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接ぎ木

「折橋君、君は『接ぎ木』という、2つの別の植物を繋ぎ合わせて1つの植物を作る。そんな技術を知っているかね?」

 博士は茶請けとして出した花林糖にがっついている折橋に尋ねた。

「あぁ。何かテレビなどで見たことあるかもしれません。ひょっとして次の発明案ですか?」

 口の周りに砂糖をまぶした折橋が博士の顔を覗き込んだ。

「それに関する発明はもう数十年前に完成させたよ。いや、失敗したと言うべきか…。
そうじゃな…。こんな長雨が続く時期にはつい思い出してしまうのじゃよ」

 重苦しげな面持ちの博士とは対象的に、満悦顔で指に付いた砂糖をしゃぶり取っている折橋は無遠慮に尋ねる。

「へぇ。どんな発明だったんですか?」

 博士は窓を灰色に塗りたくる雨雲を見つめながら訥々と話し始めた。

「あの日も今日みたいな冷たい雨が1日中降っておった。その日の研究を終え後片付けをしていると、チャイムが鳴った。
外にはズブ濡れの女の子が、血塗れの2匹の猫を抱えて泣きながら立っておった。どうやら飼っておった母猫とメスの子猫が事故に合ったらしい。
猫達の息も絶え絶えな姿を見るに、どの動物病院でも受け入れられなかったことは察しが付いた」

「その猫達を博士が発明で救ったんですか?凄いじゃないですか」

 博士はその細い首を静かに振った。

「流石のワシもあの状態では2匹共救うのは無理じゃったよ。ただ、1匹だけなら或いはと思い、急ぎ当時研究を進めてた物質移転装置に『接ぎ木』のプログラムを組み込み猫達に使用した」

「ど、どうなったんですか?」

「想定通り、2匹の傷付いた猫は1匹の猫として蘇生したよ」

「凄い。女の子喜んだんじゃないですか?」

 博士は瞳の色を少し淡くした。

「残念ながらその猫は、蘇生はしたものの寝たきりの状態が続き、1ヶ月後には死んでしまった。
ワシは、あの女の子に悲しむ機会を1個余計に増やしてしまっただけなのかもしれん」

「そんな事ないですよ」

「なぁ、折橋君。ワシには未だに解らないことがあるのじゃが、あの蘇生した猫は果たして親猫じゃったのか、それとも子猫じゃったのか、或いは…」

 折橋は不思議と博士の真上だけ天井にポッカリ穴が空いてるように錯覚していた。
 
 
 
 
 折橋が帰った後、椅子に腰を落とした博士は眉間を強く摘み、深いため息をつく。そして普段倒してあるデスクの写真立てに手を伸ばす。そこには博士の若かりし頃の写真。一緒に写ってる亡き妻と娘の姿を暫し見つめ、また写真立てをそっと伏せた。
 
 
 
 
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