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待望の子は異形の子、そして出会い        大丈夫と美富豊(ますらをとみほと)  第一話

みとぎやの小説・ひとまず投稿③

おさ殿、奥方が産気づいたそうじゃあ!」
「本当か?急ぎ、戻る。すまぬが、ここは、このままで・・・」
「そんなに慌てんでも、大丈夫じゃ。お産には、また、いくらか、時がかかる筈じゃ」

山知やましる一族の、若き族長夫婦に、待望の初めての子が生まれようとしていた。
妻が産気づいたとの知らせを聞き、族長は、仕事の手を止めて、急ぎ、家へ向かっていた。

・・・・・・・

それを取り上げた産婆と、手伝いの下女たちは、目を疑った。
下女たちが声を出しそうになるのを、産婆が、首を激しく、横に振り、それを収めさせた。
お産の疲れで、母親は、この子を産んだ途端、気を失い、眠っていた。
それが、幸いだった。 

生まれた子の姿は、その実、人ではなかった。
子犬のような見かけで、産声も上げていない。

「信じられぬ・・・これは、きっと、凶事まがごとなりて、どのように・・・このことは、未だ、皆に知らせてはならぬ・・・さて、どうしたらよいのか」

産婆は、居合わせた下女たちを、部屋の隅に集め、密かに示し合わせた。
そして、急ぎ、その子と母の元へ戻ろうとした。

「えっ・・・」

何の事はない。
眠る母の隣には、可愛らしい、男の赤子が、手足を元気に、動かしている。

「おお・・・、良かったぁ」
「そ、そうじゃな」
「はあ、腰が抜けるとこじゃったわ」

その様子に、胸を撫で下ろした女たちは、先程の姿は、きっと、見間違えに違いないとした。

「可愛い子じゃ」
「うん、うん」
「良かった、良かった・・・」

その後、眠っていた母が目覚め、父が駆けつける。
そして、何もなかったように、親子は対面することとなった。
この子は「大丈夫ますらを」と名付けられた。

・・・・・・・

しかし、この子の成長は、人のそれとは違っていた。
耳の先は尖り、半年の頃には、人より早く、歯が生えた。
泣いたり、笑ったりと感情がたかぶると、手足の爪が、まるで犬や猫のように飛び出した。
普段は、人の指先に違いないのだが。
そして、普通の子より体格が良く、早く這い、早く立ち、早く歩んだ。

一歳になる前には、随分としっかりしてきた。言葉も発し、覚え始めた。
賢く、成長著しいと、褒める者もあったが、産婆と下女たちは、見るにつけ、生まれた時の姿を思い起こしていた。

二歳になった頃、遊びながら、駆け回る、この子の姿が、小さな獣に変化へんげするのを、一族の者が見止めた。
取り押さえると、元の人の姿の大丈夫ますらをに戻る。
大丈夫ますらをは、不思議そうな顔をした後、ニコリとしてみせたが、大人たちの顔色は、いつもと違って、怖い顔つきになっていた。
大丈夫《ますらを》には、その意味が解らなかった。

その日から、部屋に上がることをさせてもらえず、うまやで、小さな木の檻に入れられた。大丈夫ますらをは、また、不思議に感じた。
しかし、馬が傍にいたので、寂しくは感じなかった。

それでも、厩の中で、一番の年老いた馬が、今の大丈夫ますらをが、この家の人間から、どのように見られているかを、伝えてきた。
幼いながら、意味がよく解らないながら、寂しい気持ちになった。

大丈夫ますらをを取り上げた時、居合わせていた、下女の一人が不憫がり、食事などの世話を焼きに来た。
いつものように、大丈夫《ますらを》がにこりと微笑むと、その下女は、檻越しに手を差し入れて、悲しそうに、頭を撫でてくれた。

