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miserygenocide/ミザリィジェノサイド 序章

〜序章〜

アイル


初めてこの世界に降り立った日、僕は生まれて初めて悪意という物に触れたのだと気づいた

この世界はまさに悪意というものに満ちていた

僕は皆が知るような天の上の世界の出身である。いわゆる天使という存在だった
真面目に奉仕し、悩める者を救済し導いて来た
別に褒められたいわけではない。自身が救いたいから救った、でも周りからはとても賞賛され中でも僕の大親友であるセツカは「お前は将来この天界を継ぐ大天使になる」とまで言ってくれた
少し恥ずかしかったけど本当に嬉しかった

悪意を知らず、疑う事も知らず、沢山の笑顔が見られるこの世界にいられて僕はとても幸せだ

まさかそんなセツカから悪意、裏切りというモノを教えてもらう日が来るなんて思わなかった

天界で別の世界の物を天使が持ち込むことは禁じられている。大天使じゃなければ下の世界に行くこと自体許されない
唯一天界を見ることがあるとしたら誰かが掟を破り下界に落とされる時にできる大穴だ
僕は怖くてはっきりとその下を見たことはないがとても暗くて気味が悪かったのを覚えている

だから僕は忠実に掟を守っていたし他の世界のものに興味なんて持たなかった

僕は天界に来た人を救うだけ、そのために生まれて来たから

でもある日目覚めると、僕のベッドには一本のナイフが置かれていた
もちろん天界中が大騒ぎになった、セツカに助けを求めようと発言する前に遮るようにセツカが怒鳴った

「アイルは掟を破った。俺は見たんだ、彼が人間界のナイフを人から奪ったところを。天から見ていた」

僕は信じられなかった、僕が掟を破るような人間じゃないのは誰でもないセツカが1番知っているはずだ
なのに彼は僕を犯人と指している

この時初めて「裏切られた」という感情を覚えた

僕は無実を主張したがセツカもかなり優秀な天使であった事と目撃証言、そして身に覚えのない人間界の石が自身の衣類からこぼれ落ちた
これを決め手に僕は人間界への追放、天使の権利の剥奪を言い渡された
天界へ落とされる時、僕はセツカの顔を見た

大きくニヤリと笑う彼はもはやセツカじゃなかった、そして一瞬彼の背後に大きく悍ましい気配を感じ取った

きっとセツカは悪くない。あの気配に騙されたんだ。僕は最後までセツカを信じたかった

「いつか君を救ってみせるよ」

この声は彼に届いただろうか、そう考える前に僕はこの地へ降ちていった



榛原椿


起きたら夕方、いつもの日常
食欲は湧かない、いつもの日常
寝たままスマホを開く、いつもの日常

迷ゐ:おはようございます!今日も学校疲れたぁ

学校なんていってない。っていうかそんな歳過ぎてる。これが私のいつもの日常
唯一の居場所、汚くて居心地がいい。それがインターネット
ネットの私はキラッキラの高校生迷ゐちゃん。怖い話とネットサーフィン、掲示板漁りが大好き!
唯一の居場所、汚いしゴミみたいな世界だけど自分を偽ることができる。理想の自分になれる
だから居心地がいい。それがインターネット

現実の私は何の取り柄も無い、友達もいない。
学生時代は思い出したくも無い程良い思い出が一つもない。少なくとも現実の人間はもれなく全員大嫌いだった
途中からは登校すらしてないいわゆる不登校
あまりに現実が辛くて始めたのがインターネット、それ以降はずっとスマホに張りついて生活している

卒業後、やりたいことも進みたい道もなかった私はフリーターとして仕事を転々とする毎日を選んだ
親には幼少期から見放されているため一人暮らしをしたいと言った時は早く出てけと簡単に追い出された
今では音信不通、このまま死んだら生涯孤独は逃れられないだろう
それとも身元不明の死体だろうか

そんなことはどうだっていい。インターネットの自分を学生の設定にしたのは何やかんやで青春を満喫したかったという未練から来ているんだと思う
でもあくまでここは仮想現実、何なら現実より酷い人間も沢山目に入る

私は今何のために生きているのだろう。幸せそうな人を見て妬み呪い今まで自分を苦しめた全てに怨念を抱いてインターネットに逃げてその場しのぎの仕事で何とか食い繋ぐ生活

もしも魔法が使えたら、もしもアイドルになれたら〜もしも学生時代に戻って全てをやり直せたら…何てバカみたいな妄想に浸っては現実に引き戻される

こんな無駄な人生、生まれて来た意味はあるのだろうか
生きる理由なんてない、だが死ぬ度胸もない
毎朝通る踏切、毎朝使う駅のホーム、何度も飛び降りようと思ったがどうしても勇気が出なかった
結局私は死ぬ理由も明確に見つけられていないんだと思う

?:生きる理由はなくても死ぬ理由はあるよ!

