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カルチャー週報 5/6~5/12

今週は引越しの準備でてんやわんやでした。引越しってやることが多いですね……なので、あまりカルチャーに接することが出来ず……そんな一週間のなかで、わたしが観たり聴いたり読んだりしたものをまとめました。

■5月6日~5月12日の週報

読んだ本

読んだマンガ

聴いた音楽(CD)

観た美術展

■週の終わりに

今週のテーマは……
今週は、消費社会に関係する書籍をまとめていくつか読みたかったのですが、結局、『「くらし」の時代:ファッションからライフスタイルへ』(米澤泉)しか読み切れませんでした。

『「くらし」の時代』
この本は、以下のようにはじまります。

人々がものを買わなくなった。消費を嫌悪している。モノ消費よりコト消費。そのように言われて久しい。確かに、次々と閉鎖される百貨店に対して、入場者が増え続けているテーマパークや記念のハロウィンの異常なまでの盛り上がりからは、そういった傾向が見て取れる。(『「くらし」の時代』)

現在人々が、服の流行への興味が低下していて、その代わりに「くらし」への関心が高まっていると指摘しています。それはなぜだろうか、ということが語られていきます。

たしかに、いまは「ノームコア」なんて言葉があり、渋谷を歩いてみても、変わった服で個性をアピールするというより、シャツにジーパン、スニーカーみたいな、スタンダードな服装をしている人が多い気がします。

オシャレを気にするところは、服装というより、SNSでアップできるような日常のワンシーンになってきていることをわたしも感じています。

そのワンシーンの舞台は、たとえば、カフェだったり、美術館だったり、ちょっとした旅行だったり……この著者は現在、本もそういったオシャレな日常を演出する小物としてある指摘しています。

かつて、80年代のニューアカブームのときも、難解な本を読んで「アタマが良いこと」はオシャレだったこともあったようですが、現在の本にまつわるブームはまた異なった様相であることを、著者は以下のように述べます。

しかし現在の本の流行はそうではない。知的な本を所有することに対するこだわりもそれほどなく、「知的している。」ことに対する憧憬もあまり感じられない。むしろ、本を所有するのは、本のある空間を作り出すためだ。知が流行しているのではない。「日常にある知」を感じさせるものとして本が流行しているのだ。(『「くらし」の時代』)

出版業界の隅っこにいるわたしとしては、ライフタイル雑誌なので、本に関する特集が組まれると、「おお、紙の本もまだまだいけるじゃん!」なんて思っていましたが、みんなの関心は、本の内容というより、本がある空間なんでしょうね……たしかに本に囲まれながら飲むコーヒーはうまいですが……

青山ブックセンター六本木店が閉店
そんななか飛び込んできた「青山ブックセンター六本木店が閉店」のニュースには、思いを馳せずにはいられませんでした。

ここも、ずらっと並んだ棚にかなりこだわりの選書がされており、思いがけない出会いがあり、思わず一冊買ってしまうというお店でした。ただ、コーヒーを出したりはしてませんでしたね……コーヒーを出していたら、変わったのでしょうか……もちろん閉店の理由はいろいろあると思いますが……

『「欲望」 と 資本主義』
そして、けっきょく、今週中に読み切れませんでしたが、新書『「欲望」 と 資本主義』(佐伯啓思)も読んでいました。

読み途中ですが、以下のような興味深い解説がありました。

……マルクスの死んだ年に生まれたケインズもやはり、先進国の経済が長期的に停滞する傾向をもつと考えていた。ある程度ゆたかになった先進資本主義国では、消費はあまりのびず、人々はモノを買うよりむしろお金を貯蓄にまわすだろう。一方企業の投資活動も、その貯蓄を吸収するほど活発ではないだろう。その結果、政府による適切な景気刺激政策がなければ経済は常に長期停滞に向かうという。(『「欲望」 と 資本主義』)

そうか、わが国では資本主義も極まりもうモノを買わなくなったのか!しかも、それはすでに予言されたことだった!と一瞬納得しそうになりましたが、たしかに消費の低迷は認められるものの、けっきょくファッショナブルな「くらし」を演出するために、また消費はしてるよなあと思いました。

つまり、なんというか、「消費しない」という流行を消費している時代なのでは?……なんてややこしい話でしょうか。

以上、駆け足でまとめました。じっくり考えている時間がない!

今週は、引越し作業で、けっきょく映画を観ることが出来ませんでした。しかし、まだまだ続く作業……さて、来週は、どんなカルチャー出会うのでしょうか。

以上、今週のカルチャー週報でした。

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