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【人生】少年と、執念の車。

オヤジの車は物心ついたころからガソリン臭かった。

妙に目の粗い田舎のアスファルトを走ると、その車はガリガリという音を立てて微振動し、幼い私はよく酔った。

私は、オヤジの車が好きではなかった。


ガソリン臭いのも、揺れるのもあったが、オヤジの車は当時どの駐車場に行っても一台として見当たらない、変な黄土色をした後期のスプリンターだった。

私と弟は、ひそかにこの車を「うんこ」と呼んでいた。


ヒロくんち

私の小学校の親友に、ヒロくんという男がいた。彼は私よりよっぽど身長が高く、足がめちゃくちゃ速かった。そう、モテる男の代名詞「足の速い男子」だった。

ヒロくんちは自営業でお父さんが社長だった。彼の家に行くといつも最新のゲームがあったし、いつもおやつが豪華だった。

そんな金持ちヒロくんだったが、なぜか私とよく遊んでくれた。休日になるとお互いの家を行き来し、私がヒロくんの家に行けば最新のカセットでファミコンをして、ヒロくんが私の家に来れば、絵を描いて遊んだ。


ヒロくんとは少年野球のチームでも一緒だった。彼はエースで、私がキャプテン。

ジャニーズファンに怒られるかもしれないが、ヒロくんはキムタクで、僕が中居くん。そんな立ち位置で、二人は仲良しだった。


その車

野球の練習試合で他の学校に行くときには保護者が車で送迎してくれた。あるときヒロくんちのお父さんの車に乗せてもらって、衝撃を受けた。小学5年生の時だった。


背が高くて社長然としたヒロくんのお父さんは、日産「シーマ」に乗っていた。当時の国産の中では超高級の部類に入る車だ。

乗った瞬間驚いた。車内が映画館のようにちょっと薄暗かった。黒を基調としたインテリアの重厚感と当時まだ珍しいスモークガラスの遮光で、そこはちょっとした小宇宙(コスモ)だった。

いつも窓を開けて酔いをごまかしていた私にとっては信じられないぐらい暗い車内で、それでいて静かだった。

信じられないほど、走行音が無かった。もちろんシートは揺れないし、驚いたことにボタン一つでそのシートは電動で動いた。もうミラクルだった。暗いし静かだし、私は試合前だというのに、酔うどころかその車で眠りに落ちかけた。


小5にして想う

眠りに落ちかけた車内で、少年は心に決めた。

「絶対に将来、高級車に乗る。絶対にだ。」

高級車と言えば外車、外車と言えばベンツ。ヒロくんちのこの車を超えるにはそれしかない。いかにも小学生らしい知識だし、浅はかでバカっぽいが、でもそれははっきりと、しっかりとオンターゲットした。

今でもあのときを鮮明に思い出す。うたた寝で思ったことを、こんなにはっきりと覚えていることは後にも先にもないだろう。

とにかく少年は、小5にして将来乗る車をベンツに決めた。


そして、

がんばって勉強して、そこそこ働いて、私はついにベンツのオーナーになった。

もちろんこればかりに執着して生きてきたわけではないけれど、私にとってどうしても通過しなくてはいけないイベントだった。

どうせ外車に乗るなら、妻は他の車がいいと言った。でもそこは譲れなかった。妻にこの話をしたら彼女はいいと言ってくれた。

そして私はベンツのオーナーになった。娘が小5になる前だった。


幼いころの執念というのは凄い力を持つ。「うんこ」と呼んでいた車でいつも酔っていた自分は、こんなにも長い間、一度決めたことを守ろうとした。

本当にすごいことだと思う。


ただ一つ、キーを手にしてエンジンを掛けるたびに、想像していなかった感情が沸き起こる。意外だった。

私は車に乗るたびに、いつもオヤジのことを思い出す。それは恨みとかではなく、オヤジと共にリベンジを果たしたんじゃないかって感情。

多分、鈴木少年はキラキラした社長であるヒロくんのオヤジのことが悔しかったんだと思う。ヒロくんのオヤジには憧れてたし、凄い車に乗せてもらって感謝してるけど、どこかで悔しくて、いつかやっつけなくてはいけないと思っていたのかもしれない。


そんな一方的な挑戦的感情を踏まえ、「あんたの息子の車は今それなりだぜ」とオヤジに向かって独りごちる。

「ばかやろう。最初から負けてなんかいねぇ」オヤジはそう言うだろう。実際にそうだろう。でも、小5の自分はどうやら悔しかったんだと思う。それは確かに一方的だが、大事な大事な節目だった。


これは、男の子の独特な感情かもしれない。嬉しかったけど、でも悔しくて、

ずっと必死になって、成し遂げて、勝手に満足した。


いくつになっても男子はアホなのかもしれない。けど、

素晴らしいことだと思う。



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