むんちゃん
もう少し生きてみるのも悪くない
見出し画像

もう少し生きてみるのも悪くない

むんちゃん


2022年のコエールが終わりました。
私も現地で参加し、去年のコエールの仲間達と再開し、暖かい時間を過ごしました。今回上京して参加した経緯と感じた事について記録として書いておこうと思います。

コエールはNPO法人ブリッジフォースマイル主催のイベントです。イルミネーターと呼ばれる若者が親を頼れなかった子ども時代を持つ当事者としてスピーチをします。

私は去年のイルミネーター。2021年の夏、5ヶ月をかけて作った原稿を、たくさんの仲間と共にイベントでスピーチしました。そんな去年がつい昨日のよう。このノートを描き始めたのもコエールの後くらいです。はじめて書いたノートはコエールの事でした。置いておきますね。

かけがえの無い仲間と経験を手に入れたと思いました。本当に嬉しかった。コエールが終わった後心にポッカリ穴が空いた気がしました。寂しくなっちゃったんだね。

日常がやってきて、治療も進んでいきます。月2回のカウンセリングで良くなったり悪くなったり、波を乗り越えました。
この1年間の間に、私の中にいた別の人格はお空へ登っていったり、友達と決別したり、夫や家族や関わる人に泣きついたりしながら、去年の春よりもだいぶよくなったと思っていたのです。(詳しくは過去のノートをご覧ください)


東京に行く気はなかった

6月27日。カウンセリング日でした。最近私は夫や友達の優しさでは埋まらない何かを感じていました。本音を話せる人はいなくて、なんだか悲しくて、どうしようもない気持ち。

先生に詳しく聞かれて気がつきました。
私は、母を求めて寂しかったんです。

お母さんだったらいいのにな、と思う人はいますか?
そう聞かれて真っ先に思い浮かんだ人がいました。去年のコエールの際、同じチームでサポートしてくれた方です。
私よりだいぶ年上の彼女は、いつも私の気持ちを最優先に考えて、でも為になる事をたくさん伝えてくれました。

コエールのイベントが終わった後の交流会で、私達は泣きながらお話したんです。離れたくない、そう思ったことを先生と話しながら思い出しました。

彼女の顔を思い出しながら、今すぐ会いに行きたい!そう思いました。寂しくて涙が止まらなくなって、でもこんな事彼女に伝えたら困るんじゃないか。嫌われるんじゃないか。そんな考えが頭の中をグルグルしました。

「会いに行けばいいよ」

そう先生に言われて、カウンセリングは終了しました。
そうか、会いに行けばいいのか。

たくさん泣いたので家に帰って疲れてソファーでゴロゴロしていると、夫がどうだったの、と話しかけてきました。

夫に話しながら涙が止まりません。会いたい人がいるんだ、でも私のわがままだ、と。ふとカレンダーを見ると今週末はコエールがある、という事に気が付きます。

「行ってきたらいいよ、子どもたちは俺が見ておくから」

夫にそう言われてまた泣きました。
コエールに参加してもいいですか、とすぐさま主催の代表に連絡をしたら、快くOKが出て去年のメンバーも私が来るならとみんな集まることになったんです。

トントン拍子に話が進みます。でも大事なことがあります。私が会いたいと思っている人が今年のコエールに来るのかさえ知らなかったんです。

その夜、震える手でLINEを打ちました。コエールに来ますか、と。電話をしてもいいですか、とも聞きました。断られたらどうしようと不安でしょうがなくて、怖かった。またまた快くOKされてプチパニックです。
電話で色々な話をしました。世間話の後、意を決して今日のカウンセリングの話をしました。

今日のカウンセリングでお母さんだったらいいなと思う人を聞かれた時に真っ先に思い浮かんだのは貴方だったこと。
今すぐにでも会いに行きたいこと。
こんなこと言ったら困るかもしれないけど、言いたかったと。

「去年はじめてオンラインで顔を合わせた時、私もむんちゃんと一緒のチームだったらいいのにな、と思ったんだよ。その後チーム発表があってむんちゃんと一緒だったから、すごくほっとしたんだよ」

そう言われて涙が止まりませんでした。私の気持ちを受け入れてくれたと思いました。
彼女は今回もイルミネーターをサポートする側でしたが、自分の受け持っていた子が途中辞退したので今回は行くかどうか迷っていたそうなのです。

「むんちゃんがくるなら、会いに行くね」

そう言われて私の東京行きは確実になったんです。


やっと会えたけど

行きは夜行バスに乗って行きました。何年ぶりかわからない夜行バスに乗って、東京について、イベント会場で久しぶりに会った仲間たちとお互いの近況を話していると向こうから彼女がやってきます。
一瞬で走り出して名前を呼んでハグをしました。会えたのが嬉しくて、もうそこまで涙が出そうになって我慢しました。彼女も私を抱きしめて、やっと逢えたねと言ってくれました。

