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今日もそんなに特別な一日ではないけれど

『日本にいないエッセイストクラブ』やってます!
世界各国に住む物書きのみなさんでリレーエッセイをはじめました。その名も『日本にいないエッセイストクラブ』。第一回目のテーマは「はじめての」。2人目はイタリアのすずきけいから、3人目は記事の最後に紹介します。告知記事はこちら、随時エッセイをまとめているマガジンはこちらです。

はじめて海外に出た時のことを、いまだによく覚えている。

場所はタイのバンコク。そのとき僕はバックパックを背負って旅行を始めようとしていて、そのスタート地点に選んだのがバンコクだった。当時はバックパッカー天国で旅行しやすそうと思ったのもあるけど、何より次に予定していたインド行きの航空券が安く買えるという理由が大きかった。

空港に到着したのは、たしか夜中の1時くらい。ただでさえ遅い時間に到着予定だった飛行機がさらに遅れて、ロビーに出たときには空港内の店もカウンターもほとんど閉まっていた。今だったらそんな飛行機に絶対乗りたくないけど、当時はあまりに何も分かってなくて、チケットを買うときに値段しか見ていなかった。

そんな時間だから街に出るバスも見つけられず(いま思い返せば多分あったと思うけど)、外にはあやしげな雰囲気の白タクのドライバーばかりが目について、怖くなってそのあたりのベンチで夜を明かした。


次の日、バスに乗って街に出た。おとなしく空港からのシャトルバスを使えばいいものを、面白い場所に着きそうだからという理由でローカルバスに乗った(いま思うとむちゃくちゃな理由だ)。そして、どこだかわからない市場に着いて、そこでまわりの人が降りていたので自分も降りた。バス代が20円くらいだったのをよく覚えている。

当時バンコクは都市開発がかなり進んでいて、中心街には高層ビルがにょきにょきと立ち並び、見上げれば景色は東京とそんなに変わらなかった。それでもはじめての海外というテンションもあって、目にしたものは何でも珍しく見えた。そして、とにかくカメラを向けまくった。いま見返してみると、この時に市場で撮った写真はほとんど手ブレしている。

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それから12年が経った。この時の旅行がきっかけになり、いろいろなめぐりあいがあってイタリアに住むようになった。フリーライターとして仕事を始め、ありがたいことに依頼もいただくようになった。自分の場合、8割はイタリアに関する依頼で、ここでの生活の様子や文化の違い、旅行情報などを記事として書いている。

この仕事をしていて大事だなあと個人的に思っているのが、日常生活の出来事をていねいにすくいあげるという作業だ。

日本とイタリア。国が違えばいろいろと違うことがある。例えば日本では野菜はパックや袋に入って売っているけど、こちらでは大きなかごに入っている野菜を好きだけ取って計量して、自分で値札を貼ってレジに持っていく。自分のほしい分だけグラム単位で買えるシステムは合理的で、便利だなあと思う。親子丼作るのに玉ねぎ1個だけ買い足したい、なんてときはとくに。

でもこういう細かいことは、夕飯のメニューを考えたり、まわりで娘が大騒ぎしたり、税金のことを考えたりしているうちに、すっと忘れてしまう。正確には、記憶のどこかには残っているし(野菜の買い方を忘れる人ってそんなにいない)、その経験の積み重ねが海外の生活に慣れていくことなんだろうと思う。でも、慣れれば慣れるほど生活に新鮮味はなくなるし、それが日本と比べて違うことなのかどうか分からなくなってくる。

できれば自分は、日常の些細な出来事にいちいち気づいて、拾い上げられるようになりたいなあと思う。そういう意味で、始めてバンコクの市場でカメラを片手に歩いたときのわくわくした視点は、自分にとって理想のカタチでもあるのだ。

ミラノは最近めっきり暖かくなって、公園にも人の姿が増えてきました。そろそろ春ですね。

次のバトンはアルゼンチンの奥川駿平さんです。
バンコクの市場の写真、あらためて見返してみるとほぼ全部手ブレ(もしくは被写体ブレと両方)していてびっくりしました。できるならいま使っているカメラ持って全部撮り直しに行きたいくらいだけど、その時のテンションを感じるって意味ではこのままでも……いいのかも。

日本にいないエッセイストクラブ』、次回のバトンはアルゼンチンの奥川駿平さんにお渡しします! 公開は2/24あたりを予定。お楽しみに!


前回走者、ベトナムのネルソン水嶋さんの記事はこちら

いろんな人が「学生時代はバカやって楽しかった」と振り返る。うちの母校はキャンパスらしいキャンパスもなく…(中略)…そんな思い出を語る人をよくうらやましく思ったもの。でももしかしたら学生ならぬ「モッチャン時代」は、自分にとってのそれかもしれない。

ベトナムビールの話をしているかと思ったら急にノスタルジックな展開になって、大学時代まで一気にタイムスリップする。自分の中にある思い出がポワポワとよみがえる、そんなお話です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます! サポートいただいた日は、ちょっと贅沢に生パスタを茹でます。