鈴懸 suzukake

田舎街生まれの田舎街育ち。 役職無しの、ふつーの勤め人、兼、自営。 「カクヨム」で詩や…

鈴懸 suzukake

田舎街生まれの田舎街育ち。 役職無しの、ふつーの勤め人、兼、自営。 「カクヨム」で詩や小説を書いています。 https://kakuyomu.jp/users/daidai1112

マガジン

  • 昭和女歌謡を唄う

    鈴懸が普段唄いしている珠玉の昭和女歌謡をご紹介します。  どれだけ時間があっても唄い足りないくらい唄う現在の私ですが、今回、私がよく唄う “昭和の女歌謡” をまとめてみたい、と思い付きました。  カラオケ屋のみならず、車の中で、道路を歩きながら、職場の休憩時間に、お風呂の中で、私が口ずさんでいる女歌謡に共感していただいたり、新たに発見したりしていただけると嬉しいです。  各回、本文の最後に、曲の動画(なるべく、ご本人が歌っている映像)のURLを貼り付けていますが、削除等リンク切れになっていたら申し訳ありません。時々、此処に訪れてチェックした後、可能であれば貼り直しておきます。

  • 心の琴線に触れる曲たちのStorage

    私の心の琴線に触れる邦楽を紹介します。 現在、同時進行でアップしている『昭和女歌謡を唄う』同様、私がよく見聴きしたり、唄ったりする 曲の中で、心の琴線に触れる曲を選んでご紹介したいと思います。  曲は、1970年代~2018年のものになりそうですが、時系列ではなく、アトランダムに更新していこうと思います。  知っていらっしゃる曲では共感を、知らない曲は、新たにライブラリーに加えていただけると嬉しいです。 *本文中の、オリコンチャートや参加ミュージシャン等の情報は、ウィキペディアから出典しています。 *各回、本文の最後に、曲の動画(なるべく、ご本人が歌っている映像)のURLを貼り付けていますが、削除等リンク切れになっていたら申し訳ありません。時々、此処に訪れてチェックした後、可能であれば貼り直しておきます。

  • 畑 2020シーズン

    枝豆ととうもろこしを栽培した記録です

最近の記事

「幸せになるために」(昭和51年 1976)HI-FI-SET

 ハイ・ファイ・セットの2曲目は、彼らの6枚目のシングルで、私は観ていませんが、日本テレビ系の宇津井健主演のドラマ「たんぽぽ(第3シリーズ)」の主題歌になった曲です。  恋愛かどうかわかりませんが、心に思っている人と離れて暮らしている女性が夕焼けを見ながらその人のことを思う歌詞になっています。  前に紹介した「土曜の夜は羽田に来るの」と同じで、作詞は荒井由実、作曲は村井邦彦です。  まずは、詞から。  恋愛かどうかは分かりませんが、女性が心に思っている人は、女性が住んで

    • 「土曜の夜は羽田に来るの」(昭和50年 1975)HI-FI-SET

      *この記事は、2023年に書いたものです。  最近、MDラックを見返す機会があって、いわゆる“棚つか”(棚からひとつかみ)した中に、ハイ・ファイ・セットと赤い鳥のMDがありました。  どちらのMDも、聴き返すと本当に良くて。  その中から2曲、ご紹介します。  まずは、昭和50年にシングル「スカイレストラン」のカップリングとして発表された「土曜の夜は羽田に来るの」を紹介します。  両曲とも、作詞が荒井由実、作曲が村井邦彦です。  サビの歌詞で、曲の中の主人公の女性がはっ

      • 22曲目『悪女』(昭和56年 1981)中島みゆき

         前回の『いちご白書をもう一度』の勢いで、ベタな名曲を取り上げてしまえ!というノリでこの曲を。  この曲が私の琴線ストックに入ったのは去年でありました(遅過ぎ)。  この曲の良さ語りもいっちょかみますが、♪マリコの部屋へ~ 電話をかけて~ ンフフフフ~フフフフフ~フフ… てな具合に、歌詞を覚えていなくてもスキャットだけでも口ずさんでしまえるメロディの良さがありますね。  で、♪あ~くじょにな~るなら 月夜はおよしよ 素直になり過ぎ~る フフフフフフ~フ… とサビの部分までも

        • 「いいじゃないの幸せならば」(昭和44年 1969)佐良直美

          *この記事は、2022年に書いたものです。  先日、職場で同僚と仕事の話をしているときに、♪いいじゃ、ないの、しあわせ~ならば~、と、ふいにサビのフレーズを口ずさんでしまいました。  40歳になったばかりの同僚は「あ、それ、聴いたことがある!」と、早速、携帯電話で検索を掛けました。そして、佐良直美が良家のお嬢様だったことや、キャッシーとのレズビアンスキャンダル(検索元の記述がキャシー中島とのスキャンダル、と間違った記述になっていました(^^;)の後に芸能界から姿を消したこと

