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映画『オッペンハイマー』 日本公開をめぐる陰謀論

 今年の7月、日本を除く全世界で公開されて大ヒットし、10/20現在で北米の2023年の興収ランキング3位を記録したクリストファー・ノーラン監督の大作映画『オッペンハイマー』(米国配給:ユニバーサル)。この映画の日本公開を危ぶむ声がでています。きっかけは米国でのDVD/ブルーレイが11月に発売されるという話題。

 アメリカでは円盤が発売されるのに、日本では公開日すら発表になっていない! 原爆開発者の実録をアメリカ目線で描いた内容らしいし、国内の炎上をおそれて配給会社の腰が引けてが公開しないことにしたのではないか? …という陰謀論を思いついちゃう人が多いようですね。

 日本市場では比較問題で海賊版の被害がそんなに深刻ではありません。そのせいで本国での公開と日本公開の間隔が大きく空いて、日本公開前に本国で円盤が発売になることも珍しいことではありません。最近で言えば『コカインベア』。米国2023/2/24公開で円盤の発売は6/29。日本での劇場公開日は9/27。オッペンハイマーと同じユニバーサル映画です。

 では、何が起きているのか? 劇場公開遅れの要因となるような事情を並べてみます。

① 原爆投下をたかが映画の宣伝に利用すべきでない

 米国に合わせて7月下旬の公開にしてしまうと、公開中に8月6日と9日を迎えてしまいます。原爆についてもう一度深く考える重要な機会ではあるものの、広島・長崎への原爆投下という重い事実をハリウッド映画の宣伝に商業利用するということにもなってしまいます。常識的に考えて8月の公開だけは相応しくない映画です。

② 2023年の夏は大作/話題作が大渋滞
 コロナ禍で過去数年映画の公開と製作が足踏みしました。そのせいで渋滞していたハリウッド作品が一斉に公開になり、更に邦画の話題作も公開になりました。因みに米国のサマー・ムービーの季節は5月末のメモリアルデーの3連休から始まりますが、今年はこんな感じでした。
『リトル・マーメイド』 ディズニー:米公開5/26、日本公開6/9
『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』ディズニー:日米公開6/30
『君たちはどう生きるか』 東宝:公開日7/14
『ミッション・インポッシブル7』パラマウント:米公開7/12、日本公開7/21
『キングダム3』 東宝:公開日7/28
『マイ・エレメント』 ディズニー:米公開7/16 日本公開8/4
『バービー』 ワーナー:米公開7/21 日本公開8/11
『ホーンテッド・マンション』 ディズニー:米公開7/28、日本公開9/1
 
 随分と渋滞していて米国では『オッペンハイマー』は7/21。全く系統は違いますが話題作『バービー』と同日だったので、Berbenheimerミームが生まれることになってしまいました。日本ではハリウッド映画の渋滞に邦画が入ってきますから、6月末からお盆前まではほぼ毎週大作/話題作が公開されました。『オッペンハイマー』の日本の配給は東宝グループの東宝東和。①の理由と合わせても公開を遅らせて、東宝配給の映画とのカニバリズムを回避しつつ、じっくりこの映画を展開するというのは普通の判断です。

③どうせアカデミー賞に絡むので2024年第一四半期のどこかの公開の方が話題性高
 
これには事例があります。2018年の『グリーン・ブック』。公開前からオスカー候補でしたが、60年代初頭の黒人などマイノリティ差別を描いたロードムービー。仮に公民権運動ものなら最終的に目的が達せされて映画としての爽快感もあるのですが、ドラマなので日本の市場では展開が難しい内容でした。ではどうしたか?
 日本公開をアカデミー賞の授賞式の後に持ってきました。時系列としては米国公開が2018/11/16。アカデミー賞授賞式が2019/2/24。この作品は、作品賞・脚本賞・助演男優賞を受賞。その1週間後3/1に満を持して日本公開です。21.5億円の興行収入を記録しました。
 同様にアカデミー賞作品賞を受賞したアメリカ黒人の奴隷制度を描いた映画『それでも夜は開ける』もおなじ作戦でした。米国公開2013年10月、アカデミー賞授賞式が2014/3/2、日本公開2014/3/7。日本の興収は4億円で終わりましたが、米国での興収は約$57M(約56億円)なので米国でも大ヒット作とは言えません。日本では劇場公開を危ぶむレベルの映画だったわけで、こちらも作戦成功と言えると思います。
 『オッペンハイマー』に話を戻すと、クリストファー・ノーラン監督作品で作品賞ノミネートは公開前から確実。キリアン・マーフィの主演男優賞他複数カテゴリーに絡んでくる作品です。2024年のアカデミー賞授賞式は3月10日。米国公開から8ヵ月くらい空いてしまいますが、日本でのマーケティングの難易度は高いが世界の他のどこの国よりも日本の観客が観るべき映画です。日本の興行をコケさせないためにこういう展開になるのは仕方ないことだと思われます。

