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武田砂鉄の錬金力。鼻毛の贈与話。

なんのこっちゃな題名ですね(笑)

文章で人を笑わせる能力がある人を心から尊敬します。映像も音楽もなく言葉だけで、読者にその場面を想像させて面白いと思わせるなんて、すごい技量だなぁ、賢いなぁ、と羨望の眼差しを誰もいない空間に思わず漂わせてしまう。

そんなわけで、久しぶりに本を持つ手が震えたのはこちら。

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三宅香帆さんの著書に載ってる、武田砂鉄さんの文章。

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一部抜粋。

だいぶ前、「トリビアの泉」という番組を見ていて、原稿に行き詰まった夏目漱石が原稿用紙に鼻毛を貼り付けていたことを知った。その原稿をなんと内田百聞が保存していたという。鼻毛を抜き、貼る誰か。それを保存する誰か。登場人物の行動全てに理解が及ばない。調べてみるとその顛末は内田の『私の「漱石」と「龍之介」』に書かれているようだが、あいにく手元に無い。百聞は「これ、いい?」と訪ねたのだろうか。漱石は「うん、いいよ」と答えたのだろうか。人様に鼻毛を贈与する、とはいかなる心地なのだろう。

打ち写しながら、また手が震えてしまった。いったい何なのだ。こういう文章に私は弱い。この後も鼻毛への感情移入は続く。

鼻毛について書くことを選んだ武田さんの着眼点も笑えるけど、このこみ上げる面白さを「鼻毛というものを分不相応に取り扱ったから」と答えを導き出した三宅さんの分析力も素晴らしいなぁなんて思ってしまう。

不勉強で武田砂鉄さんを知らなかったのだけど、(”武田”と”鉄”が入ってると、武田鉄矢さんしか浮かんでこないという、メディア離れは甚だしい事実。)

ちょっと調べただけで、こんなに著名な人なんだ!とびっくりしました。そして読んでみたいなと思った本がコレ。

https://www.bunkamura.co.jp/s/bungaku/winners/25.html

『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(2015年4月 朝日出版社)

藤原新也さんの選評を読んだだけで、思わず正座してしまうけど、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した武田さんの言葉もしっかりと重みがあって、コレはぜひ読みたいなと思った。

一部抜粋。

知っていることの補強ばかりしていると、知らないことを蔑むようになる。伝えるテクニックばかり鍛えていると、伝わらないことを軽視するようになる。言葉がいくらだって氾濫しているが、そこに流れる言葉が、いたずらに補強を繰り返すなかで絞られ、利便性の高い言葉だけが採用されている。就職活動で好印象を与える面接の答弁を指南するかのように、この場面ではこういう言葉を投じるのがベスト、と誘(いざな)う働きかけが、日々のあらゆるところで点在している。
 今回の本では20のフレーズをあげ、その働きかけに満ちる不快の正体を抉(えぐ)り出してみた。ありきたりの言葉が、その奥にある思考を塞き止めてしまうような社会はつまらない。この言葉を使ってはならぬ、と言葉狩りを提唱したわけではないのだが、使ってはいけない日本語を羅列した本、と捉えられた機会が少なくなかった事実は、まさしく現代を流れゆく言葉が、いつだって効率性を問われていることを明らかにしてくれた。
 志望動機を端的に答えられなければ入社への道が開けないように、効能が端的に定まっていなければ言葉を投じるべきではないと思い込まされている。だからこそ、過半数を得た言葉、賛同を得られる言葉ばかりを探ってしまう。本来、言葉は、どこでどんな勢力で流れているものであろうとも、自分のものとして咀嚼し直すことができる。要らなければ、吐き捨てることもできる。

こう言えば伝わる。この言葉で言えば間違いない。本来自分で考えて紡ぎ出すはずの言葉が、形式や人目ばかり気にした、つまらないものになってしまうのは、きっと考えていないから。

考えて、右往左往して、悩んで、悩んで、絞り出すといった、めんどくさい余計なことに時間を取られたくない、自分を占有されたくないのだろう。

だけど、そういうめんどくさい時間や、余計とも思える手間があるからこそ、見えてくるものもあるはず。

わたしも、こんなやり方で合ってるのかしら?と思いつつ、自分なりに夢や目標に向かって日々を過ごしているけれど、それが正しいかなんて、後になってみなければわからない。

とりあえず今思うのは、こんなに深み厚み重みを感じる書評や文章は一生書けないかもなと圧倒されつつも、その尊さやそれを語るに至った背景を、噛み砕いて、噛み締めて、消化、吸収できる自分ではありたいと思う。

鼻毛の話から、伝え方や言葉の本質の話まで、なんて奥深い人なんだろう!錬金力が半端ないですね、まさに。


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