        「幸せになるために」(昭和51年 1976)HI-FI-SET

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        • 昭和女歌謡を唄う
          22本
        • 心の琴線に触れる曲たちのStorage
          19本
        • 畑 2020シーズン
          22本

        記事

          21曲目『いちご白書をもう一度』(昭和50年 1975)バンバン

           この曲が、長年に渡って私の琴線に触れる曲になっていたにもかかわらず、今まで取り上げなかったのは、あまりにも有名でベタ過ぎな曲なので「今さら貴方が取り上げなくてもわかってるわい!」と一人ツッコミをしていたからであります(^^;  ユーミンが20歳の時にバンバンのために書いた曲です。20歳でこの曲を書けるのがすごい、と誰もが言っていますし、私も同感です。  この曲の素晴らしさやこの曲の歌詞ができた謂れは、ネット上にたくさん出ていますので、私は触れないでおこうと思います。  特

          21曲目『いちご白書をもう一度』(昭和50年 1975)バンバン

          「雨の物語」(昭和52年 1977)イルカ

          *この記事は、2021年に書いたものです。  先日、職場の廊下を歩きながら窓越しに雨が降っている外を見ていたら、♪化粧する君のその背中がとても… と自然に口ずさんでしまい、しかし、その先の歌詞がどうにも出てこなくて、後で、フルで聴いてみると、リアルに降っている氷雨が沁み込んでくるかのように脳内の隅々にまで行き渡ってしまい、此処に挙げる曲にしました。  私は、イルカのファンでも伊勢正三のファンでもありませんが、この曲が自分の人生の何処かに入り込んでいたから冒頭の歌詞が思わず口

          「雨の物語」(昭和52年 1977)イルカ

          20曲目『さよならの夏』(昭和51年 1976)森山良子

           “70年代の邦楽がランダムに録音されたMDを聴いていたところ、今になって耳に止まった曲”の2曲目は、森山良子の「さよならの夏」です。  前回の「花のささやき」と同じMDに入っていまして、聴いたときには(ん?70年代の邦楽曲のはずなのに、なんでジブリの曲が紛れ込んでいるんだ?)って思って、MDのインデックスを見直したくらいでした(^^;  これは、もう、ジブリ、というか「天空の城ラピュタ」の主題歌なのではないか?と率直に思いました。  作詞が岩崎宏美の「すみれ色の涙」を作詞

          20曲目『さよならの夏』(昭和51年 1976)森山良子

          「スノーフレイクの街角」(昭和63年 1988) 杏里

           「心の琴線に触れた曲たち」というエッセイで取り上げている曲の中で、杏里の曲がエントリーされていますが、なるべく多用したくないなあ、ということで、1曲は此処で語らせてもらいます。  杏里の曲と言えば、大ヒット曲が数曲ありますけれど、この曲は、そこまでのヒット曲じゃなかった(当時のオリコンで12位でした)と思います。  でもね、なぜか、好きなんですわ。  この曲だけじゃなく、どの曲も、かもしれません(私、そんなにファンじゃないので全部を知っているわけじゃありません)が、杏里が

          「スノーフレイクの街角」(昭和63年 1988) 杏里

          19曲目『花のささやき』(昭和52年 1977)ザ・リリーズ

          *この記事は、2021年に書いたものです。  先日、何気に70年代の邦楽がランダムに録音されたMDを聴いておりましたところ、今になって耳に止まった曲が2曲ありましたので、ご紹介します。  1曲目は、ザ・リリーズの「花のささやき」です。  たまたま聴いた曲がザ・リリーズが歌ったものでしたが、他にも、伊東ゆかり、浅田美代子が歌っています。3人の歌声を聴きましたが、やっぱり、この曲にぴったりなのはザ・リリーズだと思いました。  元々は、1966年にリリースされたイタリアのポップ

          19曲目『花のささやき』(昭和52年 1977)ザ・リリーズ

          番外編「あまい囁き」(昭和48年 1973)中村晃子・細川俊之

           実は、この曲、未だ、カラオケで唄ったことがありません。 「一度、唄って(語って)みたい!」No.1の曲なのですが、お付き合いいただける女性に巡り合ったことがありません。  男性パートを入念に練習しておきますので、お付き合いいただける女性を募集しています。是非、ご連絡ください!(笑) ♪「あまい囁き」(昭和48年 1973)中村晃子・細川俊之  作詞:G Del Re・L Chiosso 訳詞:杉 紀彦  作曲:G.Ferrio https://www.youtube.co

