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におい

嗅覚は厄介である。鼻の穴はそのまま脳みそに繋がっているから、においは直接我々のアタマに効くのだろう。においはとりわけ記憶に繋がっている。

においと記憶

たとえば梅の花の香りを嗅げば、すぐさま春が思い起こされる。幾度となく繰り返してきたあの春、数々の甘い春苦い春の、ほのかな記憶が優しく蘇ってくる。季節にはその季節のにおいが強くある
電車の中で、あるいは路端、どこからともなくいいにおいがする。その柔軟剤の香りを嗅げば、それはあの人の服の香りだったかも知れない、とその鮮烈な記憶にふと立ち止まりそうになる。

しかし勿論良いものばかりではない。下水のにおい、珍しげなチーズの強烈なにおい、文字通りクソやションベンのにおい。それらのにおいには鼻がひん曲がる。たとえば横で漏らしちまった友人がいたら(思い当たる顔がある)、私はその人のことを第一にそのにおいで記憶するだろう。”こびりつく”のだ。においはすべて、良し悪しに関わらず脳にこびりつく。脳細胞に浸透しきって着色するイメージである。


嗅覚過敏

嗅覚は厄介である。
私は嗅覚が敏感な方だと自負しているが、そのため人よりも多少苦労しているのだ。いいにおいにはとことん執着し、嫌なにおいがしたらすぐ顔をしかめてしまう。いい香水やルームスプレーを見つけたら、手に入れずにはいられない。それがどんなに高価なものであろうと、私は出し惜しみをしない。においには金を使うのだ。ゲロ臭がすればすぐさまそこから走って逃げる。嗚咽を繰り返しながら走るのだ。

これは単に、繊細で気にしがちだというだけかもしれない。しかし気にしがちであるということははっきりと言えるだろう。私はにおいに”鼻を傾け”がちな人間である。



ここで言う「嗅覚が敏感である」という意味は、何も私が麻薬探知犬のような鋭い感覚を有しているという意味ではない。記憶とにおいの橋渡しとなる回路が太いとでも言おうか、つまり私は、私の頭はにおいに左右されがちなのである。

前にあげた例はすべて私の生活に頻出する場面の列挙である。「お鼻敏感苦労人間」と豪語したが、このようなことはどなたにもよくあることだろう。とにかく今回は、嗅覚についてのそれとない文章を書くことに決めたのだ。


お香

お香が好きで、学生の頃からビレバンなどで買い集めていた(ヴィレヴァン?)。HEMのMOONは私の高校生時代のにおいである。それと名前は失念したが、金色の裸体の女性像がパッケージのもの、これは近頃どこにも置かれていないのでとても残念に思っている。

これらが私の青春の記憶に強く結びついている。ひとたびお香に火をつければ、当時の痛々しい若者のやるせない気分と同時に、若かりし頃を懐かしむ老人の心のような気持ちになる。この煙の中でじっと座るのが至福のひとときなのである。

ここからお香、香水と続け様に書いていこうと思っていたが、どうやらこれは無益である。私にしかわからない領域の話をして一体誰が嬉しいだろうか。小説ならまだしも、このような自分語りエッセイをうんうんと読みたがる人はいないだろう。ここらへんで自重する。


においを頼りに話を聞く

小説、というワードから思いついた話を筆のままに書こう。
人の語り、とりわけ昔の人の昔の話を聞くときにも、私はにおいに注目する。私たちの知らない”においの世界”になるべく鼻を傾けるのである。

たとえば古い家屋のにおい、火鉢や夜の林の風、火薬や銃火器のにおい、におい袋、ジャコウといった未知のにおいは一体どんなものだったろうかと、鼻でもって色々と詮索しながら話を聞くのだ。勿論、死臭や腐臭、汚物の話には”鼻を塞ぐ”。あくまでもいいにおいを想像したいのである。


花粉症

鼻敏感にとって、花粉の季節は耐え難い
私はひどい花粉症であるが、近頃すでに猛威を振るっているかの粉のせいで朝晩問わず鼻が詰まっている。
鼻がふさがれ、においがしないという白黒の世界に生きているのである。誇張ではない。鼻が詰まると、やってられない。
春のにおいは好きなのに、それを存分に嗅ぐことができないもどかしさを毎年抱えているのだ。しかし私たちにできることはといえば、薬飲んでマスクつけてなるべく防御する以外にない。ハイパーアレグラの登場を待つしかないのである。


ディズニーランドとマスク

マスクといえば、コロナ禍のディズニーランドに行ったときのことを思い出す。マスクをしているので、当然においが嗅ぎづらい。
それだけで楽しさは半減してしまったのである
これは本気でそう思った。塩素のきつい水のにおいや売店のポップコーンのにおいが遮断されて、ディズニーランドの醍醐味はめっきり削がれてしまっていた。小さい頃から親しんだ夢の国のイメージは、私にとっては、そのにおいに頼るところが大きかったのである。そのような意味でも、私は早くマスクを取りたいと考えている。



さて、一旦筆が止まった。
また続きが思いついたときには「におい2」と題して記事を作るつもりである。皆様もぜひ、快適な嗅覚ライフをおたのしみください。

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