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本:『学術書を読む』、独学を一歩先に進める一冊。

インフルエンザの予防接種にいった。会場で看護師さんが銃弾を装填するがごとく、手早くワクチンを注射器に吸わせていた。COVID-19で、ウィルスと戦い始めていたと思っていたけど、そういや毎冬戦ってるんだったなあ、しかし今年の針、とくに太くないっすか? 毎回、怖くて目をつぶってしまうので分からないのだが。

さて、本日は本。

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■ 『学術書を読む』
作 者 鈴木 哲也
発行所 京都大学学術出版会
発 行 2020年
状 態 9割うなずきながら、1割首をかしげながら読んだ

ここ数年、本屋まわりでは、社会人を中心に職場・学校などによらず自分で研究・勉強をすすめる「独学」が隠れたキーワードになっている。昨年、『在野研究ビギナーズ:勝手にはじめる研究生活』(明石書店)が話題になり、そして、目下、『独学大全:絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社)がヒット中だ。

この背景にあるのはなんだろうか。苛烈な能力主義社会、企業の体力が落ちてきて人材育成できなくなっている、さまざまなシステムがあっという間に新しくなってしまう、などだろうか。年収アップ!年収アップ!みたいな目的だけで独学するのは、なんかちょっと違う気もするが(学問は自分の知識欲を満たすためにすると考えているため)、なにはともあれ出版界の片隅にいるものとしては、これでいろいろ本が売れてくれればいいな、とおもっている。そうなりゃオレも、年収アップ!年収アップ!である。

本書『学術書を読む』は、多くの人が読み慣れないであろう学術書がどう編まれているのか、なぜ読むべきなのか、などを解説している。内容のイメージは、テクニックをいろいろ紹介する「読書術」的な本ではなく、「学術書」論となるだろうか。

著者は、京都大学学術出版会の編集者。京都大学学術出版会は、京大を中心にアカデミックな研究成果をまとめ学術書として刊行している。著者は、学術書の編集者として、前著『学術書を書く』(高瀬桃子との共著)でいうところの、書き手の専門だけでなく「二回り外」「三回り外」の読み手を想定して本を編んできた。多様化の時代を反映して研究テーマも細分化されてしまっている現在、専門知自体を俯瞰してとらえることが難しい。そんなか、著者のようなさまざまな専門知を外へひらく「プロ」である著者の視点は、ほんとうに貴重だ。

本書では、アカデミックな場所での「専門外」のコミュニケーションの必要性を繰り返し訴える。著者は、現在のアカデミックな業績の評価が、他の論文でどれくらい引用されたのかという、引用数でなされることを批判する。そうなると、どうしてもその分野のなかでの有用性ばかりに目がいき、専門知はよりその内側に閉じていってしまう。それは、専門知を外に向かって説明する視点が弱くなることも意味する。

しかし、今回のCOVID-19の流行のように社会的な変化が起きる事態においては、医学・科学といった直接かかわるような分野だけでなく、法律・社会学・教育学・経済学などの専門知も必要になってくるだろう。おのおのの専門知を社会により還元するため、研究者はどんな「ことば」が必要か、大学なり研究所なりのアカデミックな場所で、それをもっと考える必要があるんじゃないか、本書はそう問題提起をしている。

わたしは、ほんとうにそうだなあ、とおもって読んだ。わたしも出版界の片隅にいて、そこから対話がはじまるような広場のような本を出したいとおもう。そうやって頷きながら読んだわけだけど、一点ひっかかったところがある。

「「わかりやすい」「親しみやすい」は現代日本の病理だ」として、専門知をカジュアルダウン(これはわたしのことばだけど)した書籍に否定的なところはひっかかった。著者のいう「わかりやすい」ということはなにかということは本書では具体的に示されていないのだが、本の読まれ方はその時代のメディア環境にも影響を受けることは無視できないとわたしは考える。いまある学術書のスタイル(レイアウト、見出しの使い方など)だって、けっして完成形ではないはずだ。また、個々の資質がかなりバラバラであることが注目されるいま、読み手の「わかりかた」は一様ではない。「「わかりやすい」「親しみやすい」」をひとくくりにして批判すると、本づくりが硬直してしまうような気もしている。これはわたしもまだ模索中だ。

いずれにせよ、本書が稀有な一冊であることはたしかだ。独学をすすめて、さあ専門書でも読んでみるかという人は、これをひとまず読んでみると、今後、本選びの選択肢がぐっと増えるはずだ。

表紙に掲載されたイラストは、沢野ひとしのイラスト。なんだか意外な(?)感じもするが、「本の雑誌」ファンとしては嬉しかった。

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