両親も、この事実を見止めた。
この時、母親の腹の中には、今一人、次の子が宿されていた。
月に一度の「山の神」への祭事が控えていた。供物を捧げる日だった。

村の神官家の巫女につれられて、人の住む場所と、獣の住む場所の境目と言われる、山の堺に連れて行かれた、大丈夫ますらをは、供物と共に、その場に、置き去りにされた。

・・・・・・・

山知の家には、翌年、眞白ましろという男の子が生まれた。
そして、その子は、まことしやかに、長男とされて育った。
その翌年に、島の神官家に、後に、巫女となる女の子、美富豊みほとが生まれた。
そして、話は、十五年後となる。

月に一度の『山の神』への供物を捧げに行く日、この日、美富豊は、初めて、その巫女の一団に同行した。
捧げものを納め、山を下ろうとした時、一行は、獣の群れに襲われる。

その中に、紛れもなく、人の姿をした者が現れた。
逃げ惑う巫女たちは、里に向かって走るが、美富豊は躓いてしまう。
そこを、狼たちが狙っていた。
しかし、それを、その人の姿をした者が諫めた。

狼の筆頭は、その人と目を合わせた。

「いいのか、それで」
「意趣返しの機会ではないのか」

その人は、首を横に振った。

躓き、あまりの恐怖で、気を失った美富豊は、洞窟のような所で目覚める。多くの生き物の呼吸する感覚に気づく。

・・・声を上げてはいけない。騒いだら、きっと、襲われて、食べられてしまうに違いない。

そんな、里人から聞いた話を思い出しながら、そっと、薄目を開けた。

・・・・・・・

美富豊が目を開けると、上から、見降ろす男がいた。
毛むくじゃらで、齢の頃が解らず、ほぼ、衣服を纏っていなかった。
ただ、その胸には、古い糸に通された、木の札が付いていた。
うっすらと、墨字で、何か、書かれているようだ。

思いもよらず、美富豊は、悲鳴を上げる。
周囲の狼たちが、急に身構えるが、その男は、それらを制した。
まるで、それこそ、獣のような発声をし、目で彼らに示しているように動いている。

「あ・・・ああ・・・待って・・・」

男は、美富豊に近づき、傍に跪いた。
首を傾げて、様子を伺っているようだ。

傍に、美富豊の持ち物の背負い籠が置かれていた。

「そうだ、お供物・・・」

その中に、いくらかの畑で採れた野菜や、穀物を練った餅などがあった。
美富豊は、それらを急いで、広げた。

「これをどうぞ、どうか、私を食べないで・・・私、里に帰らないと・・・」

慌てて、立ち上がろうとするが、左足に痛みが走った。
やはり、怪我をしていた。
男は、ゆっくり、近づき、美富豊の足を捕まえる。

「ああっ、離して、痛い・・・」

脹脛ふくらはぎに、木の欠片かけらが刺さっていた。
男は、それを引き抜いた。
また、美富豊は、悲鳴を上げた。
男は、その血の滲む傷口を、両側から、抑えて、更に押した。

「ああ、痛い、痛い、助けて・・・」

その後、男は傷口に吸いついた。

あああ、もう、食われてしまうんだ・・・。お終いだ・・・。

そして、吸い出した血を吐き出し、その後、更に、傷口を口に含んだ。

今度こそ、食べられてしまう・・・。

美富豊は、あまりの恐怖に、気を失ってしまった。

・・・・・・・

次に、目覚めた時、美富豊は、里の近くの十六夜草いざよいそうの花畑の中にいた。
傍には、背負い籠があり、中には、大きな桃と、獲れたての、珍しい、川魚が入れてあった。

「え?・・・私、食べられたんじゃないの・・・?」

足を見ると、血は止まっていた。
傷は綺麗に、瘡蓋かさぶたとなり、乾いていた。

「なんか、やっぱり、獣の臭いがする・・・」

身体に、あの洞窟の中の臭いが、纏わりついている・・・

美富豊は、この時、初めて、あの男に助けられたことに気付いた。


みとぎやの小説・ひとまず投稿③
「大丈夫と美富豊」(ますらをとみほと)の第一話です。
うーん、たまたま、時代小説風が続いていますね。
読んで頂いて、ありがとうございます。

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