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身を守る嘘 その1 舞って紅 第十九話

 それぞれに果たすべき役目がふられ、一度、離された筈のクォモとアカだったが、その晩、白太夫は、帝都周辺の漂白の民たちを、密かに集めた。このように、多くの者が一同に会することは、里以外では、あまりないことである。この度、薹の一団に、海の民の里を焼かれてしまったことが、一つの理由であり、今後の作戦が、大掛かりなものになるのであろうと、それぞれが、予測していた。

 クォモが寛算と潜んでいた、地下部屋に、所狭しと、仲間たちが集まってきた。

 うわあ、男衆、上の学生の方々とは、違うなあ。あたしは、こっちの方が、馴染みがある。土臭く、むさくるしいが、懐かしい仲間の臭いに、アカは感じ入る。

・・・・・・・・・

「アカ」

 振り向くと、キチだった。驚きに満ちつつも、とても、嬉しそうな顔をしている。

「よく、無事だった。あの焼き討ちの中、よう助かったなあ、婿殿が助けに来たのだと聞いたが」

 周りがざわつく。女衆のいない中、しかも、『流れ巫女のアカ』らしき女子おなごが一人いると、男たちは聞いてきたらしい、・・・それはそうか、アカは、流れの前に、他から婿を取っていたのか・・・、それぞれが、そう思った。

「・・・?・・・」

 ああ、これは、多分、白太夫様の企てじゃな・・・。

 アカが、そう思っていると、傍のキチ兄と、従者のロクが噂する。

「その婿殿となら、もう、話をしている。これから、共に、帝付きになったからな。・・・知らんかったが、山の民だったとは・・・」
「本当に、アカ殿、よう、ござんした。白太夫様の采配は間違えない。手練てだれのクォモなら、アカ殿にぴったしじゃ」

 わぁ、そういうことになってたんだぁ。いつの間に?アカは、見廻す。すると、男衆に紛れて、群れの中程に座っていた。誰とも口を利くでもなく、むっすりした様子は、いつも通りだった。周りが、それぞれ、囁くように、隣同志で言葉を交わす中、独りで、そのようにしている。本当に、それが却って目立つ。それは、クォモらし過ぎる・・・アカは、クスリと微笑んだ。

「良かったのう、危ない所だ、海の民の最後の望み・・・それを護ってくれたからな」
「キチ兄は、クォモと話したのか?」
「ああ、なかなか、寡黙な奴だが、信頼できる奴のようだ。実力も凄い。これなら、アグゥ殿も、アカを任せる筈だ」

 ああ、そういう話になってるんだ。なるほど。アグゥの認めた男、クォモがあたしの夫、ということね。いいかも。すごく、良い。ふふふ。嘘でも、今はいい。そのうち、本当になるかも。そう、巫女のあたしが思うのだから、そうなる・・・。アカは、クォモを見つめる。すると、クォモは、ふと、顔を上げる。アカと目が合った。アカは、ニッコリした。クォモは表情を変えずに、また、視線を下げた。

「まあ、あんなもんだな。衆目の中じゃ、ニコリともせんだろう。あの手は」
「そうなの、愛想がないのがね」
「・・・ふふふ、そこがまた、好きなんじゃな?」
「うふふふ」

 あ、そうだった・・・。キチ兄、ごめん。ヤエ姉と、赤子が・・・。

「・・・まあ、焼き討ちの後は、酷かった。生半可に生かしておかれなかったのが、俺は、良かったと思った。黒焦げになったそれは、どれも、見分けはつかんかった。・・・なんとなく、これは、約定のようではないかとまで思う程に・・・。どこの誰か、解らないように始末する、そう教わってきただろう?仲間が死んだ時にはな・・・敵の施しにしては、逆に、それが、民の約定のように、感じたんだがな・・・薹にしてはな・・・」
「・・・キチ兄、そうじゃったのか・・・。あたしは、毒を盛られて、気を失って、そのまま、ここに運ばれてきたから、その後のことは、何も・・・何もできずに、すまない」
「いや、御身が護られただけで、充分じゃ。よくやったと思う・・・それに、生きていれば、その薹に、意趣返しできる。・・・許さない、仲間を根絶やしにしようとした、あやつらを」

