1回目の手術
前回半月板損傷にいたるまでの記事を書きましたが、そこからのことです。
「決定的な損傷は見えないですが、手術してみましょう」
から1週間ちょっとで手術となり、5月18日に入院、19日に手術という日程でした。
その頃の私は腫れも落ち着き、入院ベッドの上でストレッチをしていたところ看護師さんに「その動き出来るんですね」とビックリされました。
その時は「これも出来ちゃいますよ〜」とあぐらをかいてるのを見せて自慢したりなど、そこまで痛みは引いていました。
そして手術前日に点滴を行いますが、これが本当に苦手!!!嫌い!!!!
もともと採血も1回で採れたことがありません。
だいたい取れない→ベテラン看護師に交代がいつもの流れです。
(本当に針入りずらいんです〜って言っても1回チャレンジされるのもいつもの流れ)
その日ももちろん点滴の為の針が入らない。
3人目でようやく針を入れて頂き、手術の為の準備がスタート。
前日20時〜の絶食ですが、次の日もお腹は空きませんでした。(入院に入る前にご飯屋で券売機で購入して受け取り口に取りに行くと2人分のご飯が準備されていました。
間違って同じメニューを2人前注文してしまっていて吐きそうになりながら食べていたのが良かった)
手術は午後。
それまでは買った本を読んだり(余談ですが、私本大好き。むしろ文字が好きで、ドラマとかも内容を文字で起こしたものを見るのが好き。練習がない日は本屋に行くことが多かったりします)
サッカー、フットサルの試合を見たり、リラックスしていました。
この時思っていたのは、
早く手術して痛みなしでプレーがしたい!
膝の怪我が長かった私は、もう痛みなしでプレー出来るのが楽しみで仕方がありませんでした。
手術に対しての怖さも一才なく、麻酔を入れてもらう直前にも先生たちと談笑して、麻酔効かなかったらどうしよう〜と言っていたら気づいたら病室。笑
後の1回目となる手術が終わりました。
すぐに先生が来てくれて、意識がボーッとする中、「ガッツリだったよ」と膝の状況を説明してくれていました。
半月板5ヶ所の縫合、軟骨損傷レベル4、3
軟骨損傷レベル
レベル1:関節軟骨の軟化を認める。
レベル2:軟骨表面の羽毛立ち、浅い亀裂を認める。
レベル3:軟骨下骨の深さまでの軟骨損傷があるが軟骨下骨の露出は認められない。
レベル4:軟骨下骨の露出を認める。
膝の内側にはレベル4の軟骨損傷があり、骨と骨がぶつかり骨挫傷。
膝のお皿部分には軟骨損傷レベル3の軟骨損傷が見つかりました。半月板はバケツ柄断裂。
ようやくここで7ヶ月間、「1週間で治るよ」と言われ続けた膝の状況を知ることが出来ました。
ひどい状況だったと思うけど、私はホッとしたのを覚えています。
「良かった、痛がりじゃなかった〜」「これで痛みから解放される」「自分の状況を知れた」手術後は嬉しさと安堵の気持ちでいっぱいで、マイナスな気持ちは全くありませんでした。
膝はパンパンに腫れて、大袈裟ではなく5ミリ動かすのも悶絶。アイシングの重みが痛い。
とにかく何をするにも、何もしなくても痛みがある生活に絶えた1週間が経過しました。
その間はアイシング、電気治療、超音波、無理のない範囲でもも前の筋肉に刺激を入れるなど腫れを引かす為の治療を中心に。あとは上半身の強化に取り組みました。
今後の復帰予定をリハビリ担当者に必死に質問して、メモして自分の中に落とし込み、整理して、復帰6ヶ月後を目標にリハビリの戦いが始まります。
5月手術の、6ヶ月後はまだシーズン中。
リーグ戦も残っているし、大会もまだある!
大丈夫、大丈夫。と自分に言い聞かせて。
最初が肝心と聞いていたので慌てず、気持ちだけは落とさず向き合っていました。
手術から4週間。
そろそろ松葉杖を取り始める頃。痛くて松葉杖が取れない、、
手術前は痛くなかった場所に痛みが走り、松葉杖無しでは歩けませんでした。
と、ここまでが手術1回目〜リハビリスタートまでの出来事です。
自分で書いていて約1年がたつ今でもどういう気持ちだったかなど、鮮明に覚えているものです。
今日は雨。
膝の調子が良くありません。
でもこういう日は、保温サポーターで膝を温めて、安静にするより程よく膝を動かす方が痛くない。曲げ伸ばしを多く入れて固まらせない。お風呂に39〜40度くらいのお湯にゆっくり入る。
膝先輩の雨の日のルーティンはこれです。
それでも雨の日は痛い。悔しい。
そんな時は好きな匂いのアロマを焚いて気分を上げる。
あとは睡眠。
私にとって睡眠はほんとーーーに大事で、少しでも質を上げる為に寝室にアロマを焚いて、寝る前のリビングの照明は間接照明に変えたり、「BAKUNE」のリカバリー含めたパジャマで寝たり色々と自分に合った工夫をしています。
雨の日も楽しみたいと思います。
すず
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