見出し画像

高知に移住して10年目

高知に移住して10年目!!! 振り返れば、感慨いっぱい。。

最初に降り立った土佐山

最初は結構過酷なスタートでした。床に穴が開いている状態からのスタートでしたので。でも、高知の大自然がすばらしくて、高知の人々があたたかくて、希望いっぱいで進んでこられました(しかし、いざこれをもう一度やれと言われたら、ひるむかも…)。

ちなみに「床に穴が開いていること」を覚悟の上で入居したわけではないんです。畳が敷いてあって、それが全部かびていたので剥がしたら、床がベコベコで、歩いたら穴が開いたという…(いずれにしても悲惨。。)
「床を張り直して、壁をきれいに白く塗れば、別世界のようにきれいになるはず!」という一念でした
家のすぐそばに大自然がある環境
渾身の「自作コンポストトイレ」。一生モノの経験ですが、子連れ5人家族にはやや荷が重く、若干のトラウマとともに使用終了…

高知に移住した理由をよく質問されますが、「本当にたまたま」。大学の同級生が高知の山の中に住んでいて、彼女を訪ねたら、高知のダイナミックな魅力に心を掴まれたのです。「四国はさすがに遠すぎる」と思ったので、当時移住を本格的に考えていた滋賀県に「高知みたいな場所を探そう!」と決意したのですが、滋賀に高知が見つかるはずもなく。。

滋賀もきっとすばらしい世界だったはずですが、そんな土壇場の行き先変更で高知にやってきました。

その「同級生」が、内野加奈子。ハワイの「星を読んで進むカヌー」ホクレア号の日本人初のクルーとして知られます。その活躍が高校の教科書に掲載されたり、アウトドア雑誌『コヨーテ』への執筆やイベントで知る人も多いはず。

ハワイに拠点を置く彼女が、あの数年間、高知の土佐山にいたからこそ、僕たち家族は高知にいる。なんだか不思議だし、「これが一歩ずれていたら」と思うと目眩がしてしまう。

加奈子さん(左)と麻子さん(右)

そんな加奈子さん(僕たちとは入れ違いにハワイに戻ってしまった)と、僕のパートナーの麻子さんが、今月から太平洋を隔てた「往復書簡」をスタートします。どんな内容になるんだろう! たのしみです。まだ見ぬ加奈子のハワイでの暮らしを想像しつつ、たのしみに読みたいと思います。

たのしかった高知での10年間…(疲れました。。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?