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【迫真エッセイ】サイパンでトローリングした話(前編)

私の場合、
趣味というものを思いつくままに挙げていったところで「釣り」というそこそこメジャーなそれがランクインすることは、残念ながら無い。

その昔、近所の釣り堀にたまに行くことはあったのだが恐らく空腹に育てられたであろう鯉たちが足元で大量に跳ねており、釣り糸を垂らすよりこれを網ですくった方が早くね?と幼心に根も葉もない感想を抱いた。そして実際にすくって管理人のオヤジにひどく怒られたりした。

しかし、
そんな私でも「松方弘樹 カジキを釣る」というワードには少し惹かれていた。松方弘樹が梅宮辰夫らとクルーズ船に乗ってヒーヒー言いながら巨大マグロと押せや引けやの大立ち回りを演じるそれは、一言で言えば”ワイルド”であった。つまり男子の憧れである。

サングラスは大きければ大きい方が良いように見えたし、船上で露になった腕毛も濃ければ濃いほど良いように見えた。抜けるような青空と透き通った海。真っ白なクルーズ船とくればビキニのちゃんねーとシャンパン片手に・・・と思わせておいて、おっさんたちがヒーヒー言いながらただただでっけぇ魚を釣る。これが「松方弘樹 カジキを釣る」。今思い返しても実にワイルドだ。


チャンスは割と早く来た。
学生時代 友人たちとサイパンに行くことになった時、メンバーの一人である釣り好きの男(本名はヒロシだがタケシと呼ばれていた)が、トローリングをしようと言い出した。

トローリング?
私は一瞬 新手のナンパ手法か何かだと思ったのだが要はこれが「松方弘樹 カジキを釣る」そのものだと知った時、私は人目もはばからず興奮した。どのくらい興奮したかというとすぐさまその足で渋谷に向かい、この街で一番大きなサングラスをください!と叫びながら歩いた。というのは嘘で、もし、何かの間違いでもし、船上にちゃんねーがいたらそこそこ映えるぐらいのサングラスをソッコーで買った。

トローリングとはつまり釣り方法の一種で、クルーザーの後ろに竿を垂らしながら船を動かし、その揺れで獲物を食いつかせるというものだ。
穏やかな水面に一本の釣り糸を垂らしただただ辛抱強く待つ(従来の私のイメージする)釣りとは全く違う。
極太の竿を何本も後方に括りつけて船で豪快に波を切り裂き、忍耐とは真逆の世界線で酒飲んでヒーヒー言いながら”その時”を待つのだ。もし足元にクソでっかいカジキが来たらクソでっかい網でそれごとすくってしまえばいい。きっと同乗したYankeeたちは怒るどころかフランクフルトぐらいある親指をサムアップさせてこう言うだろう。

「ジャパンにヒロキマツカタよりワイルドな男がいるとは思わなかったぜ」

これぞ海外。このスケールこそ男の釣り。私は昔テレビで見てうっすら記憶の残る「松方弘樹 カジキを釣る」をリフレインしながら腕立て伏せをして無駄に腕をパンプアップし、新品のサングラスを何度も拭いた。
ヤバいの釣りあげたらどうしよう。テレビ映っちゃうな。こりゃ着ていくTシャツも新調しなきゃ。
そして私は実際に新しいTシャツも買った。

もうお分かりだろう。釣りを愛する全ての人達を冒涜するような浮かれ男子大学生はこの後しっかりと地獄を見ることになる(笑)。
ただそれはもう少し先の話で、その前に事件が起きた。


それはサイパンに向かう成田空港での出来事だった。
成田空港は広いので搭乗口から電車のようなものに乗って飛行機まで連れていかれる場合がある。渡航経験の少ない当時の私はなんじゃこりゃ、ぐらいの気持ちでちっさいスーツケースをゴロゴロ動かしていたのだが、その車内にひと際大きな荷物を抱えた一団がいた。

「ぬぐぉ!?」
と、釣り好きの友人(本名はヒロシだがタケシと呼ばれていた)が何とも気持ちの悪い声を出して後ずさりした。

「お、おい!竿持ってるぞ!」

確かに、大きな荷物の一団の中心部分から、たまに電車の中で見かける弓道部の例の感じで長い棒が見えていた。あんなの持ち込めるんだねーなどと妙に感心しながらその一団の中心部分を注意深く見てみると・・・
「ぬぐぉ!?」
私もまた同じ声が出た。驚いた。いたのだ。そこに。誰がって、ヒロキが。

ヒロキマツカタがっ!!


この電車(のような乗り物)に乗っているということは師匠(既にこの時、師匠になっていた)もまたサイパンへ行く。そしてあの弓、ではなく竿。てことは・・・釣るんじゃん!!
そうと来れば周りを取り巻く一団がテレビクルーだと気付くのも早かった。

私はこのとき確信した。釣れる、と。
同じ時、同じ場所に同じ目的で行く。これが神の準備したシナリオでなければ何なのだろう。私はあの日タケシと呼ばれているヒロシが「トローリングしようぜ」と言ったときのことを走馬灯のように回想し、そして初めて彼を誉めた。

彼をそっと見ると興奮のあまり口をパクパクさせながらその一団を眺めていた。その光景は幼い頃釣り堀で見た空腹の鯉そのものだった。

「行こう。」

私は渋谷で購入した勝負グラサンをそっと掛け、灼熱の太陽と全長10mは下らないであろうカジキの待つ戦場サイパンへ向かうため飛行機に乗り込んだ。遠目から一瞬だけ見えたヒロキマツカタのサングラスはちょっとした小皿ぐらい大きかった。カッコ良かった。




※後編へ続く

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