フジテレビのスタジオでイベントが始まりました。コエールの最中は席が別です。私は去年のイルミネーターと一緒に座って、今年のスピーチを聴きました。

コエールの後は交流会でした。久しぶりに会った仲間たちとお喋りしたり、写真を撮ったり、取材の方とお話したり。
バタバタして彼女とほとんどお話が出来なかったんです。

私は隙間を縫って彼女の所へ行ってお土産を渡しました。彼女もまた、私にお土産を渡して少しお話をしました。たくさんの人がいるので、深い話はできないまんま交流会も終わります。

もうお別れ。少ししか一緒に居られなかった。そう思うと寂しくて寂しくて、フジテレビのロビーで隣にいる彼女の腕に抱きついて大泣きしました。

寂しい、嫌だ、離れたくない。

困らせてるとわかっていても止められませんでした。みんなはそっとしておいてくれました。

「また会おうね、いつでも連絡してね、私もするから」

そう言われて頷く事しかできませんでした。
これ以上困らせるわけにはいかないと踏ん張って涙を堪えて腕を離しました。

去年のコエールの仲間が来たけど、私が泣いている事に誰も何も言いませんでした。彼女たちの優しさだと思いました。ここの空間が好きで、みんながだいすきで、改めて去年も今年も、来てよかったと思いました。


やっぱりいいなって

私達、めちゃくちゃ仲いいんですよ。去年のコエールが終わってからも何かとイベントで一緒だったりしたのもあるんですけど、個人的に連絡取り合ったりしてます。

今年の秋には女子会計画してたりね。ここで出会った仲間って、お互いの過去も弱い部分も知ってるから思いやれるんですよね。

フジテレビ前でコエール2021メンバーと

イベントの後みんなでお酒を飲んで楽しく過ごしました。最高の時間です。これほど来てよかったと思う事なんてないです。


本気で社会問題に取り組もうとする大人が作る空間が、最高でないはずがない。そう思いませんか。私はここで最高の仲間を手に入れたから、これからもずっとここにいようと思います。

そして来年のコエールもまた、何かしらの形でお手伝いできたら心から嬉しいと思います。みんな、だいすきだよー!


そしてタイトルに戻る

1泊した後の帰りの新幹線にて。
お母さんと呼びたかった彼女からLINEがきました。

このやりとりをしながら、新幹線の中で号泣しました。どれほど嬉しかったかわかりますか。
勇気を出して言った言葉をそのまま受け止めてくれる人がいて、受け入れて承認してくれる。それがどれほど貴重なのか、私は知っています。

子ども時代にしてもらえなかったことを彼女がしてくれて、認めてくれた事で子どもの私が救われたような気分になりました。

家に着いたのは夜の9時頃でした。まだ余韻は消えません。そして、寂しさも。
でも、その寂しさは東京に行く前と少し違いました。言い表せない寂しさとは違って、もうみんなや彼女に会いたいという物理的な寂しさでした。私は大丈夫だと思えました。

私が東京に行くといったら集まってくれる仲間がいて、居場所があって、娘のように可愛がってくれる人がいて、私はなんて幸せなんだろうか。

自分の過去を呪っては、早く消えて無くなりたいと思っていました。でも、そんな素敵な仲間や家族がいるなら。
私を大切だ、特別だと言って抱きしめてくれる人がいるなら。
私の人生も捨てたもんじゃないんじゃなかろうか。
この人達に来年も、その次も会いに行けるなら、希望を持って生きられるんじゃないだろうか。

そうやって続けていったら、いつかおばあちゃんになるのかな。わからないけど、日常を頑張る事が出来ると思う。


色々な人に生かされているなあとつくづく思いました。

以上、今回の東京行きの記録でした。

イベント終わり、上から撮られてたエモいやつ

コエール最高ですよ。そこのあなた、来年のコエール出ませんか。🥰


帰りにポケモンセンター寄って帰ってきました。

ポケモンセンター東京DXで大人げなく推し出現させて喜ぶ私

嬉しそうでしょ。笑
楽しかった!明日からも頑張ります!


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
むんちゃん
NPOブリッジフォースマイル主催【コエール2021】のイルミネーターです。虐待を受けた当事者として登壇しスピーチしました。29歳、大阪在住。 2人の娘🌸がいます。母から暴力や精神的虐待を受け大人になったサバイバー👊🏻 母の目線から子育てや虐待について語ります。