          番外編「あまい囁き」(昭和48年 1973)中村晃子・細川俊之

          18曲目『灯り』(平成29年 2017)ストレイテナー×秦 基博

           数えるところ18曲目の紹介になりました。7曲目からずっと野郎ボーカルが続いて、しかも、奥田民生以外は、Eギターがギンギンのものばかりになりましたので、続けて読んでくださっている方もお腹いっぱいになっているかもしれません。  だいたい、“琴線に触れる”といいながら、それが、私の場合、バラード調ではなく、どちらかというと、激しめの方になります(今更ですが)。  この曲もアコースティックではなく、Eの方ですが、それでも、しっとりした曲なのでお付き合いください。  ストレイテナー

          18曲目『灯り』(平成29年 2017)ストレイテナー×秦 基博

          「優しい雨」(平成5年 1993) 鈴木祥子

          *この記事は2019年12月に書いたものです。  昭和の曲じゃなくて申し訳ないのですが、今回、「優しい雨」をレビューします。  この曲は、作詞が小泉今日子で、作曲が鈴木祥子です。小泉今日子と緒方直人主演のTBSのドラマ「愛するということ」の主題歌になっています。小泉今日子のシングルでは、「あなたに会えてよかった」に次ぐ大ヒット作になりました。  でも、このドラマ、たぶん、私は観てないような気がします。というのは、この「優しい雨」が、平成13(2001)年放映の小泉今日子主

          「優しい雨」(平成5年 1993) 鈴木祥子

          15曲目『かげろう』(平成25年 2013)16曲目『幸福な朝食 退屈な夕食』(平成9年 1997)17曲目『ハローグッバイ』(平成21年 2009)斉藤和義

          *この記事は、2019年に書いたものです。    満を持して、私が大好きな斉藤和義の曲を3曲(も)紹介します。  和義君(私は、いつもそう呼んでいるので、以下、この表記で)との出会いは、14、5年前に、職場の同僚があの『歌うたいのバラッド』をカラオケで常々、歌っていて、(いい曲だなあ)となり、その(独身の)同僚は、時々、自炊以上の腕前で酒の肴を振舞ってくれるのですが、ある日、美味しい地酒と肴をいただきながらアップルの大型ディスプレイで和義君の初の弾き語りライブ「弾き語り 十二

          15曲目『かげろう』(平成25年 2013)16曲目『幸福な朝食 退屈な夕食』(平成9年 1997)17曲目『ハローグッバイ』(平成21年 2009)斉藤和義

          「フィーリング」(昭和51年 1976)HI-FI-SET

           もしも、当時、流行語大賞があったら、おそらく大賞を獲ったかもしれないと思います。曲もヒットしたし、「フィーリングが合う・合わない」という普段遣いがこの頃されていたと思います。でも、今やこれも死語ですね。  当時、「ニューミュージック」というジャンル(これも流行語大賞候補になったと思います)が言われるようになって、いわゆるプロの作詞家・作曲家ではなく、主に、シンガーソングライティングされた曲たちがこのジャンルに《《属》》《《させられ》》ました。だから、中には、「俺の曲はニュ

          「フィーリング」(昭和51年 1976)HI-FI-SET

          14曲目『息子』(平成7年 1995)奥田民生

           ソロになって3枚目のシングルです。  私は、ユニコーン時代にさかのぼっても、そんなに興味を持たなかったので聴いておらず、ソロになっても、ヒットした曲に耳馴染みがある、程度でした。  ところが、この曲に出会ってしまいます。  平成23(2011)年の4月の毎週金曜日、計5回にわたって、斉藤和義が「斉藤和義 on USTREAM 『空に星が綺麗』」という生中継ライブを配信しました。東日本大震災のチャリティーライブとして発案されたもので、毎回、東京都内のスタジオから中継して、US

          14曲目『息子』(平成7年 1995)奥田民生

          「さよならだけは言わないで」(昭和53年 1978)五輪真弓

           この方のソングライティングは、アンダーグラウンド風であったり、フォークソング風であったり、シャンソン風であったり、それらを融合させたものであったりと多彩です。真似をして曲を作る人は居たのかもしれませんが、ヒットして世の人たちに周知されるところまでになった人はいないのではないでしょうか。それだけ、唯一無二のソングライターである、と私は思います。  デビュー曲の「少女」は、今聴いても衝撃があります。一年後のリリースになったユーミンの「ひこうき雲」はこの「少女」に感化されて作ら

          「さよならだけは言わないで」(昭和53年 1978)五輪真弓