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第6話 謎のメモ①

 ダビィの先導でクレバ・アルト医師が大広間に入ってきた。エリリカ達は、クレバ医師が処置をしやすいように場所を変わる。
 クレバ・アルトは、フレイム城のすぐ真横に病院を構える院長であり、医師である。今年で七十八になるが、未だに現役で医師をやっている。薄い白髪と白い口髭、灰色の瞳に眼鏡を掛けている。
 エリリカがテキパキと指事を出し、両国民には家へ帰ってもらった。ダビィ達は最後まで残ると言ってくれたが、エリリカが丁重に断りを入れた。今や静まり返った室内には、エリリカとアリア、クレバ医師に執事長のトマス、呼ばれて来たライ大臣しかいない。
 ライ大臣は大きく目を見開いて呻くように呟いた。
「わしがいない間に何があったのだ」
「まずはクレバ医師の見解が先よ。どうでしたか」
「ふむ、これは非常に厄介なことになっておりますぞ」
 クレバ医師は深刻そうな顔をしている。これは最悪な事態も覚悟しなければならない。アリアの心臓はうるさいほど早鐘を打っている。異常に喉が渇く。
 アリアは横目でライ大臣を盗み見た。パーティーの開始前どころか、今日になって一度も彼を見ていない。どうやら、上の階にずっといたらしい。
 ライ・クルーはフレイム王国の大臣である。ライ大臣はアクア王国の大臣と違って、父親から大臣職を継いでいる。髪も瞳も灰色で、邪魔にならないように髪を一つに結んでいる。非常に短気な性格だから、少しでも髪がかかるとイライラしてしまうのだ。
 クレバ医師は覚悟を決めたようで、深呼吸をして気持ちを落ち着かせていた。
「姫様はきっと、回りくどい言い方は好きではないでしょう。僕も辛いですが、率直に言わせてもらいます。コジー様とエリー様は助かりませんでした。ほぼ即死です。全てを調べたわけではないですが、ワインに毒が盛られたと見て間違いないでしょう」
「そうですか。父と母を病院に運ばせますので、解剖をお願いします。詳しく知りたいので」
「えっ、よろしいのですか!?」
 両親の死を説明されても涙一つ流さなかった。アリアがそっとエリリカの顔を見ると、唇に血が滲むほど歯を立てている。アリアには分かっている。エリリカが辛くないはずがない。しかし、彼女は強いのだ。自分のやるべきことを認識し、常に堂々と振舞っている。
 エリリカの発言に、クレバ医師は目を丸くして見開いた。あまりに予想外の言葉だったとみえる。娘が両親を「解剖して」だなんて、普通は言えない。
「私は真実が知りたいの。お願いします」
 エリリカは唇を噛むことを辞め、真剣な顔でクレバ医師を見る。覚悟の強さを感じたのか、クレバ医師は大きく頷いた。
「分かりました。姫様がそこまで覚悟しているのでしたら、僕としてはやらないわけにはいきません。必ずや正確な結果を出してみせましょう」
「ありがとうございます。トマス、お父様とお母様を病院へ運べるように手配して」
「かしこまりました」
 呼びかけにはっとしたトマスが、大広間から走り出ていく。エリリカがテキパキと指事を仰ぐお陰で、次第に落ち着きが広がっていった。彼女には周りをそうさせる力がある。
 クレバ医師は感心したように、眼鏡のブリッジを持ち上げる。
「姫様は本当にお強い方ですね。フレイム王国の国民として、誇らしい限りです。僕は一足先に病院に戻りますね。解剖には時間が掛かりますが、終わり次第お城へ伺います」
「ありがとうございます。すぐでなくとも大丈夫なので、どうかお願いします」
 エリリカの挨拶を聞いてから、クレバ医師は病院へ帰っていった。
 大広間の人数は三人にまで減った。エリリカは、乾杯からフレイム夫妻が倒れるまでを簡潔に説明する。ライ大臣は終始難しい顔で聞いていた。
「わしはキリの良いところまで研究を終えてから、参加しようと思っておりました。間に合わなくて申し訳ないです。アクア王国にはわしから手紙を出しておきましょう」
「良いのよ、こんな事態になるとは誰も思わないもの。それと、アクア王国へは私が手紙を出すわ。今日のお礼やこれからのこともあるし。残念だけど、これからは私がこの国のリーダーとしてやっていかなくてはいけないから。今から、そのための手続きや資料をお願いできる? 私は部屋に戻って明日の準備をするから」
「かしこまりました。早急に手配して参ります」
 ライ大臣は力強く頷いて、大広間を出て行った。アリアはどう声をかけるか悩んでいた。エリリカの両親が、突然死んでしまった。それも、目の前で。
 視線を彷徨わせていると、大広間の扉が大きな音を立てて開いた。誰かが室内に飛び込んでくる。
「お嬢様っ! はぁはぁ。た、大変ですっっ!!」
「なっ、何!? どうしたの、アスミ」
 走ってきた人物、アスミ・トナーは完全に息が上がっている。彼女はフレイム城に住み込みで働く、メイドの一人だ。大人しくて引っ込み思案なため、大声を出しているのは珍しい。
 アスミは息も絶え絶えに、掠れた声で必死に伝えようとしている。両手を膝に置いて、荒い呼吸を繰り返す姿には鬼気迫るものがあった。
「と、と、とりあえず、それを、お読み下さい」
「本当にどうしたのよ」
 アスミは右手に持っていたメモをエリリカに差し出す。どこにでもある、真っ白なメモの切れ端。紙の中央真下には、松明の絵が描かれている。メモの両端だけが、かなりボロボロになっている。それは染みのようにも見え、濡れて乾いた後のようだった。アリアは前に、イレーナ大臣が使っているところを見たことがある。きっとフレイム王国だけでなく、アクア王国でも同じメモ帳が売られているのだろう。
 エリリカが読んでいる間、自分が聞き出した方が良いとアリアは判断した。彼女は器用なので、読みながら聞くことは朝飯前だ。
「これは誰からなの」
「誰から、と言いますか。分かりません」
 予想外の返答に頭がくらくらしてきた。しかし、隣ではエリリカが地に足をつけて立っている。アリアだけが止まるわけにはいかない。
「メモは何処から持ってきたの」
「お盆の裏です」
「お盆の裏? そこにこのメモが貼り付けられていたのね」
 アリアの問いに、アスミは大きく頷く。ゆっくり質問をしていったお陰か、彼女の気持ちは落ち着いてきたらしい。言葉も呼吸も乱れていない。
「先ほどワインをお持ちしたお盆です。ワインをお渡しして、厨房に帰った時に気づきました。こんな事態になるとは思わなかったので、パーティーの後でお渡ししようと思いました」
「分かったわ。ありがとう。厨房と大広間の片付けを終えたら、休みなさい。他の使用人にも、片付けが終了したら仕事は終わりだと伝えておいて」
 アスミは返事をして、心配そうにエリリカを見る。しかし、エリリカは何の反応も示さない。アスミは声をかけることなく、お辞儀をして大広間から出ていった。
 エリリカは下を向いているので、表情が見えない。仕方がないので、アリアもメモを覗き込む。筆跡を誤魔化すためか、ミミズのような文字が並んでいる。しかし、その文字は読みづらいながらも、エリリカ達に大きな衝撃を与えた。
『お前たちは罪を犯した』

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