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シュークリームと肉じゃがコロッケ    ~守護の熱 第二十一話

 テストが終わった。案の定、昨日、不完全燃焼な二人、梶間と小津が、俺を追いかけてきた。たまたま、今日、バイトもない日だ。

雅弥「解った。ただし、二人、一緒じゃだめか?」
小津「いいよ、俺は」

 小津が、意味有り気に、梶間に目配せする。

梶間「おう・・・わかった」
小津「俺んち、どう?シュークリームがあるんだけど」
雅弥「大丈夫か?淳?」
梶間「・・・うん、まあ、いいや」

 梶間が、不承不承なのは解ったが・・・。なんというのか、話の質が一緒だし、梶間としては、現実的な話ができそうな感じがしたから。まあ、小津の意味深長にする、あの感じが、皆、頂けないかもしれないが、・・・でも、俺から見たら、皆、一緒だ。八倉や、坂城のことも含めて、皆、起こってることは、年齢相応にあることなのかもしれない。だから、別にいいと思う。ただ、俺は、話さない。話せないし、話す必要などないから。

 小津のマンションに着いた。梶間は、ちょっと、気が退けるようだったが、俺と目が合うと、いつも通り、おどけたように笑った。家の件を、気にしてるのかもしれないが、そんなの、どうでもいいことだ。気にする必要はないことだと思う。それは、本人も解っているに違いないが。

梶間「すげえ、冷蔵庫あんの。これ、小さくて可愛いじゃん。アイスボックス見てえだな」小津「いいだろ?・・・ほら、シュークリーム。これ、知ってる?」

 ケーキの箱に印刷されている、店名を見せた。

梶間「あ、ナカムラ屋、って、まさか?」
小津「そう、そのまさか。っていうか、中村さんちじゃなくて、隣のおじさんちなんだよね」
梶間「へえ、なーる・・・そういえば、坂城がさ、こないだ、言ってたな。中村さんも栄養士とか、パティシェとか、そんな方向に、進路考えてる、って。普段、手伝ってるんだとかで」
雅弥「偉いんだな」
小津「昨日、あの後、ちょっと、この店、行って来たんだけど」
梶間「なんだ、お前、テスト勉強したのかよ?」
小津「でさ、坂城のあんこクッキーも置いてあってさ、なーんか、いよいよ、って感じでさあ、・・・で、これ、シュークリーム、買って来たんだ、このまま、いいよな、あ、紅茶、冷たいの、持ってくるから」

 小津は、興奮しながら、捲くし立てつつ、小さなテーブルに、ナプキンをおいて、シュークリームを配ると、部屋を出て行った。

雅弥「ごめん、大丈夫だったか?」
梶間「ああ、いいよ。俺、また、今度でも」
雅弥「小津も、悪い奴じゃないとは思う。あいつも、話を聞いてほしいらしいから」
梶間「聞いたよ」
雅弥「そうだったのか・・・」
梶間「惚気のろけたいだけだから、あいつは、あと、ちょっと、他より、進んでる感じだと思ってて、自慢も入ってる」
雅弥「そうか、解ってるなら、良かった」
梶間「だから、俺の話は振らないでいいよ。あいつに喋らせれば」

 梶間は、松山さんとのことは探られたくないらしい。そうだよな。普通はそうだ。

小津「お待たせ。これ、なんか、お袋が入れたやつ、香りはいいよ」
梶間「いただきます。冷たくて、おー、甘くなくても、美味いやつだ」

 なんか、硝子のティーカップに出てきた。いい食器のやつだな。スメラギ製のやつなのが、透かしの細工で解った。

雅弥「これ、いいやつだろ。カップ」
小津「お目が高い。雅弥君」
梶間「お前、いつから、辻のこと、下の名前で呼んでんだ?」
小津「お前だって、呼ぶだろ?」
梶間「俺は、小学校からだから、な?雅弥」
雅弥「別に、いいよ、どう呼ばれても」
小津「だよねえ、雅弥君」

