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【迫真エッセイ】オヤジと山。

私の親父(オヤジ)。

有名人に例えると「鬼軍曹」ということになる。

有名人ではない、と言われるかもしれないが、いろいろ考えた結果、私のオヤジには鬼軍曹が一番しっくりくる。


戦後生まれの戦争未経験者。しかしあいつは、まぎれもなく鬼軍曹。


キレるオヤジ

私は幼いころからオヤジによく怒られた。厳格、ともちょっと違う。アル中で暴力的、とかいうドラマのような設定でもない。

何というかオヤジにはオヤジの美学があって、それから逸れるとやつはよくキレた。

家の中には地雷が埋まっているように緊張感があったし、オヤジのいる晩飯は、いつもお通夜のようだった。

印象深いのを二つ。


確か小学3年生ぐらいの時だった。正月にめずらしくオヤジから「お年玉で好きな本を買ってやる。本屋に行こう。」と声がかかった。

今思えば、こちらサイドのお年玉を掌握されている時点でおかしいのだが、私と2つ違いの弟は、ノった。

何しろ”あの”オヤジが好きな本を買ってくれるなんて、奇跡だ。どのくらい奇跡かと言うと、このコロナ自粛中に急遽、「あ、明日からマスクしなくていいよ。それから旅行とかも自由に行っていいよ。」と言われる感じ。これぞ、青天の霹靂


私と弟は息詰まる我が家から「本屋さん」という外界に解き放たれると、猛ダッシュで漫画コーナーへ向かった。当時は少年ジャンプの全盛期。どの単行本を買おうか考えただけで軽く1時間は費やせる。

新しい紙のいい匂いがした。新年の特別感。元旦なのに営業中の新世界。さすがの鬼軍曹も今日ばかりは仏になったか。これぞハッピー。ハッピーニューイヤーだ。

分かりやすく心躍った私と弟だったが、鬼軍曹が動く。


「ごるるるるらぁぁぁ。誰が漫画なんて買っていいって言ったんじゃ。ああぁ?」

清閑な本屋さんに響き渡る怒号。

どうやらオヤジの”好きな本”の中に漫画は含まれていなかったようだ。私と弟は漫画コーナーに立たされ、その場でオヤジの説教を受けた。

周りの小学生たちがニヤニヤしながらこっちを見ているのが耐えられなかった。私と弟のニューイヤードリームは一瞬にして地獄に変わった。

結局その日は、読みたくもない推薦図書の本を買った。それ以来私は推薦図書が大嫌いになった。とにかく、後にも先にも本屋であの声が出せるのはオヤジだけしか知らない。

ヤツは鬼軍曹だった。


キレるオヤジ2

もう一つ忘れられない事件がある。

家族で外食に出かけた。ご機嫌のオヤジは普段は頼まないデザートのアイスを注文した。

「やった!アイスだ!」そう思った時が・・・地獄の始まりだった。この後このアイスが、事件を起こす。


アイスはなぜかメインディッシュと共に運ばれてきた。その時点で我々家族はオヤジの異変に気付いたが、もう手遅れだった。

みるみるアイスが溶けていく。案の定オヤジはキレた。

「店長呼んで来い。」

この世のものとは思えない重低音で若い定員に命令すると、店長が現れた刹那、

「ごるるるるらぁぁぁ。アイスが溶けてるんじゃぁぁ。ごるるるるらああぁ」

賑やかだった店内が一瞬で静寂と化し、凍り付いた。フロア内の全家族がこちらを見ていた。私も弟も、母も姉も、全員が下を向いていた。

その日の食事は全く味がしなかった。

帰り際に店長が謝りながら札束ぐらいの無料コーヒー券をくれた。ていうかもう二度と来れませんって。幼いながら私は冷静に心の中で突っ込んだ。


オヤジにキレる

高校3年の時、早々に進学先を決めた私は、暇だった。

最寄りのコンビニまで当時車で10分はかかる田舎。毎日部屋に閉じこもっていることが耐えられず、入学してからの資金が欲しいと思っていた私は、友人がバイトしている近所のガソリンスタンドで求人しているとの情報を得て、卒業までの空き時間で小遣い稼ぎをしたいと考えた。

ちなみに私の高校はバイトは原則禁止。わたしもこれまでバイトをしたことがなかった。近所でのバイトだし、一応親に断りを入れようとオヤジに話した。が、これがまずかった。


「バイトなんかしなくていい!!」

相変わらずのキレっぷりで抑え込みに来たが、さすがの私ももう18だ。応戦した。

「こんなくそ田舎にいたって時間がもったいねぇんだよ!」

「やることはある!バイトなんかしなくていい!」

「じゃぁ何があんだよ!こんなくそ田舎で何が出来んだよ!」

「それは・・・」

よし、オヤジが一瞬ひるんだ。オレの勝ちだ。そう思った瞬間、ヤツは言った。

「あるぞ!山に、山に登れ!お前みたいなやつは川の向こうの山に登れ!!」


これが最後の言葉だった。結局わたしはオヤジの静止を振り切り、近所のガソリンスタンドでバイトを始めた。

バイト中、ガソリンタイプの軽トラに軽油を入れるという失態はあったが、最低賃金で無事に短期間のバイトを終え、手にした資金でコンポを買った。

オヤジはもう、何も言わなかった。


社会人になり、今

18で上京し、そのままこちらで就職した。

学生時代はそれなりに暇を持て余したが、今ではすっかり激務に翻弄される毎日だ。

こちらでの生活は便利で刺激的だが、一方で田舎のスローな環境の良さも理解できる。そんな年齢にもなった。


コロナ禍の影響で在宅勤務が増え、このように文章を書く時間ぐらいは創出できるようになったが、まだまだ多忙な日々が続く。

いつしか私も、慢性的に自分だけの時間を欲するようになっていた。


今、ですか? 今、自由な時間があったら、ですか?・・・そうだな、

山に登りたいです。


本格的な登山なんて求めません。近所の山をフラっと登って、ボーっとするぐらいがいいです。



鬼軍曹もまた、疲れていたのかもしれない。

オヤジも一生懸命働いていたわけだ。長い時間がかかったが、今なら何となくわかる。


気がする。




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