小説 (新作)ショートショート お料理行進曲
子供の頃、母親の作るコロッケが大好きだった。
父親の転勤で北海道から、
家族で静岡市の団地に移り住んだ。
昭和の高度経済成長の真っ只中で、
団地はニューファミリーの憧れだった時代だ。
私の両親はワリとミーハーな所があって、
転勤地の住居に新しい団地を選んだ。
ここで弟は生まれた。
5階建ての団地が幾棟も並ぶ。
ひとつの小都市を形成していた。
スケールの大きめな団地だった。
団地に隣接して、
小学校とスーパーマーケットがあり、
食べ放題を売りにする飲食店もあった。
近くには小さな商店街もあり、
私はここで小学校の入学を迎えた。
両親が作ったアルバムには、真新しい帽子に体操服風の制服で真新しいランドセルを背負い気を付けした団地バックの少年の写真があった。
「なんでいつもキオツケしてるの?。」
少し前、娘が床に女の子ずわりして、
アルバムを捲りながら聞いた。
「ああ、親父が写真を取る前に言うんだよ。」
「キオツケ!って。」
「どれもだね。面白くないね。」
娘がアルバムのページを行ったり来たりしながら聞いた。「なんでキオツケ?。」
「ああ、それか。パパの時代は写真はフィルム式だったからさ。」
TVのラーメン特集を見ながら答えた。ウマそうだ。
「今と違って撮れる枚数が決まってたんだ。24枚とか36枚とか、無くなったら恐ろしく面倒臭いフィルム交換をしなきゃならない。親父なんか面倒臭いからカメラ屋でフィルム買って頼むのさ。」
「自分ですればいいじゃん。」
「そんな簡単じゃないんだ。フィルムってヤツは光が入ったら全部終わりなんだよ。」
「そうなんだ。難しいんだね、昔のは。」
「それが写真の原理だからな。今度、機会があったら説明してあげるよ。パパも写真にはあまり詳しくはないけど。兎に角、失敗出来ないって気持ちがあった。」
「だから、キオツケ!で動かないようにしたのさ。」次のラーメンもウマそうだ。
「ラーメンでも喰いに行くか……。」呟いた。
「行くーーー!!」娘は聞き漏らさなかった。
「ママーーー。」また家族でたかられそうだ。
そのままにされた開いたままのアルバムを観ると手を伸ばして直立不動の私が何人もいた。
「クスッ」と嘲笑った。
夕食は串カツだった。
冷凍のセットで結構美味い。
日進月歩の冷凍技術の進歩には、いつも驚く。
嫁はそれだけでは足りないと判断したのか、
安価な冷凍のコロッケも別皿に盛っていた。
ひとつ取って食べる。
「…………。」
成長期の子供達はモリモリ食べている。
母のコロッケは手作りで旨かった。
何処かの肉屋(覚えていない。)で教えて貰った。
と母が語ったコロッケは、私の大好物の一つだった。俵型のコロッケだけを幾つも食べた。
私の子供時代の好きな食べ物はひき肉料理が多い。我が家と日本はまだ発展途上で、肉は私の幼い時はまだ高級品だった。工夫してやり繰りした母の料理メニューの功罪なのだろう。
少し不満気な私を観て、
「美味しくなかった?。」と嫁が聞いた。
母のコロッケについて打ちそうになったが、
嫁の心配で済まなそうな顔を見てやめた。
「いや、美味しいよ。」
ありがとうを付けるのもやめた。
食べ盛りの子供達が奪い合うようにコロッケを取っていく。嫁のやり繰りの苦労を思うと済まない気持ちでいっぱいだ。
(あの時、親父は何を想っていたのだろう。)
コップに残ったビールを一気に煽って、
追加の焼酎を取りに行く。
まだまだ私と彼女の航海はこれからだ。
これからが本番だ。
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