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「樋水の流布」 第六話

「パルファム?冗談だろ?」
「うん・・・、どう思う?」
「えー、これなんて、二枚分、ちょっとだけじゃないか、そういう所なこと、先生が仰るのか・・・?嫌、大丈夫、充分、アカデミア部門で行けるから。俺がさせないよ。そんなこと・・・月刊の研究誌『神代語録』に、畸神についてのコラムと、短編の枠を取ったんだ。そこに、毎回、色んな人に書いてもらうことになっていて、その何回か目に、流布がいい、と思ってるから」
「あの、畸神時代研究のマニア雑誌ね。そうなるんだ、そんな感じ」
「今回のは、柔らかい文体で、天照の語り口調と回想だろ?ひとまず、畸神関連の雑誌への掲載がいいと思って。ここは、女流作家が半分ぐらい、担当してきた枠だからね」
「そうなってるって、先生にお伝えしてみるね」
「俺からも、話そうか」
「うーん、ひとまず、私が話してみるけど」

 親見に話をして、ひとまず、今回の原稿は、「神代語録」と言う畸神研究誌に載る運びとなりそうだが、その前に、竜ヶ崎先生から、ご意見があった、という以上、確かめに行く。私だけでは、また、話が振り出しに戻りそうだ、と、親見が頑張って、意気込んでいくと・・・

「何のことですか?冗談ですよ、そんなの」

 えー、だって、言ったじゃん。肩透かしな返答に、また、振り回された感があった。

「よろしくお願いしますね。親見君」

 先生は、涼しい顔をなさって。・・・もう、なんか、意地悪だったのかな?あれって。

・・・・・・・・・

 その後、また、きちんとした、ある程度の長さのものを書くように指定されて、何度か、持っていくが、全部、突き返された。こないだのパルファム部門、と言われたのがショックで、男女の機微のシーンは避けてしまう。すると、正直、話の幅が狭くなる。なんていうのか・・・、そうだ、武内のような、しっとりとした、雨上がりのような、さりげなさを羨ましいと思いながら、私は書けずに、切なくなった。

「流布、作品は、まだですか?」
「はい、なかなか、いい着想が浮かばなくて」
「・・・ちょっと、来なさい」

 廊下で呼び止められ、先生の部屋に呼ばれる。

 先生の机の上には、突き返された筈の原稿が並べられていた。なんでかな、と思ったら、それは全て、コピーだった。それには、赤が入っていた。

「どうして、ですか?」
「うーん・・・」

 先生は、腕組みをされてらっしゃる。私は、食い下がった。

「これだけ、読んで、書いて頂いてるのに、なんで・・・?」
「ダメなんですよ。だから、僕と同じことをしていると、何度も言ったでしょう。それで、僕が直したら、完全に、僕のものになってしまうでしょう?」
「あ・・・」
「何度、同じことを言わせるんですか?・・・貴女の原稿は、読むのが嬉しいぐらいなのですが、それでは、あまりにも個人的すぎます。私の中で、応え合わせをしてるような愉しさがあるのですが」

 どういう意味ですか?いつものままの感じで、どっちなんだろう?いいのか、ダメなのか?

「駄目ですね、何度言っても、わからない。と言うか、出来ないのでしょうね。こんなこと、言いたくありませんが、もう、今のままでは、難しいのではないですか?」

 難しい、って、そんな・・・。私は、竜ヶ崎先生みたいに、描きたいだけなのに・・・。

「破門です」

 え、何?

「聞こえませんでしたか?」

 え、嘘、そんな…、

「聞こえました。破門って」
「公に対して、作家活動ができない。しようとしていませんから」
「そんな・・・」

 そんなにダメなのかな。編集担当の親見は、確かに身内だけど、そこまでダメだとは言ってなくて、むしろ、進めていきたいと、編集長まで、説得はできているんだって。後は、竜ヶ崎先生の承諾待ち・・・それが、こんな形になるなんて、意味が解らない。

