上機嫌だ。
「なんたって、私の片割れだからね」
鈴はエヘンと胸を張る。
 「あ、ええっと、インターバルってやつかな」
見ると、涼たちはベンチに集まって監督の話を聞いている。
 「ん?」
視線の先の涼が、ユニフォームを着ていないこに小突かれた。涼は手を振ってその子に抗議したようだ。
「なにあれ」
鈴は最高の気分に水を差されて、ムッとする。
「ちょっと、涼に変なちょっかいかけないでよね」
鈴の声が通る。会場中の視線が鈴に集まったのではないだろうか。クスクス笑う声もちらほら。
 涼が、ベンチの後ろに向かって、来い来いと誰かを呼んで、呼ばれたこに何か耳打ちした。そのこは、こくんと頷くと、走って二階の鈴の元に真っすぐ来る。
 鈴の前に立つと、一度開けた口を遠慮がちに閉じるそぶりを見せる。しかし、すぐに思い直して、鈴にきっぱり言った。
「あのね、涼が、黙るか帰るか選べって」
 一瞬にして自分の顔が真っ赤になるのを、鈴は感じた。
 「ねえ、わかってやってよ。じゃあ、頼むね」
そう言って男の子は行ってしまった。
 鈴は開いた口から何か言葉をだそうとするも、血が上って
「あ、あ、あ」
としか言えなかった。
 「鈴ちゃん、帰らない?」
「え?」
「あの、視線がけっこう痛いなあって」
鈴が周りをキョロキョロと見渡すと、またクスクスという笑い声が聞こえた。
「でも」
鈴は、意地が邪魔して脚が動かない。
「行こう!」
友達が手を引いて体育館から鈴を連れ出す。
「イケイケ涼ー! きゃー」
馬鹿にしたような男の子の声が、鈴の背中に届く。
「なあにい?」
鈴はすぐさま振り返って向かって行こうとするが、友達の万力でそのまま外に出ることになった。
 体育館を後にして、校門まで引きずられるように歩いた。
 「鈴ちゃん、どんな心臓してるの? 結構睨んでる女の子いたよー?」
「え、そうだった?」
「涼君、もてるんだよ? 鈴ちゃん、涼君の双子のお姉さんだからって、好意的に見る人と、敵視する人のどっちもいるんだよ。気付かなかった?」
「もてる? 涼が?」
「えー知らなかったの? クラスのことか―」
そのあとも、友達は何か言っていたが、鈴の耳には入らなかった。
 涼が、もてる? 恋愛というやつに、涼が巻き込まれている? なにそれ、そんなの涼から聞いたことない。
 ぐわんぐわんと頭の中で鐘がなる。嘘でしょー?
 鈴は、頭を抱えた。
 
 
 
 「おい」
涼の怒った声と共に、集中して観ていたゲーム画面が不意に消える。
「おまえ、約束も守れないのか? 黙って観てろって言ったろ?」
鈴は、ぽやぽやした頭をぶるぶると振って、現実に戻ろうとする。涼の顔にピントが合うと、飛びつくように声を上げた。
「あんた、もててたの?」
「はあ?」
涼は嫌そうな顔をする。
「いきなり何言ってんの?」
「ねえ、私、相談にのるよ? さあ、話して」
鈴は涼に迫るが、彼は後ずさる。
 「す、好きなことかいたりして?」
鈴が裏返った声を出すと、涼はうんざりした表情を見せて、
「話になんねえ」
と言い残して背中を向ける。
 あ、また行っちゃう。鈴は慌てて別の話題を脳内で検索する。
 「ああ、そうそう。今年の誕生日プレゼント、期待しててよね。感動して涙が溢れちゃうようなものを用意するんだから」
鈴は嬉々としてブイサインをしてみせたが、涼は、はあっと大きなため息を残して、やっぱり行ってしまった。
 
 
 
