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鮨を通して感じた"食べる"ということ

 「生きるために食べるのか、食べるために生きるのか」と言われれば、私は完全に後者で、人の幸福は即ち「口福」だと思っています。1年間、鮨を食べ歩きながら考えた"食べる"ということを自己紹介の代わりに書いてみます。

「旨い」と「美味しい」

 自分の食体験を振り返ってみると、この2つを使い分けるタイミングが確かにあります。口に入れた瞬間、脊髄反射のようなスピードで「旨い!」と感じるものと、咀嚼を繰り返しながら「美味しい。」と嚙みしめるもの。前者は鮪や鰤など味の濃いもの、後者は白身や烏賊など淡白なものに多いですが、本当に美味しい料理はどちらにも当てはまると思っています。

一口のストーリー

 鮨はネタによって様々なアプローチをするため、味の奥行きが分かりやすいです。味だけでなくそれぞれの香りが加わることで、一口の中にストーリーが生まれます。炙った香ばしさや薬味の爽やかさの後に、ネタの味を感じ、徐々に香りは後付けのものからネタ本来のものに移行していくイメージでしょうか。薬味を使う目的は様々ですが、それ1つでストーリーを良くもでき、台無しにもできる重要な要因になり得ます。

一皿のストーリー

 魚は季節や海域、餌で味が変わるため、自然に産地を意識するようになります。それはつまり生産者=漁師を意識することであって、その魚が仲卸しへと渡され、最終的に料理人の元に渡る一連の流れに想いを馳せるということ。漁師は漁法、仲卸は目利き、料理人は料理法と、各段階の思想と哲学が一皿に詰まっていると思うと、目の前の小さな握りに偉大さを覚える程。いい意味で「頭で食べること」の重要さを感じる瞬間です。

料理と向き合うこと

 学生の頃は「誰と」食べるのかが重要でしたが、大人になるにつれて「何を」食べるのかが重要になってきました。鮨屋を1人で訪ね、目の前の料理と向き合う体験が、食事の定義を1つ増やしてくれたようです。友人と美味しさを共有するのも大切な食の要素ですが、美味しさを自分の中に留めて育てるという食体験もあるのだと思います。

 皆さんにとって"食べる"とはどういうことでしょうか。「食べるために生きる」人生を歩みたい私は、鮨から大切なことを学べたと思っています。そしてそれは他の料理も同じこと。これから「口福」を求めて旅に出ます。

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