「ここにいて、もう、書いていくことしか、考えていません。だから、今、ここを離れるなんて、そんなこと、考えられません」

 しばらく、先生は、ご自分の机を背に、というか、私に背を向けて、窓辺を見てらっしゃった。

「もう少し、頑張ってみますから、ダメでしょうか?」

 溜息をついたのが、肩の動きで解った。その後、先生は振り向いた。

「・・・ここに居たいのなら、まずは、筆を折りなさい。僕に恥をかかせたくなければ」
「いいえ、そんなつもりは」
「よく、聞きなさい。僕の言うことを。自分勝手ではダメです」
「はい・・・」
「僕が好きですか?」
「え?」
「聞いたままの意味です」

 これ、聞いたことがある・・・。いつだったか、同じこと、聞かれたことがある気がする。

「はい、勿論です。じゃなければ、ここにいません」
「わかりました。貴女は、今日で破門です」
「・・・」
「明日からは、僕の奥さんになりなさい」

 え?

 先生は、また、いつもの会話の調子で、何か、言った。

「僕の庇護の下で、僕の真似事をするなら、いくらでも構いません。それは公でなくて、趣味で進めれば、済むことです。それなら、貴女もここを離れなくてすむでしょう・・・また、人の話を、きちんと聞いていますか?」

 えーと・・・、破門で、その次が、聞き違いだと思うんですけど・・・もし、そうだとしても、私は、先生の半分の齢で、まだ、大学を出たばかり、社会人としても一年目です。

「はあ、・・・何年ぶりでしょうか。プロポーズなんて。いいですか?いい大人が、身を切りました。真剣に考えて、夜にお返事ください。大丈夫なら、貴女の部屋に迎えに行きますから」
「・・・あの」
「わかりましたか?」
「は、はい」
「じゃあ、夕食の後ぐらいには決めてください」
「・・・あの」

 お断りしたら、追い出されるか、・・・どうか、聞こうと思ったのだけど・・・

「わかりましたね?ああ、お返事は、メールでも結構です。皆さんにはまだ、内緒です」
「はい」
「行ってよろしい。あ、この原稿は大切にとっておきます。時々、読ませてもらいますから」
「あ、でも、それは・・・」
「行ってよろしい」
「あ、はいっ」

・・・・・・・・・

 え?何が、起こったの?ん?

 これって、他の先輩方に話してはいけない、んだったよね。

 夜までに、何を考えなきゃいけないんでしたっけ?

 あー、私は、竜舌庵、を破門なんだ。で、その後、私は、先生の・・・?

 えーっ、そんな、でも、さっき、聞き違いじゃなかったら、・・・

「明日からは、僕の奥さんになりなさい」

 「はあ、・・・何年ぶりでしょうか。プロポーズなんて。いいですか?いい大人が、身を切りました。真剣に考えて、夜にお返事ください。大丈夫なら、貴女の部屋に迎えに行きますから」


 どうしよう。大変なことになってしまった。そんな、そんな、小説みたいなことが、本当に起こったってこと?先生の弟子だって、なれなかった私が、そんな、そんな、飛び級なこと、できるのかな・・・。

 弟子として、応えることができなかった私が、そんなこと、できるのかな?

 よく解らない。嬉しいのかな、嬉しいと思わなきゃいけないよね・・・ううん、もう、段々と、ムズムズしてきたというか、ヤバい・・・御伽凪みかなぎ様の先生、天護あもる様の先生とか、剣客のあの哀愁の背中の先生・・・あああ、私は、先生オタクだったんだよねえ。中学生の頃から。

 夕ご飯の後、お返事しなきゃ。メールで良かったよね。あああ、でも、ご飯なんて、多分、喉を通らないよねえ。どうしよう・・・。親見に相談するのは、もっての他だ。どんなリアクションされるか、ものすごい、大騒ぎされて、どやされて、案の定、みたいなことを言われそうで・・・そうそう、具合悪くなっておいて、能福に、ご飯要らない、ってメールしておこうかな。いいや。先生は、心配ないだろうから。大変な課題を出されて、私は胃が痛くなってるんだから。きっと、解ってくださるだろう。後で、お返事して、お会いした時に、ごめんなさいと、言い訳すればいい、後で、迎えに来てくれるというし・・・

 って、私、この流れ、受け入れてる、みたいだよね?あああ、どうしよう。このまま、不問にできない。すごいタイトだ。時間が短い。先生って、こういう所、あるよね。課題じゃないって、大事なことだよ。女の一生の、一大事じゃない。