 なんか、どうでもいいことだが、少し、おかしくて、笑ってしまった。

梶間「珍しい、雅弥、大爆笑ジャン」
小津「よかった。面白くて。・・・んで、いいよ、梶間から、話してよ」
雅弥「いや、いいよ。小津の話、聞くから」
小津「えー、そうなの?えー」
梶間「勿体ぶるなよ」

 俺と梶間で、おだてるようにすると、小津は、先日、東都に遊びに行って、例の従姉とドライブしたことを喋り出した。シュークリームに被りつきながら、聞く振りをするというか、時々、目配せをする。その度に、梶間が、「おー」「それはすごい」「いいねえ」などと、半ば、囃し立てるようにしていた。嬉しそうな小津、・・・あ、やばい。こっちに来そうだ。

小津「雅弥君の話、今度こそ、ちゃんと、聞きたいんだけど、ねえ、梶間君」
梶間「気持ちわりいよ、何、そのなつくみたいなの。俺は、聞きたくないよ。人の話は、小津君の、だけで結構、もう、惚気みたいなのは、お腹いっぱいだから」

 やった、淳、それでいい。

小津「じゃあ、梶間君は、最近、彼女さんとは、どうなってますか?」
雅弥「・・・俺も、そういうの、聞くつもりないが」
小津「えー、なんで?」
梶間「解ってるよ。小津、お前は、そういうの、好きなんだ。女の話」雅弥「皆がそうじゃないよ」
小津「興味がないわけじゃないだろう、いるのに・・・」
梶間「あっても、話す必要がないって」
小津「でも、梶間だって、雅弥君と、二人で話したんだろ?」
梶間「・・・んまあ、でも、今は、もういいし・・・」
小津「まあ、いいや。今度また、聞かして、雅弥君の方は、内緒で」
雅弥「だから、俺は、そういうの、ないって」
梶間「そうだよ、しつこくねえ?最近、お前・・・いいよ、お前の話なら、俺が聞いてやる」

 ありがたい、さすが、淳だ。

雅弥「ごめん。俺、ちょっと、家の方のことがあるから、これで」
小津「ああ、そうなの・・・梶間~」
梶間「解った。もう少し、いてやるから」

 今度、何か、奢ろう。淳には。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 小津のマンションを走り出る。今、何時だろう?昼だから、仕事があっても、家にいるだろうか・・・。小津と梶間の二人が、ここにいる確認ができれば、なんとなく、出歩きやすい気がした。そう思って、このまま、スッと顔だけ、出しておこうと思った。星見の丘に行く体で、急ぐ。自然と、足早になり、走り出してしまった。それでも、丘の坂下で、一度、周囲を見る。人に見られていないか。・・・大丈夫だ。急ぎ、坂を上る。自販機の手前、右に曲がる、また、小走りになる。アパートの少し前から、ゆっくり歩く。人はいないようだ。スッと、奥のドアに行く。いるかな・・・。商店街に行ってなければ、いる筈だから。また、意を決して、ベルを押す。台所の小窓から、顔が見えた。

「あら、まあ」

 ドアが開くなり、俺は部屋に滑り込んだ。

「んー、木曜日なのにねえ、それにお昼だわ。ご飯狙い?」

 少ししか、走っていないのに、息巻いている自分に気づく。声無く、うふふという感じに、清乃は、笑って、出迎えてくれた。なんか、時間が停まったみたいだ。二か月前と、何も変わらない。あの日の続きのような・・・そんな感じがした。

「すっかり、暑くなっちゃったわねえ。これでも、冷房あるから、涼めるわよ、どうぞ」

 そういうと、清乃は、部屋の奥に行った。冷房のリモコンを動かしている。何か、煮炊きの気配があった。

「あの商店街の肉屋さんの、肉じゃがコロッケ、食べたことある?」
「ああ、・・・うーん、なかったかも・・・」
「じゃあ、お勧め、これ、どうぞ。後ね、トウモロコシご飯があるの」

 どちらも、食べたことのないものだ。うちでは、肉屋のコロッケは、いつも、一番安いやつを買う。

「丁度ね、お昼にしようと思ってたから、どうぞ」
「あ、えーと」

 昼は要らない、と言ってこなかったな。明海さんに悪いかな・・・。

 でも、この感じだと・・・多分、すぐには、帰れないかも。でもなあ。今日、あれ、持ってきていない。慌ててた。ATMに寄ってくるのを忘れた。何の為に、給料日後に予定したか、・・・ああ、いや、来週の水曜日とか、ダメなのかな、って、聞こうと・・・。