 デパートに行くのは楽しい。今日は、パパもママも涼も皆一緒だ。
 おじいちゃんちに行くのに、お土産を見繕いに来たのが本命。それと、パパとママが鈴と涼の反応を見て、誕生日のプレゼントに何を喜ぶのか探るのが秘密の目的。
 鈴は、自分も涼に探りを入れるつもりで来たのだが、目の前に広がる可愛いものに興奮にして、おもちゃ屋ではしゃぎ、雑貨屋で夢中になり、アクセサリーショップではあれこれ手に取りまくった。
 これにはパパもママもまいってしまった。これでは、何をプレゼントしたらいいかわからない。パパとママは、眉を下げてひっそりと話し合ったあと、これは何でも喜ぶだろうという結論をだしていた。
 涼はといえば、本屋のスポーツのコーナーでパラパラとしたり、スポーツ用品店で
真剣に物色したり。
 パパもママも、にっこりして涼を見ていた。
 おじいちゃんとおばあちゃんには、老舗のお菓子と、涼し気なシャツとブラウスを選んだ。
 「水色よ。水色が一番きれいじゃない。おじいちゃんのもおばあちゃんのも水色にしよう」
鈴は、たくさん並んだシャツの中からほいほいと選んで持ってくる。
 「それ、おまえの好きな色ってだけだろ。こういう時は、相手に似合う色とか相手が好きな色を選ぶんだろ」
涼は、おじいちゃんには渋いオレンジ、おばあちゃんには薄い紫を選んで見せた。
 「そうね、似合いそうね」
パパもママもさっさと涼の案を採用してしまった。
 「水色、きれいじゃん」
鈴は不満を漏らしたが、誰の耳にも届いていないようだった。
 「そうだ、玄じいちゃんの! これ、玄じいちゃんにおみやげにする」
鈴の主張する水色のシャツは、玄じいちゃん用ということで採用された。
 鈴は少し満足して、ママの後を追っているうち、いつのまにか帰る時間となってしまった。
 「しまった。涼へのプレゼント、見付けられなかった」
涼の様子を思い出そうにも、浮かぶのは自分が心惹かれたおもちゃやネイルセット、小さなバッグに大きなリボン。自分の好きなものばかり。
 「ママ、もう一周だけ見てまわってきていい?」
「ええ? もう帰るのよ」
雲行きが怪しい。向き直ってパパにターゲットを移す。
「お願いパパ。走って見てくるから」
「走ったら危ないよ。歩いて見ておいで」
「やった」
鈴がぴょんと跳ねると、ママはパパに鋭い視線を送った。
「もう、甘いんだから。涼、悪いけど、付いて行ってあげてくれる?」
鈴はギョッとした。
「いい、いい。すぐだし、一人で行く」
そう言って慌てて走り出す。
「走っちゃダメ!」
後ろからママに言われて、速足に歩いてエスカレーターへ向かった。
 
 
 
 その晩、鈴は部屋で、買って来た厚紙に色紙を張り付けて、悪戦苦闘していた。色紙の色はもちろん青と水色。束ねた厚紙を閉じるのに使うのは、きらきら反射する水色のリボン。
 「よし。あとは写真を選んでと」
鈴は部屋から出て階段をすべるように降りると、ママにおねだりをした。
「いいわよ。部屋で待ってなさい」
「ありがとう、ママ」
しばらく待つと、ノートパソコンを持ったママが部屋に来てくれた。
「いつぐらいの写真?」
机にノートパソノンを開く。
「生まれた時から、ずっと、今まで」
「オーケー。大作ってわけね」
ママがウインクをくれた。
 パソコンに無数の写真のアイコンが並ぶと、画面は青と水色に占領された。
 「よく選ばないと。これ、いいな。おそろいの産着着てる。顔を寄せ合ってるの、可愛いな。これ、動物園に行った時かな? 同じポーズをきめてていいかも。あ、これは駄目。私が不細工に写ってる」
プレビュー画面から、印刷する写真を選ぶ。
「そう? ママにとっては、ぜーんぶ可愛い、大事な写真」
そう言ってママは鈴の頭を撫でる。
 「なんで急にアルバムなの?」
ママの声が鈴の耳をくすぐる。
「あのさ、涼って、私の事嫌いだと思う?」
「思わないわね」
「そう、かな」
「うん」
「なんかね、ちょっと怖いんだ。涼ってば、どんどん私から離れていく気がするんだ。バスケだって、一人で勝手に始めちゃうし、私がやったらダメっていうし」
「鈴、バスケット好きなの?」
「ううん。ルールもわかんない。でも、バスケをする涼はかっこよかったよ」
鈴はにかっと笑って見せる。
 そしてまた真顔になり、
「なんかさ。何で許せないのかな。涼と私、同じものを好きだったんじゃないのかな? それがもう同じじゃないのかも。寂しいのかな? 置いて行かれるようで、悔しいのかな?」
のどが締め付けられて、涙が出そうになるが、鈴はそれをぐっとこらえた。
 「私も、私でなくなるのかな?」
「どういうこと?」
「変わっちゃうの? 涼みたいに、好きなものとかそれまで当たり前だったことが、変わっちゃうの? それって怖くない? 悲しくない?」
「同じでいることって、難しいのかもね。世の中、変わることの方が多いのかもしれない。なんで変わるのかしらね? 変わらない物ってあるのかしらね? ね、鈴が何か答えを見付けて、ママに教えてもいいって思ったら、ママに教えてくれる?」
「うん。もちろん」
ママの腕の中にもぐり込んで、その温かさにうずもれる。
「あら、赤ちゃんに戻ったみたいね」
「ふふ。戻るっていうのもあるんだ」
クスクスと二人で笑い合う。
 「アルバムはね、閉じ込めておくの。涼と私は双子で、仲良しで、いつも一緒で。それは、最高に素敵なことだから。形にしておくの」
鈴は自分から出た言葉を自分の耳で聞いて、頭の中で何度もくり返した。


つづく


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