突然スマホから声がした
誰とも通話なんて繋いでいない

「え、なに??故障?にしても不謹慎だなこのスマホ」

?:故障じゃないよー!画面ちゃんと見て!

画面を見つめると私の分身であるアバター、迷ゐがこちらを見ている

「あれ?こんな仕様あったっけこれ…」

迷ゐ?:ないよーだって私が君自身に話しかけてるんだもん。


・・・夢だ、間違いなく夢だ。自分のアバターが突然自我を持ち始めるなんてどこの漫画の世界だ

「なにこれわけわかんない!寝る!」

迷ゐ:え!?ちょっと話聞いてよ!ねえ!!!


迷ゐさん


迷ゐ:ねー椿?本当に寝ちゃったの?

椿は気づかない。まぁそりゃそうだ、インターネットの自分の分身が突然自我を持ち始めて自分に向かって話しかけて来ている
こんなのあり得ない。だけど事実私はここに存在する

「うるさい!早くどっか行って!」

椿はご機嫌斜めだ、でも何とかして彼女を説得してこの現実を受け止めて貰わなきゃならない
でも画面越しで叫ぶ程度じゃ電源を切られておしまいだ
…というかスマホの中にいる必要はあるのか、私ごと現実世界に出ることはできないか
試しに画面の方へ手を伸ばしてみた

少しピリッとした感触と共に外の空気を感じる
どうやら本当に出られそうだ

迷ゐ:椿ー!起きて!これ見ても信用しない?

スマホから出てきて布団の中にうずくまる椿の肩をガンガン揺さぶる。
するとヒェッという微かな悲鳴とともに怯えながらお化けみたいな顔をした椿が布団の中から出てくる

「・・・え?」

目の前には仮想現実にしか存在し得ないはずの私の姿がある

迷ゐ:やっほー!びっくりした?私出て来ちゃったよ!

「迷ゐが…目の前に……ああああ夢だ夢だ夢だ私殺されるの!?自分自身のアバターに!?なにこのホラー展開映画でもみたことないよ!?」

迷ゐ:ちょっとちょっと勝手に話進めないで!私は死ぬ理由があることを椿に教えたいだけ!別に殺すつもりなんてない。死ぬかどうかは君自身が決めるんだから

「死ぬ理由…さっきから不謹慎なんだけどなにそれ」

確かに、君には生きる理由はないけど死ぬ理由は存在するよ!なんて遠回しに突然死ねと言われてるようなものだ、流石に率直すぎた自分に反省する
改めて私は椿に初めから事を説明した

私が椿の分身である迷ゐという体を手に入れたのはただ一つ、憑代が必要だったからだ
そしてもう一つ、椿はとてつもない絶望という怨念を抱えている。
これを利用すれば彼女の望む通りこの世界をめちゃくちゃにする事が可能だ、本人は自覚をしてないが彼女の念は凄まじく多分現段階でも被害が出てる人は少なくないと思う
おそらく先祖が呪詛系の家系なのだろう
で、結果彼女にもその力が受け継がれているのだと思う

しかしどんどん引き継がれていくうちに血が薄まってしまっている彼女をこれを完全体にするには一つ成さねばならない条件がある

迷ゐ:君が死ねば良いんだよ

「さっきから淡々と物騒なこと言うね…」

未だ信用ならないのか、夢だと思っているのか訝しげな目で私のことを見る。まぁこんな状況下ですんなり受け入れる方が難しいだろう

迷ゐ:んーじゃあもっと優しい言い方するとしたら肉体を捨てるって事かな、その肉体が君の本当の力を押さえつけてるんだよ。だからそこから解放されれば君は晴れて最大級の怨霊としてこの世を呪い尽くせるって訳

ここまで説明しても何を言ってるんだという顔をしかされない。と思いきや突然うつむき色々考え始めたそぶりを見せた

「私、そんな力持ってるの…?死んだら本当にこの世界を壊せるの…?」

ボソボソと彼女が呟く、私は今だと言わんばかりに彼女の後を押すように捲し立てた

迷ゐ:私も力を貸すから大丈夫、絶対めちゃくちゃに壊せるよ!

椿はだんだん私の言葉を信じ始めている。

迷ゐ:ねえだからさ、一緒にやろうよ。死ねる場所は君が1番よく知ってるでしょ?

