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護魂

 僕は何が起きたのか分からずに呆然とその場に立っていた。僕の右手には血塗れのナイフ。そして目の前に倒れて蠢いているのは、紛れもなく " 僕 " だ。

 倒れている僕の背中からは夥しい量の血が流れている。医学に詳しい訳ではないがあの量の出血はきっと致命傷だ。長くは持たないと思う。

 状況を鑑みるに、倒れている僕は今僕が握っているナイフでいきなり後ろから刺されたのであろう。僕によって…。

 いや待て待て待て。今僕が着ている服装。これは僕のじゃない。何よりこの手。20年以上見続けているんだ。これは僕の手ではない。

 ということは何か? 僕はこの体の男と刺された瞬間に精神が入れ替わったという事か。

 こんな突拍子もない思いつき。普通なら信じられないことだが僕にはひとつ心当たりがあった。

 僕は倒れている僕へとツカツカと歩を進める。まだ意識はあるようで苦しそうにしている。僕を殺そうとした男が苦しむのは心底「ざまあみろ」と思うが、なにしろそれを表しているのは僕の顔だ。複雑な気持ちで、倒れている僕から首にぶら下げているペンダントを引き千切った。

「きっとこれだ」
 
 
 

 そのペンダントは先月、裏通りの古い雑貨屋で買ったどこぞの研究所で開発された護魂用グッズ。

「護魂用? 護身用じゃなくて?」

「そう。護魂用。魂を護ってくれんの」

 あご髭が胸元まで伸びてる店主はそう言うだけで、詳しいことは教えてくれなかった。

 ちょっと値が張ったが、魂を護るという言葉に惹かれて買うことにした。真っ赤なハートのデザインが気に入ったのも理由の1つだ。
 
 
 
 
「あれ、白くなってる」

 僕から取り上げたペンダントは、ハートの部分が全ての血を絞り取られたように真っ白になっていた。

「使用済みということかな。となるとやはりこのペンダントのお蔭で助かったってことか。いや、このペンダントと巡り会わせてくれた神のお蔭だ」

 僕は両の手を組み合わせ神に祈った。

「ドゥベル…モルツトゥアス…ミョルツ…」

 やはり上手く言えない。あの神の言葉をスラスラ言えるのは教祖様くらいだろうな。僕にはまだ無理なようだ。
 
 
 
 
 僕は3年前からある教団に入信している。周りの信者は莫大な借金を抱えていたり、重い病に苦しめられていたり、悩める人ばかりであったが僕には特にそういったモノは無かった。面白半分で見に行ったセミナーで教祖様に惹かれた。それだけが理由で、それが全てであった。

 才徳兼備、金声玉振、英華発外。いくら褒め称える言葉を並べてもとても足りない。教祖様の声を聞くたびに不思議と穏やかで幸せな気持ちになる。神が実在するのかは分からないが、あの教祖様が言ってるんだから間違いなく存在するはずだ。

 最近、教祖様の素晴らしさを理解できない奴らが、教団事務所の前でプラカードを持って叫んだりしている。全くバカな連中だ。
 
 
 
 
 さてさて、気になるのはこの体の男が誰なのかということと僕が刺された理由だ。生憎ここには鏡らしきものはない。財布など持ち物もないようだ。この服装はどこかで見た記憶があるような、ないような。

「手掛かりなしか」

 この男が誰かは分からないが、例え誰だとしても僕は誰かに殺される程恨まれていたのだろうか。自分で言うのも何だが、僕は真面目な性格の人間だ。仕事も無遅刻無欠勤。確かに入団してから友達等との付き合いは悪くなったが、殺される程のこととも思えない。今日もここで朝から黙々と作業をしていただけだ。第一、今日僕がここに居ることは教祖様位しか知らないはずだ。

「う〜ん。さっぱり分からないな」

 これ以上考えても何も進まなさそうなので、僕は作業の続きに戻ることにした。もうすぐ完成だ。

「これの作成に教祖様はかなり反対していたけど、やっぱり僕は許せないんですよね。バカな奴らは痛い目見ないと分からないですから」

 最後の仕上げをしていると、倒れている僕がボソボソ呟いていた。

「神に祈ってるのかな。ふふっ、その神様は本物ですか? …………よしっ、これで完成だ」

 僕はでき上がったものをカバンに入れて立ち上がる。

「それじゃあ行きますね。さようなら、知らない誰かと僕の体」

『ドゥベルティアコスモルツトゥアスソベルネミョルツティスア』

 倒れている僕の体から発せられた神の言葉は僕の耳に入らず、できたての爆弾が入ったカバンを抱え僕は廃ビルを跡にした。
 
 
 
 
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