「はい、どうぞ」
「あ、ああ、今日は、予定を聞こうと思って」
「予定?何の?」
「ああ、清乃の・・・」
「んふふふ・・・あの時以来ねえ、名前、呼んでくれたの」

 あああ、そんなだっけか。
 あの時?あの時って、あの日、のことだよな。誕生日の。

「はーい、できたわよ。これ、キュウリとキャベツの浅漬け、どうぞ」
「あ、はい、手、洗ってくる」
「はいはい」

 卓袱台に、また、差し向かいになる。

「予定を聞くだけ?」
「・・・まあ、・・・そうかな・・・顔を見たかった、元気だったかなって」
「ああ、そう。あれね。商工会議所の発表会、星のやつ、見たわよ」
「ええっ、ああっ」
「君がね、裏に入ってるの確認して、スーッと流してみたから、投影は見なかったけどね」
「あ、そうたっだんだ」
「上手いでしょう?お姉さん」
「・・・ああ、そうかも、ありがとう」
「どう致しまして、はい、召し上がれ」
「いただきます」

 手を合わせて、食べ始める。ふと、過った。

 ・・・そうだったのか、知らなくて、良かった。来てるのが解ったら、多分、平静ではいられなかったかもしれない。

「暑い時も、このぐらいは飲んだ方がいいのよ。塩分ね・・・そう、星の良かったわよ。大きく写真に刷り出すと、あんな感じになるのねえ」
「綺麗に引き伸ばしてもらえたんだ。あの肉屋の隣の写真屋に」
「そう、良かったわね」

 あさりの澄まし汁が、食卓に添えられた。これは、明海さんもよく出してくれる。つい、手が伸びた。

「美味い」

 明海さんのと、少し違う。でも、美味い。ちょっと、濃いのかな。清乃は、頬杖をつき、食べずに、こちらを見ている。

「食べ盛りの高校生のお母さんの気分」
「間違えないかも・・・あ・・・」
「何?」
「・・・えーと」
「うふふ、聞きづらいことを聞こうとしてるでしょ?」

 本当に、よく解る。バレバレだ。

「うん、まあ」
「当ててあげる。あれでしょ。『青』の件」
「・・・うん、まあ、本当は、そうじゃなくても、嫌だから」
「うふふふ・・・殊勝で、嬉しいわ。・・・私は、担当から外してはもらったよ」
「そうなんだ・・・よかった」
「その代わり、他はあるけどね」
「うん、まあ、その、なんていうか」
「お友達と分けっ子っていうのもね、嫌なんでしょ。コロッケじゃ、あるまいしね」
「っていうか・・・」

 その通りだ。たまたまだけど、それぞれ、発表会絡みで、相手が出て来てくれて、助かったし。・・・それにしても、変な喩えだ。コロッケなんて、似合わないし・・・。

「今年は、雅弥だけよ、うふふ」
「・・・」

 やばい。もう、飯の味が解らなくなってしまいそうだ。しかし、要件は思い出す。

「ああ、後、来週の水曜日は?」
「いいわよ」
「解った。その時は、もう、あ、夏休みだから・・・」
「また、お昼食べにおいで、午後、空いてるし」
「・・・解った」

 清乃が変わりないのが解って、何よりだ。ホッとした。俺への態度も、全部の感じも。

「ご馳走様でした」
「ちょっと、早食いだね」
「ああ、ごめん。一緒に食べられなかったかも・・・」
「うん、見てるのが、眼福」
「ガンプク?・・・あああ、どういう意味?」
「解るでしょ?嬉しかったよ。来てくれて・・・じゃあ、来週ね。待ち遠しい。ああ、ここ」

 綺麗な指が、こちらに伸びてきた。口元をなぞった。こんなの、嫌じゃないのか、こんなことするのか・・・。

「油と衣・・・ああ、商店会でつまみ食い、の言い訳だったかしら?」
「あ、ごめん、ちょっと、慌ててた」
「忙しいのね」
「・・・うん、今日は帰る。ご馳走様でした」
「待って・・・」

