見出し画像

堕ちた輝石~皇宮懲罰の闇


揮埜きりや殿」
「・・・はい、」
「軍服のボタンが・・・」
「ああ、先程、出かけに引っ掻けてしまって」
「それでは、服装違反で、見咎められてしまいます。お直し致しましょうか」


 揮埜は、嘘をついた。第二皇妃に呼ばれていた。多少、強引に、手を引かれた。ソファでのやり取りで、襟元に手を掛けられた。無碍にできずに、ゆっくり、穏やかに離れなければならない。怪我などさせたら、大変なことになる。下手すれば、すぐ、処罰が与えられる。

「お許しを・・・」

 揮埜は、皇妃の求めを拒んだ。身体を離し、床に叩頭してみせた。そのままの姿で、何十分も、身体を屈めたままでいた。宥めても、スカしても、彼は、顔を上げることなく、皇妃の思う通りにはならなかった。それを屈辱と思うより、皇妃は、半ば遊びのようにしていた。皇妃にとっては、プレイのようなものだったのかもしれないが・・・。

 呆れ顔で、溜息をついて、立ち去る第二皇妃。その後に、揮埜が、ようやく、嵐が去ったことを確認し、立ち上がった時、皇妃付きの一番下の女官であった、如月きさらぎが部屋に入ってきた。片づけをしに来た、その時に、そこに居合わせた、揮埜の胸元の乱れに気づいたのだ。

「揮埜殿、そのまま、ソファにかけてらしてください。お召しのままで、ボタンをつけ直しますから」
「しかし・・・」
「すぐ、終わりますから、このまま行ったら、恐らく、何を言われるか・・・」
「え?・・・ああ」
「じっとしてらしてくださいませね」
「時に、何故、私の名前を・・・あ・・・」

 如月は、針に糸を通すと、小さく会釈をした。

「ひょっとして、軍族の家族のパーティーでお会いしましたか?」
「そうだったかもしれませんね」
はる家の・・・?」

 如月は、小さく、頷いた。

「すみません。市井へのお誘いを受けておりましたが、任務で忙しく・・・」
「もう、ここでは、そのお話は・・・」
「・・・」
「二度と、なさらないに限ります」
「女官であられたとは・・・」
「いいえ、あの時はまだ。・・・この度、皇宮入りとなり、第二皇妃様付きになりました」
「そう、でしたか・・・」
「いいですか。すぐ、終わりますから、じっとしてください・・・」

 その時、女官長の富貴ふきが、交換用のベッドリネンを持って、部屋に入ってきた。

「如月、・・・お前、何をしてるの?」

 富貴には、二人が、重なっているように見えたのだ。皇妃の寝所で、皇妃の所望する相手、揮埜と、皇妃付き女官になったばかりの如月が・・・。

「あ、あの、揮埜殿の軍服のボタンが・・・」
「・・・どういうことなの?・・・皇妃様の目を盗んで、なんてことを・・・」
「違います。富貴様、・・・あ、お待ちください」

 そのまま、富貴は、持ってきていたリネンを放り出して、回廊に出て行ってしまった。

「富貴殿、お待ちください」

 揮埜が追おうとするのを、如月は止める。

「なんでですか?このままでは、あらぬことに・・・嫌疑をかけられる」「貴方は、意に染まないのでしょう。皇妃様とのことは・・・。無理にでも、お答えしなければならなくなってしまいます」
「でも・・・」
「はい、これで、綺麗に」

 やりとりをしている間に、如月は、揮埜のボタンを素早く直した。すると、回廊をカツカツと高い音が近づいてきた。忙(せわ)しく歩み寄る、皇妃のヒールの音だった。

「そう・・・、そういう事だったのね」
「どうやら、噂通り、揮埜家と、榛家の縁談が進んでいたとのことでしたし・・・」
何故なにゆえ、黙っておりましたか?如月」
「いえ、それは・・・」
「揮埜殿・・・」

 如月は、揮埜には、話させないように、首を横に振って見せる。実質、縁談は持ち上がったばかりで、互いは、パーティーの席で、顔を合わせたかどうか、という所が事実だった。しかし、軍からの指示で(皇妃との件があり)話は止まっていたというのが、現状だったのだが・・・。

「そうだったのね、それでは、揮埜が、私に応えない筈ですね」
「違います。皇妃様、縁談はまだ、実質のものではなく・・・」

 揮埜は、如月の前に出て、庇うように、皇妃の前に申し出た。

「はあ・・・そう。そんな、表向きのことは、もう、どうでもいいわ。・・・如月」
「・・・はい」
「どうしますか?」
「え・・・?」
「どうしますか、と、聞いてるのよ」

