103 経済の諸概念③ 分配と交換

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の続きです。

前の記事では、自分が代謝する以上の獲物を獲得した人間を考察しました。自分の代謝を満たしてなお余った部分の獲物は付加価値とよばれ、これを自由に使うことができます。前の記事では、労働以外の活動に使う消費と、翌日以上に持ち越し、任意の時期に代謝や消費に使う貯蓄という2つの使い方を示しました。

ここで、前の記事の(B)の人間に加えて別の人間を登場させて考察すると、付加価値の新たな使い方が加わります。

1つは、分配です。

生物個体は生きている以上代謝をし、外部から栄養を取り入れなければなりませんが、それを少なくとも自分の口で食べなければならないところに、生物個体としての本源的な自己への責任があります。摂食の自己への責任は、厳密には採食の自己への責任へと直結しませんが、高等な例外を除いて生物の世界では自己の採食行動(労働)によって自分の摂食=代謝を満たすのが自然なこととなっています。

そんな動物の世界でも見られる分配として、未熟な子供や身重の配偶者等の家族に対するものが挙げられます。自己の行動(労働)によって代謝を満たすことのできない個体が、採食行動をする他個体からその獲得物をもらうものです。

その採食行動を行う個体もまた自分の代謝を行うので、その個体は自分の代謝を満たしつつ、さらにそれら家族の代謝を満たす分をも仕事(狩り)によって得なければなりません。したがってそれだけの量の付加価値の生産が求められるようになります。この自分以外の個体の代謝のために行われる付加価値の移動分配と呼ぶことにします。

仮に(B)の人間に、基礎代謝量が合わせて1,500kcalの妻子がいるとします。(B)は妻子に2,000kcalの獲物を渡して、そのうちの1,500kcal分が妻子の代謝を満たすのに使われました。この1,500kcal分の価値の移動が分配になります。ここで残り500kcal分は貯蓄として留守中の妻子が明日以降に自由に使える分に充てるとします。この分の価値はこの時点では代謝を満たすのに使われません。この分の価値の移動のことを(付加価値の)移転と呼ぶことにします。

この時、(B)個人にとっては、分配に使われる成果物はあくまで生産による付加価値ですが、(B)個人と妻子それぞれの3人を合わせたこの経済全体の視点(この視点をマクロと呼びます)では、(B)の仕事は労働となり、妻子の代謝は(B)の労働によって満たされることになります。マクロな労働と生産によって得られた成果物の価値のうち、観察した時点で代謝に消えるものマクロな労働価値、残りの分をマクロな付加価値と呼びます。今回の例では (B)(この日の終わりには手元にはゼロ)と妻子の持つ獲物の付加価値を合わせたものがマクロな付加価値となります。

この様子を図に示します。なお、分配や移転は妻子等の家族に限らず行うことができます。

交換

付加価値の使い道のもう1つは、交換です。

先の例の図の続きを考察します。(B)の妻は(B)から移転を受けた付加価値部分の獲物を貯蓄として翌日に持ち越します。その日も狩りに出かけた(B)の留守中の(B)の妻のもとに、1日分の労働で自分の代謝を補える分(2,000kcal)だけ採集した木の実を持ち歩いている人間(C)が通りかかりました。お互いがそれぞれの相手の持ち物を魅力的に思ったので、持ち物を交換することにしました。

この持ち物を交換する機会と場のことを市場と呼びます。一方の持ち物がどれだけの他方の持ち物と交換できるかを表す指標を交換価値と呼びます。交換価値は主に、自分や相手がそれぞれどれだけ相手のものを欲しがっているか需要の多寡)、相手や自分がどれだけの量のものを持っているか供給制約支払制約)、で決まります。それぞれが自分と相手のものに対して持っている主観的な価値観をすり合わせることで1つの価値に決めることができたら、その価値でモノを交換することができます。この時、自分の持ち物(のある量)が相手の持ち物(のある量)で交換価値が実現する、と表現することにします。交換が実現するかどうかは相手との具体的な勝負に似たやり取りで決まりますから、このことは“命がけの飛躍”とも呼ばれます。

今回の場合は、(B)の妻の貯蓄として保存された価値と、(C)が労働して得た木の実の労働価値を、どれだけ交換価値として実現させるかという問題になります。これを図に示します。

この図では、食べ物同士の交換で、お互いが日々の代謝を満たすのにカツカツな状況であることから、お互いの食べ物500kcal分同士を交換したことにします。同じ500kcalといっても食味等は異なるうえに、カロリーだけでは表しきれない栄養分の違いもありますから、交換する動機や価値は成り立つわけです。このあと(B)の妻は狩りから帰ってきた(B)の獲物とこの木の実を合わせて食卓の彩りにすることでしょう。

もちろん別のケースとして、(C)の木の実500kcalが(B)の妻の持つ獲物250kcalとしか交換できなかった、ということも考えられます。この場合、(C)は単純な消費カロリーの上では、交換価値が労働価値を下回ることになり、このままでは翌日の労働力が損耗します。


以上、この記事まででは、代謝のために食べ物を労働・生産で得て、それを貯蓄・分配・交換することで暮らす人々を考察しました。次の記事では、食べ物以外に生活に必要なモノを加えて経済を考察することにします。

次の記事

に続きます。

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