見出し画像

ドリームコール

「折橋…さん。辞令だ…です」

 部長のデスクに呼ばれた折橋は、渡したいのか渡したくないのかまごまごしている部長の手から辞令を受け取った。

「来月から部長に昇進だ…です」

「ぶ、部長!僕がですかっ!?」

「お前が…あなたが担当されたドリームコール。あれの売上が我社創立以来の記録だそうで」

「売れてるとの報告は受けてましたが、そこまでとは。確かに最近テレビやネットでよく特集されてますよね」

「何せあの幻妙な色の液体を飲んで寝れば望みのままの夢を見ることができる。どうやら売上から逆算すると国民の8割が毎日あれを飲んでいる計算になるらしい…です」

「そんなにっ。ところで僕が部長になるってことは部長も昇進されるのですか?」

 折橋の目線から逃げるように部長は俯いた。

「俺…私は、折橋…部長の下に配属されるようです。上層部が折橋部長の下で勉強し直すようにと」

「えっ、そうなんですか?」

「これまでのことは忘れて、ひとつよしなに宜しくお願い致します」

 迫力を伴った一礼にたじろぐ折橋。

「や、止めてくださいよ」

「そうそう、社長から午後一番で社長室に来るようにと言伝を…。ん? そういえば確か今日、社長の一人娘の麗子さんが午後から来社されるとか。ややっ、これはもしかすると…」

「えっ?えっ?」

「これはこれは、折橋部長の前には黄金に輝く階段が続いてますなぁ。私も折橋部長の爪の垢を煎じて飲みたいものですよ」

 急に態度を変えた部長。その姿を見ていた折橋の顔も徐々に紅潮しだした。

「そうか、どうやらやっと僕にも運が回って来たようだ。この調子で一気に駆け上がるぞっ…………
 
 
 
 

 遠くから声が聞こえる。

…………『先月、政府が第一級危険薬物に指定したドリームコールのメーカーによる回収は順調に進んでいます。昨年発売されたドリームコールは爆発的な人気で消費者に受け入れられましたが、依存性が凄まじく国民の誰もが寝てばかりの状態に陥ってしまいました。巷では『ドリコール中毒』などと呼ばれ…」

 携帯ニュースのアナウンサーの声で折橋は目覚めた。夜遅くまで会社の倉庫で作業をさせられていた折橋。その周りは回収されたドリームコールが入ったダンボールで埋め尽くされていた。

「政府があんな決定しなければ、夢が夢じゃなくなっていたのに」

 折橋は足下に転がっている、まだ自分の唾液が乾ききっていないドリームコールの空瓶を蹴った。

「そうだ。博士にドリームコールを超える発明を考えて貰おう。会社の全予算を注ぎ込めば博士ならきっと。今なら経理には誰もいない。待っててくださいよ博士…………
 
 
 
 
 
 遠くから声が聞こえる。

…………『先月、政府が第一級危険薬物に指定したドリームコールのメーカーによる回収は順調に進んでいます。昨年発売されたドリームコールは爆発的な人気で消費者に受け入れられましたが、依存性が凄まじく国民の誰もが寝てばかりの状態に陥ってしまいました。巷では『ドリコール中毒』などと呼ばれ…」

 ラジオニュースのアナウンサーの声で博士は目覚めた。

「ぬぬっ、夢か…。あれだけ予算があれば、あの研究もこの研究も進んだのにのぉ。それにしても」

 博士はドリームコールの空瓶を無造作に投げ、ラジオを睨みつける。

「政府もバカな決定をしたもんじゃわい。要は使いようじゃろうが。どんなに優れた道具も活かすも殺すも使う者次第じゃわい。ん?」

 博士を慰めるようにAI犬のチョコが足下にじゃれついて来た。

「お前達の方が余程高尚じゃわい。なぁチョコ、わしはほとほと人間に愛想が尽きた。よってわしは全人類にガス兵器をお見舞いすることにしたよ。なぁにガスといっても皆殺しにする訳ではない。脳が動物程度に退化するガスじゃ。そうじゃな…その後の世界のことはお前達に任せるとしよう」

 博士は淋しい顔でチョコの頭を撫でた。

「実はもうガス兵器は完成しておる。後は一番奥の研究室に設置してあるスイッチを押すだけじゃ。わしは今から押してくる。達者で暮らすんじゃぞチョコ」

 そう言い残すと博士は一番奥の研究室に入った。数分後、研究所中に地鳴りのような音が響いた。

ゴゴゴゴゴゴ…………
 
 
  
 
 
 遠くから声が聞こえる。

…………『先月、政府が第一級危険薬物に指定したドリームコールのメーカーによる回収は順調に進んでいます。昨年発売されたドリームコールは爆発的な人気で消費者に受け入れられましたが、依存性が凄まじく国民の誰もが寝てばかりの状態に陥ってしまいました。巷では『ドリコール中毒』などと呼ばれ…」

 点けっぱなしであったテレビのアナウンサーの声でチョコは目覚めた。

「ワンッ」

 倒れた瓶から溢れるドリームコールをまた一口舐め、チョコはもう一度眠ることにした。
 
 
 
 
▶次頁 護魂ごこん

▶目次


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?