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赤いスープ

「………。ここは一体…。うっ!」

 目を覚ますと体中に電流のような痛みが走った。

「くっ…。全身に怪我? ヘマしちまったか?」

 無理やり上体を起こし辺りの様子を伺う。6畳位の小さな部屋に俺が寝ているベッド、中央に小さな丸型テーブル。それだけの質素な部屋だ。隣の部屋からは人の気配を感じる。

「包帯…。介抱されている。かと言って病院ではなさそうだ。民家か?」
 
 
 
 
 俺は傭兵。長く続けるのが難しいこの職業で20年以上のキャリアを積んでいる。余りにも国を転々とし過ぎて、もう故郷が何処だかも忘れちまった。同じ頃に傭兵になった奴等。身体能力が優れてたアイツも、銃やナイフの扱いに秀でていたアイツも皆戦地の土へと還った。俺は戦闘能力は人並みだが戦場で生き残る為のとっておきの能力を持っている。それは "臆病" であることだ。

 今も声を出して人を呼ばないのがその証拠だ。ベッドに寝かせてくれて介抱までしてくれている。声を出しても来てくれるのはまず敵ではあるまい。大抵の人間が今の状況を早く知りたくてそうしてしまう。しかし万が一ってこともある。この体でも調べれるだけ調べる。それが生き残る可能性を上げるってことだ。
 
 まずは俺の体だ。右足は…こりゃあ折れてるな。元通り歩けるようになれば良いが…。あとの箇所は骨折まではいってないな。ヒビってとこか。さらには全身あちこちに裂傷。右足を除けば1〜2週間位で動けるようになるな。はっきり覚えてはいないが確か砲弾のようなものが…。

「チッ!」

 視線が胸元まで行った時に思わず舌打ちが出てしまった。首から掛けていたネックレスが無くなっていたのだ。安物のチェーンに複数の指輪を通した簡素なものであったが俺にとっては特別な物であった。いわゆる戦利品。その指輪は長年俺が直接殺した相手達から奪った代物であったからだ。砲弾の衝撃で吹き飛んだか、誰かに奪われたか。今すぐ探しに行きたいがこの体では無理だ。

 何より今はこの状況について探らなければ。俺は敵国に侵略中の部隊にいた。つまりはここは敵国。何故敵国の兵を治療する? 余程この家の住人は慈悲深いかお人好しなのか。それとも何か狙いが…。
 
 
 
 
『ギィーッ』

 俺があれこれ思案していると、古めかしい建付けの扉が開き女が入って来た。肩甲骨辺りまで伸びてる髪を後ろで結い眼鏡を掛けている。年の頃は30位。やはり医者ではなさそうだ。身なりからして裕福ではなさそうだ。まぁそれは部屋の造りからも察してはいたが。

「気が付いたのですね」

「あなたが助けてくれたのか。ありがとう」

「いえ。家の前で怪我して倒れている者を助けない人間はいませんわ」

「あなたは命の恩人だ。ところであなた1人で助けてくれたのか? 他にもいるのなら礼を言わないと」

「私1人ですわ。主人は徴兵され戦地に行ってますから。それよりお腹が空いてません? 今この地方特産の赤い野菜を使ったスープを作っているんです。お口に合うと良いのですが」

 赤い野菜…。赤ッ! そうだ! 大切な事を忘れていた!

「すまない。俺は荷物を持っていなかったか?」

「荷物? リュックのことですか。それならベッドの脇に置いてますわ。今取りますわね」

女はベッド脇のリュックを俺の枕元に置き、調理の続きの為か忙しく隣の部屋へ戻っていった。

「砲弾の衝撃が影響しているのか。まさかコレのことを忘れてるなんて」

 取る物も取り敢えずリュックを弄る。

「良かった。無事だ」

 俺はリュックから眼鏡を取り出し掛ける。この眼鏡は俺が傭兵家業を始める前にどこかの異国で開発されたのを取り寄せたものだ。

 見た目は普通の眼鏡だがこれは只の眼鏡ではない。 “臆病“ な俺の最高の武器なのだ。この眼鏡を掛けると人の『殺意』が見える。これを掛けている人間に殺意を抱いた者は『赤』く表示されるのだ。殺意が強ければ強いほど濃い赤に。

 つまり俺はこの眼鏡を通して、色の薄い敵とばかり戦って来たのだ。なにしろ俺に対して殺意の薄い奴等だ。こんなに安全なことはない。これが俺が長年戦場で生き残ってきた理由だ。いつしか俺の中で『赤い敵とは戦うな』という掟が作られた。

「あの女。旦那が徴兵されたと言っていたな。まさかネックレスの指輪の中に旦那のものが…。念の為この眼鏡で確認させてもらうぜ。場合によっては…」

 俺はリュックの中でナイフを握り締めた。
 
 
 
 
「お待たせしました」

 スープを持った女が部屋に入って来た。

「………!!」

 赤だ。女の全身が赤く表示されている。念には念を入れ俺は質問した。

「俺が付けていたネックレスを知らないか?」

 女の赤色が一気に濃くなった。決まりだ。近付いて来た所をナイフで一刺しだ。こちらが殺される前に旦那の所へ送ってやる。リュックの中でナイフを鞘から静かに抜いた。

 あと数歩でナイフが届くという所で女は立ち止まりスープを丸型テーブルの上に置いた。

「その質問に答える前に、私からも質問させて下さい」

「何だ」

「あのネックレスの指輪はあなたが殺した相手から奪ったものですか?」

「………!!」

 決して動揺を顔には出さなかったはずだが、女は3歩ほど下がり懐から拳銃を取り出し俺に向けた。

「私が掛けている眼鏡。これはこの国で開発され戦時中ということもあり全国民に配給されています。この眼鏡は人の殺意が見えるのです。お蔭で確認できました。ネックレスの話をしたら、あなたの私に対する殺意は強くなった。その理由は…。あなたがあの人を…。あの人を!」

そうか…。開発されたのはこの国であったか…。どうやら俺は国を転々とし過ぎたようだ…。それにしても『赤い敵とは戦うな』…。俺の掟は正しかったな…。

女の銃弾によって俺の頭から吹き出したモノはテーブル上の赤いスープを更に色濃くした。まるで女と俺の殺意のように…。
 
 
 
 
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