 この所、学生たちのお相手をしていたりと、京ぶりにどっぷり晒されて、白いお餅を食べつけていたあたし・・・忘れていたことばかりじゃ。・・・そうだった、キチ兄・・・あれは、・・・あの、焼き討ちを取り仕切っていたのは、・・・他ならぬ、サライなのだ。キチ兄の血を分けた、弟の・・・。そうか、だから、あたしはクォモと、ということか・・・。

 キチ兄、イブキ殿も無事だったのだな。従者のロクとブンジ、これが、海の民で生き遺った、たった四人の男衆だった。しかも、イブキ殿は、この時の作戦で、片腕を失ったという。今、山の民の里で、身体を癒しているという。この一連のことは、白太夫様から、ここにいる皆に報告されたことだった。多くは、山の民の男たちで、あとは、数人ずつの、南の家船えぶね、北の蝦夷えぞの伝令が来ていた。それぞれが、着ているものや、その顔つき、肌の色で、出身の違いが見て取れた。

「この度は、実に、海の民の里が焼かれ、我が蝦夷の民も、心から、無念と悼み入る。我らが首魁オロゾも、怒り心頭にて、謡巫女を、山奥に隠すことを命じた」

 北の蝦夷の伝令が、立ち上がり、叫ぶように宣した。

「我が家船の者たちも、少しずつ、浦を渡り移り始め申した。いつ、居留地を狙われるか、解らん。大船を密かに作って、謡巫女を乗せて、海に隠れ、彷徨うことも厭わず・・・」

 南の家船の伝令が、それに続いた。

「蝦夷の者、家船の者まで、よく、来てくれた。座りなさい」

 今回のことで、国の各地の皆が、駆け付けてくれたのか・・・、

「アカ、立ちなさい」

・・・・・・・

 それまで、いくらか、遠慮がちに見ていた、男衆が、一気に、アカに注目した。

「海の民の、謡巫女うたいみこ殿が、ここに戻られた。実に、よう、ご無事であられた」

そして、その白太夫様の言葉に、皆が、伏して、叩頭し始めた。

「やはり、優れた巫女じゃ、京の貴族を手玉にとり、手練手管の活躍と聞く、さすが『流れ巫女のアカ』殿だ」
「畸神様がついている、死ぬるわけがない」

「アカ、いいだろうか。国の全ての、漂泊の民が護っている、この国の成り立ち、四つに分かったの内の一つ、第二、三畸神様の謡を諳んじる、そなたは、海の謡巫女だ。今更ながら、里を失ってしもうたが、この場にて、そなた自身の価値というものが解ったじゃろう。この者たちが、全力で、そなたを護る。そして、今、三つの里にいる、同胞の三人の謡巫女を護っていく。恐らく、今後は、それぞれの里と、謡巫女の殲滅、これが、薹の狙いとなっていく」

 白太夫は、集まった男衆に、この後の使命を伝える。すると、それぞれの者たちが、立ち上がり、その思いを語り始めた。

「我らは、そもそもは、畸神様の末裔。最も、この国の中心であり、民草と手を取り合い、この東つ国の弥栄を願う一族である」
「今は、人の住めない所へ追いやられた。薹の仕業にて・・・」
「漂白と、住む所を与えられず、オオミタカラと呼ばれし者どもから蔑まれ」
「侵略者の手から、この東つ国を取り戻せ!」

 雄叫びが上がりそうな所を、また、白太夫が制する。

「各地の御方々、意気はよう解り申した。我らは、この僅かなる機会に賭ける。定子院の帝は、薹の流れから外れた、一度は、政の舞台から遠のいておられたお方であるが、この度、帝の座につかれたお方じゃ。本当の東つ国の歴史、真実に気づかれ、それを護り、そして、占領されつつある、この国を、薹の手から取り戻す、そのことをお考えの方であらせられる。この御方のお力のあるうちに、そして、真実を知る右大臣様のおられる間に、我らは仕掛ける。それぞれの地を護るだけでなく、薹の失脚を狙う」