 皇妃の後ろから、富貴が冷たい目で、如月を見ている。

「こういう事をした女♀は、どうなるか、・・・ああ、揮埜大尉。どうぞ、今日は、お帰りなさい。任務を理由に、私を袖にしたのでしょう?どうぞ、お帰りなさい。構いません」
「・・・でも、これは、如月殿には、罪はありません」
「そうですか?如月を庇う時間はあるのですか?おかしな事ですね」
「申し訳ございません。女官としてのお務めを辞したいと存じます」
「辞める事は、できないのですよ。女官は、一生、皇宮に骨を埋めることになってますからね。揮埜大尉に、こんなことを言わせて・・・あああ、富貴、後は、お願いしますね」
「わかりました」

 すると、皇妃と富貴は、奥殿側のドアを、再び出て行く。まもなく、回廊の奥から、数人の地下の担当の番兵がやってきた。

「下女が一人、降りる事になったときいたが、お前だな、如月というのは」
「ああ、軍族の出だそうだな。いい名前だな・・・」
「皆が、歓迎するそうだ、待ちかねてる」
「待て、どうするんだ」
「つれて行くのさ。女官下がりで、下女になる」

 番兵たちは、顔を見合わせて、小さくせせら笑う。

「さあ、来い、如月だったな・・・良かったな、あんた上玉だから、あんたさえ、地下で、しっかり務めれば、家はそのままだそうだ。皇妃様からの温情だって」
「ここは、皇宮本殿だ、これ以上、言わせるなよ、尉官殿・・・あんたばっかり、良い思いさせるなって、ことさ」

 如月は、震え上がった。番兵たちは、如月を捉えようとする。それに、揮埜が抵抗するように、如月を庇う。

「やめろ、離せ、お前たち」
「ご命令のつもりですか?尉官殿?」
「シギノ派の方とお見受けしますが、俺たち、地下の兵は、イグル様の命令で動いている。敵の派閥の方、遣り込まれないだけ、ありがたいと思ってほしい所だ・・・どうせ、あんた、皇妃様の・・・だろ?」
「そう、その皇妃様の男♂を盗ったんだ、如月。そんなに男♂が欲しいなら、地下に、沢山いるぜ」
「良かったなあ、まずは、ズサの所に連れて行こうぜ。それまでは、な」
「さあ、行くぞ、・・・いいなあ、優男の尉官殿は、罪作りだな・・・ははは」

 その時、富貴が現れる。

「揮埜殿、如月の立場をこれ以上、落としたくなければ、手を放して、番兵に引き渡してください。榛家には、この件は不問にて、お家は存続。まだ、抵抗するならば、次は、揮埜殿のお家にまで、話が行くことになりますが」
「女官長、約束通り、尉官殿には、傷をつけませんでしたからね」

 如月は、揮埜に、頷いてみせた。そして、その庇う手を解いた。そして、抵抗する事なく、番兵に捕らえられ、回廊の奥へ連れて行かれた。地下へのエレベーターに乗せられ、その扉は閉じられた。

 女官から、地下の下女に成り下がった彼女は、榛如月はるきさらぎと言った。この後、地下を取り仕切る、ズサという男の、実質上の妻となった。ズサが、如月を気に入り、他の者には触れさせなかったのだ。しかし、この時のことを、如月は忘れない。クーデターの折、揮埜とは再会し、ズサと如月は、後のスメラギ皇国末期、素国侵攻に対するレジスタンスに参入することとなる。
 
 如月は、地下の娘たちを護り、纏める役割も果たしていたという。

 華やかな皇宮の底には、知る者は、誰もが恐れる場所がある。
 一度、落ちたら、這い上がることのできない闇・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「本日から、お姫様方のお世話をさせて頂くことになりました。英暁はなぶさあかつきと申します。よろしくお願い致します」
「・・・わかりました。いいですか。ここでは、第二皇妃様の仰ることは、絶対、ですからね」
「解りました。富貴様」

                 「堕ちた輝石~皇宮懲罰の闇」~完~


みとぎやの短編小説 「堕ちた輝石~皇宮懲罰の闇」
お読み頂き、ありがとうございました。
ドロドロしてますよね。そうなんです。好みを分けるお話だと思います。
以前の短編を、読んで頂いてる方なら、こちらを思い出すのではないでしょうか?

 「御相伴衆~Escorts」という物語の舞台、スメラギ皇国の中枢である、
皇宮でのエピソードでした。こちらも、本編に繋がるキャラクターが登場しています。この本編につきましても、近い内に、ご紹介できたらと考えています。

 この物語に関係するマガジンが、こちらになります。
 宜しかったら、ご一読、頂けたら、嬉しいです。

ここから先は

0字

高官接待アルバムプラン

¥666 / 月
初月無料
このメンバーシップの詳細

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,870件

#世界史がすき

2,699件

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