彼女の僅かな目のハイライトが完全に消えた
これでこそ椿だ、彼女は何も言わずゆっくりと起き上がりスマホを抱えて身支度を始めた

これで準備は整った




アイル


親友から着せられた無実の罪で人間界へ落とされた。今の僕はもう天使でも何でもない。
俗にいう堕天使というやつだろうか
僕に残されたのは身に覚えのないこの世界から盗んだとされるナイフ一本

「せめて持ち主に返さなきゃ…」

見たところナイフはかなり古い代物で相当ボロボロだ、色々観察していると何か名前らしきものが彫られていた

「TUBAKI…持ち主の名前かな」

結局それ以外の手がかりは見つからず
途方に暮れても仕方がないので知らない土地を歩き回ることにした
ふと自分が困ってる人や生き物はいないか、誰かが天からの救いを求めてないかを考えてしまっていることに気づく
もうそんな権限、僕には無いのに

不思議な事に天界にいた頃の能力は多少は使えるらしい
しかしこの世界で羽を生やしても飛んでしまっては僕の存在に気づかれきっと消されてしまうう。何より能力を使うと目や口から血を流すようになった、これも代償なのだろう
これでは人前じゃ能力は使えないし極力目立つ行動は避けたい

だけどまだ僕は誰かを、何かを救いたいという気持ちだけは消す事はできなかった

「いっそのこと顔を隠して占い師にでもなろうかな、それならこの世界でも適応できるだろうし」

今の僕にできるのはそれくらい、これが限界だ
ぶらぶらと街を歩いている時、かなり古びた無人駅を見つけた
駅なんか今まで何個も通り過ぎて来たがここだけは異様だ
明らかに不穏な空気が漂っている。何だかとてつもない胸騒ぎがした

迷わず僕はその駅へ足を進ませた。すると近くからガサガサと音が聞こえて来てさっと身を隠す

陰から顔を覗かせると一人の少女が見えた
ボロボロになったセーラー服を纏い顔は青白く唇は血のように赤黒い
目には光はなく誰がどう見ても彼女はここで死ぬつもりだろう
咄嗟に止めようとしたが僕はある事に気がついてしまい動けなかった

天界から落とされる瞬間に感じたとてつもない闇の気配、彼女から同じ気配がする
彼女が僕を陥れた元凶なのか?いや違う、彼女も僕と同じようにあの気配に陥れられようとしている

彼女自身から感じるオーラも恐ろしいが何よりその背後にいる何者かのオーラが数億倍もの邪念を放っている

彼女を救わなきゃ、じゃなきゃこの世界は…

榛原椿/迷ゐさん


「この時間なら回送が来るはず、その時に飛び込めば…」

迷ゐ:後の処理は任せて!君は綺麗さっぱり消えるようにしてあげるから、ただ飛び込めばいい。それだけだよ


突如私の前に現れた私の分身であるはずの存在

彼女は私が死に怨念となる事でこの世に多大なる呪いを振り撒く事ができるという
この世界や人々に対する恨みは計り知れない
もし私の力で本当に壊せるなら、私の死に意味があるのなら…

回送列車の光が見えてきた
今までは足がすくんで動かなかったが今日は違う
ゆっくりと前に行きホームギリギリの足場に立つ
夜も深いので他に人はいない。誰も私を止めてはくれない

迷ゐ:大丈夫

背後から不気味な声がする。そんな声にすら信頼感を覚えているのはもう私が色々と手遅れな証拠だろう
反対側のホームに反射する背後に立つ迷ゐの姿がどんどん歪んで迷ゐの姿を保たなくなっているのを見てももはや何も感じなかった
私は目を閉じその時を待った

グッと肩を押される感触にハッと目を開ける
目の前には目から血を流した青年が息を切らし私を見ている
電車は通り過ぎてしまったようだ

「貴方…誰…?」

まさか他に人がいるだなんて思わなかった、迷ゐの方を見ると跡形もなく消え去っている

と思ったらスマホの中から声がした

迷ゐ:ちょっと!何こいつ。急に現れて邪魔しやがって

「邪魔なんかじゃない止めにきたんだよ、
ねえ。君は何故飛び込もうとしたの?なんでそんなに深い闇を背負っているの?君を後押しした影は何?」

ふと冷静になる。確かにおかしい、突然現れたわけのわからない存在に脅かされ私は今なんのためらいもなく死を選ぼうとした

迷ゐ「あんたには関係ないでしょ!椿早く帰ろ」

私は怖くなり足早にその場をさろうとした、すると青年が止めてきた

「つばき…待って!」

私は振り返る
血を流した彼は背中から大きな翼を生やしていた。周りにはオーブのような光も漂っている
本物の天使だ
驚いて声も出ない私に彼は続けた

「僕は君を、救済しにきたんだ」

作者:迷ゐさん

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