④ストライキ対策で今度は作品が品薄に
 今年は全米脚本家協会WGAと俳優の組合であるSAG-AFTRAがストライキを決行しています。WGAは5月に始まって9月に終息。SAG-AFTRAは7月にストに突入しまだストライキ中。ハリウッドの映画制作はまだストップしています。つまり、この夏の渋滞から一転して今後はハリウッド大作が品薄になっていくわけで、既に『デューン 砂の惑星 PART2』が3月から4月へ公開延期になった他、調整がはじまっています。
 『オッペンハイマー』が2~3月公開になると、結果としてストの影響による目先の空白を埋めることになることにもなります。

 …と考えると、仮想敵すら存在しないしょぼい陰謀論を振り回さなくても『オッペンハイマー』の日本公開の遅れは説明できます。ただ不可解なのは、今日現在公開予定日や公開予定時期すら発表になっていないことです。それが、結果としてどうでもいい憶測を呼ぶ原因になっています。言いがかりにしか思えませんが電通がNBCユニバーサルと提携関係にあることを根拠にして、電通の思惑で公開されないのでは?という電通陰謀論もみかけました。

『ゴジラ-1.0』陰謀論
 以上、色々事情を並べてみると『オッペンハイマー』が日本でちゃんと公開されるにしても、2024年第一四半期頃でも不思議ではないところまでは説明できます。ただ、2023年の10月現在で公開時期すら明らかにされていない謎は残ります。
 こうなると、この部分の説明は完全な陰謀論になってしまうのですが、『ゴジラ-1.0』が要因かもしれません。
 『ゴジラ-1.0』は11/3公開で、終戦直後の話。初代ゴジラは1954年が舞台で、水爆実験の影響を受けたジュラ紀の古生物です。放射能怪獣という設定が同じであれば、ごく素朴に想像すると、広島・長崎の今度は原爆投下が原因で生まれた怪獣になってしまいましたるのかもしれません
 大丈夫でしょうか? 例えば、原作コミックのピーター・パーカーがどうやってスパイダーマンの能力を得たかというと、放射能を浴びたクモに噛まれたせいです。ゾンビ映画の第一作目『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)では放射性物質を積んだ人工衛星の墜落がゾンビ現象の原因として仄めかされます。このように、エンタテインメント作品では放射能ファンタジーで何かを説明することが多い訳ですが、仮に‐1.0のゴジラが想像通りだとすると、広島・長崎をファンタジー設定の単なる道具立てにしてしまうことになります。この映画では戦艦長門が標的になった終戦直後の核実験をゴジラ巨大化の原因として持ってきました。

 邦画が広島・長崎をファンタジー化してしまったとして、
邦画が原爆をファンタジー設定のネタにしてしまった一方、原爆を開発した科学者オッペンハイマーの懊悩を描く迫真の実録もの映画がハリウッドで製作されたというのは並べてしまうと随分不都合な感じになりかねません。
 (*上記下線抹消と太字追加部部分は11/3に修正しました)

11月に‐1.0を公開して、大ヒットしたとしても劇場公開は2月くらいまで。なんといってもお正月映画の宣伝で、観客の意識はリセットされますから、原爆ファンタジー邦画と原爆実録ハリウッド映画がかぶるという事態は回避できます。

『ゴジラ-1.0』がひと段落するまで、配給側が『オッペンハイマー』はなかった振りをするのは、両方の映画の成績を最大化するのに必要なことであると説明できます。

 結局、陰謀論で説明することになってしまいましたが、とにかくベストな形で『オッペンハイマー』が日本で劇場公開され、どのIMAX劇場がいいのか悩むような日が来ることを期待したいと思います。

■追記
『オッペンハイマー』が日本でそのうち公開される見込みで色々書きました。
ただ、直近11月で米国発売のDVD/ブルーレイに ①日本語吹替/日本語字幕がおまけでついている ②権利的には本来国内流通しないはずの米国盤がAmazon経由で購入できる(=日本の配給会社がAmazonに輸入禁止の通知をしていない) という状況になった場合は日本の劇場公開はない前提で動いていることになります。
そうなったら劇場公開要求署名運動とかを始めるくらいしか方法がないかもしれません。この映画でそんな事態になったら、本当に日本の恥ですが…