・・・・・・・

 すごい、気迫で、男衆は、白太夫様の話を聞いていた。その後、それぞれが命じられた役割毎に分かれ、話し合いに入った。酒と肴が振る舞われた。白太夫の心遣いだった。山の民の女たち数人が、給仕に入った。

「ああ、アンタ」
「あ」

 貴族の屋敷で会ったことがある、年嵩の巫女だった。山の民だったのだ。

「ふふふ、やっぱし、アンタ、アカだったんだねえ、まあ、クォモと夫婦にだって」
「・・・」

 アカは、ニコリとして、頷いてみせた。

「なるほどねえ・・・それなりの釣り合いがあるってことなのねえ」
「謡巫女、うちは、エニっていう子なのよ」
「勿論、来てないけどねえ」
「ああ、そうなんだね・・・」
「ねえ、大変だったねえ、・・・想像できないよ、うちは焼かれたら、山毎だしね」
「どれだけ、酷いことになるんだろうよ」
「頑張るんだよ。アカ、謡巫女は人気もあるから、その分、命の危険が倍掛けだからね」

 山の民の女たちも、殆どが「流れ」だった。こちらに出てきている現役の巫女たちだった。

 ふと、ふり向くと、クォモが、こちらを見ていたのに、アカは気づいた。

 山の民の女たちが、「わぁ」とか、さざめきながら、クスクスと笑っていた。アカは小突かれ、クォモの側につれていかれた。周囲は、沸いた。二人が夫婦だ、という、この嘘が、公のものとなり、その実、この後、互いの身を護ることになる。

 クォモの隣に座らされたアカは、微笑んで見せた。普段なら、酒を興じないが、珍しく、クォモは穏やかな顔で、ぐい飲みを煽った。周囲は、ひやかし紛いに、囃し立てた。本来なら、流れの印を授けるとは、婚姻を意味する。その相手は、その後は、その巫女の夫となる。これにより、海の里がなくなってしまった今、アカは、一応、山の民のクォモに嫁いだこととなった。

 クォモ、嫌がらないのだな・・・ああ、これ、嘘じゃ。白太夫様の御命令だからじゃな。

 だからかあ・・・でも、それでも、いい、と、アカは思っていた。

 ひと時の、明るい宴のようになったが、ここにいる者たちが、命懸けの闘いに挑む、その意思決定の集いであることを自覚し、その決意を、心に留めていた。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中  舞って紅 第十九話 「身を護る嘘 その1」

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 いよいよ、この漂泊の者たちの組織が見えてきました。
 4か所に分かれた、謡巫女たちを、彼らは守りつつ、傍らでは、その巫女の謡の内容を口述筆記する。危険すぎますが、上手く残せば、その真実は、後世に伝わらせることができるかもしれません。

 早く、侵略者の手で、これらが殲滅される前に・・・!

 この努力を引き継ぎ、その更に何百年も先の女流作家が起こそうと、「頼まれごとは生涯一の仕事」として、諸国漫遊の旅に出ています。

 タイムラグを孕みながらも、この間に、実は、畸神たちも動いているのです・・・みとぎやの伽世界は、同時に動いていきます。

 将来、文学賞を取る遥か未来の女流作家の手により、この神話は起こされ、この東国の現代に当たる世界では、「真実の歴史」として、世の中に知らしめる時がきます。そこに至るまでに、その世界の平和を守るために、地下組織に身を置き、常に暗躍する青年もいます。

 この物語、舞って紅の纏め読みはこちらからです↓

「頼まれごとは生涯一の仕事」として、女流作家が諸国漫遊の旅に出ている話はこちらから↓

 文学賞を取る遥か未来の女流作家の話と、その同胞の話はこちらから↓

 あることをきっかけに、地下組織に身を置き、常に暗躍することになった青年の話は、こちらから↓ 第1章、2章とあります。

    すべてが、同時に動いている状態です。
 つまりは、未完ですので、少しお時間を頂きますが、連載は継続してまいりますので、よろしくお願いします。

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