・・・・・・・・・

 考えながら、先生の部屋から、廊下を早歩きで戻る。

「ああ、流布さん」

 丁度良かった、声をかけてきたのは、能福だった。

「今日また、鍋にしようと思うんだけど、好きだったよね?流布さん」
「ああ、うん、いいですね」
「よかった、何鍋にしようかな?カレー鍋もいいよなあ。餅が意外に合うしなあ。流布さんもお餅、好きだよな?」
「ああ、焼いたのがいいです」
「良し、解った。皆、二個ずつは食うな。俺は、倍は食うけど、準備するかな・・・♪」

 そうかあ、カレー鍋だ。・・・って、ああ、ついつい、いつもの調子で・・・、能福さんっ、行っちゃったし。

 夕ご飯、参加しなければならなくなってしまった。目を瞑って、いつも通り、配膳して、食べて、片づければいいんだ。そうだよね。はあ・・・。でも、その後、メールしなくちゃ。なんてしよう。

「こんなこともできないんですか?じゃあ、却下です」

 って、全部、無しになっちゃったら、どうするの?もう、呆れられてる末の処遇だよ。

 って、じゃない・・・、弟子より、上の位置だよ、これって。弟子は男でも、何人でもなれるけど、奥様って、あああ、先生にとっては、二人目だけど、時系列的には、一人が普通だから、Polyandryなら、いざ知らず。

 こんな複雑な感じで、先生にとっての、一番の人、わあ、思っても恥ずかしいフレーズが、山程、出てくる。

 いや、やっぱり、昇格なんかじゃない。使えないから、♀として・・・うわあっ。

 ううん、そんな人じゃないじゃん。先妻の千代美さんへの愛情から見たら・・・

 あ。なんか、思い出した。武内の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「流布さんの部屋、変なとこあるの、知ってますか?宙に浮いた扉」

 「・・・そう、聞いてるんですね。まだ

 えー「まだ」って、なんなの?「まだ」って。・・・ひょっとして、武内は、父の竜ヶ崎先生の、なんていうか、こういう感じのこと、知ってた?えー、ってことは、かなり前から、そういう目で・・・わあ・・・。もう、気ぃ抜きすぎ。男の人達と一緒だから、ずっと、ジーンズや、チノパンで過ごして、可愛い恰好は、家事の時のエプロンぐらいで。力仕事だって、負けないように、脚引っ張らないように、男の人と一緒にやってたから、足腰も強くなって、腕っぷしも、前より、良くなった気もするし。随分、鍛えられたと思うから・・・。

 だとしたら、先生、どこ見て、そんなこと。千代美さんとは、正反対だよね。私。はあ。それに、作品作りだって、ダメだし。そっちも、こっちも、ダメじゃない。不思議。

 色々と考えてる内に、離れの自室に辿りつく。ああ、あの扉。作り物だとばかり思って、一回、軽く捻って、ノブを引っ張ったけど、全然、開く感じがしなかったもんね。

 見上げる先の本棚の上にある扉。観音開きで、確かに、先生の部屋の扉と同じデザインで、それが小さくなった設えなんだよね。端に立てかけてある梯子を、掃除以来、架けて昇ってみることにした。

 梯子をしっかりと、鴨居にひっかける。ドアの中心と梯子の中心を合わせると、丁度、いい感じに、梯子の留め金が嵌まる位置がある。からくり、という感じで、ドキドキする記憶が甦った。この本一杯の壁一面が、デザインみたいで、不思議な感じも手伝っているんだけどね。昇っていく。振り返ると、結構な高さがある。天井の高い部屋ではあるんだよね。

 引っ越してきて、本棚の整理の時以来、触っていない、そのノブを回す。

 あれ?なんか、手応えがある・・・カチャッ、だってよ。ああ、開くんだ。これ、どこに繋がってるのかな?ドアは、引いても開かない。押してみようかな・・・。少し、力を入れると、事も無げに、その開かずの扉は開き、明るい光が、差し込んできた。

「流布?!」

 えっ?・・・ここって・・・?・・・えーっ?!

                                                                                                        ~つづく~


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