 あああ、来た。・・・一度だけ、それで離れようとしたら、腕が背中に回った。ダメだ。繰り返す。頭が痺れてきた。ああ、清乃だ。思い出した。

「はい、後は、来週まで、お預けね」
「・・・」
「顔、赤いよ。熱さのせいにする?」
「・・・なんか、狡いな」
「どうして?二カ月も、お見限りの、初々しい恋人が、やっと来てくれて、何もなしなんて、有り得ないでしょ?」

 少し、コーヒーの臭いがした。そして、煙草も。でも、今日は、それも無しでいいや。

「あー、やっぱ、背、伸びたんだね」
「ああ、そうかな・・・それ、いつも、言われる気がするんだけど」
「うん、さっき来た時に、見て、すぐわかったから。やっぱりね。帰りがけにも、再確認」
「・・・じゃあ、来週、このぐらいのつもりで」
「はいはい、上手く繕って、出ておいで」
「解ってる。大丈夫だから。じゃあ」
「じゃあね」

 扉の外を台所の窓から、清乃が確認する。合図をもらって、そそくさと出る。もう、声を立てずに、ドアの閉まる瞬間に、アイコンタクトをした。清乃がまた、手を振ってくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おかえりー、あんちゃん」
「おう、泰彦も、早い帰りの日か?」
「うん、もう、給食ないから」

 帰ると、家の門前で、ランドセルの泰彦と会った。

「あんちゃん、きょうね、肉屋のコロッケだよ。おひる」
「おっ、・・・そうかあ、美味そうだ」
「お母さんが朝、そう言ってたからね、おなかすいたねえ」
「そだな」

 泰彦にまで、嘘をつくつもりはないが・・・。重なってしまったな。一緒に食卓につくと、明海さんが嬉しそうに、大皿にコロッケを盛り付けて、持ってきてくれた。すると、奥から、大きな声が出迎えた。明け番の兄貴だった。

「いいなあ、商店街のコロッケ、たまに食いたくなる。学生時代、帰りに食った」
「うふふ、私も、こっちに、遊びに来た時に、ご馳走してもらったよね」
「これ、まだあるのか、肉じゃがコロッケ、三角のやつ」
「これが今日、特売だったのよ」

 そうだった。俺は、小津の家で、シュークリームもご馳走になっていたんだ。食えるかな。食い渋ると怒る、兄貴がいる。なんて、悪いタイミングなんだ。

 仕方ないが、俺は、二度目の昼飯を食べた。泰彦が、美味そうに食べている。素直で、可愛い奴だと、本当に思う。今度、中村さんのシュークリームを買ってやろうと思った。

 片や、思った。

 清乃はどうだろう?あの、ミルクたっぷりのコーヒーに、合うかもしれないな。少しの間、清乃とのことを思い出しながら、箸を進めた。明海さんの食事の設えと、清乃のそれは、似てるような気もした。齢が近いからかな・・・、とか、思い耽ってしまった。

「雅弥君、お代わりは?」
「・・・え?・・・ああ、いいです。友達にちょっと、奢ってもらって」
「ふーん、お前、それって、本当に、ただの友達か?」

 兄貴が俺に寄って、臭いを嗅ぎ始めた。やばい・・・。

「やめなさいよ、もう」
「あんちゃん、くさいの?」
「汗かいちゃったからな」
「どれどれ・・・」

 泰彦が、俺の耳の辺りの匂いを嗅いだ。
 ・・・なんで、そんなことするんだ。今日に限って。

「ううん、だいじょうぶだよ」

 まあ、そんなもんだ。

「いいにおいしか、しないから」

 兄貴と明海さんが、目配せをした。

 ・・・泰彦、ほんとかよ?・・・だったら、やばい。
                             ~つづく~


みとぎやの小説「シュークリームと肉じゃがコロッケ」
                        守護の熱 第二十一話
お読み頂き、ありがとうございます。
雅弥、太らないといいなあ・・・。
次回、第二十二話「守護の目覚め④」です。
お楽しみにしてください。

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