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リトアニアPirtis編① 鳥とミツバチと蒸気浴 |語源が示す「ぬくもり」の神秘性

知性にあふれた女性サウナ師との出会い

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今回のわたしのリトアニア・サウナ旅を終始エスコートしてくださったのは、リトアニアで数少ない女性プロサウナ師、サウナ文化研究者としてご活躍される、Birutė Masiliauskienėさん。国内のサウナ愛好家の間ではラウメという愛称で知られていて、わたしもそう呼んでいます。以前に彼女とわたしを引き合わせてくださったのは、国際サウナ協会会長のリスト・エロマ―氏。エロマ―ご夫妻と古い付き合いがあり、リトアニアでサウナサービスを頼むにも歴史を尋ねるにも彼女しかいない!とのお墨付きでした。

実は彼女は、サウナ師として各地でウィスキングやマッサージの施しを実践したり、サウナ番組のナビゲーターを務めるいっぽうで、研究者としての実績も豊富で、とくに言語学や歴史学、象徴学などの分野に精通してらっしゃいます。リトアニアン・サウナの著書も出されているし、英語も堪能で国際サウナ協会のカンファレンスでも何度も興味深い研究発表をされていました。つまり、人文学の視点とご自身の実践に基づく経験の両面から、リトアニアや世界各国のサウナ文化のことを深く語ることのできる、わたしにとっても憧れのエキスパートであり、今回の視察のこの上ない案内役だったのです。

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彼女とは、首都ヴィルニュスからバスで30分ほどのトラカイという湖畔に開けたリゾート街で待ち合わせ。そして、彼女の夫さんが働くクラフトビール醸造場併設のレストランで、ご自慢の地ビールとトラカイ名物キビナイ(ジューシーなラム肉のひき肉が詰まった揚げパン)をランチにいただきながら、お互いのこれまでの遍歴や関心について聴き合いました。その流れで、さっそく彼女が得意とする〈語源学〉の見地から、この国のサウナ文化の一番根っこを支える素敵な事実についてレクチャーしていただいたのでした。

ヨーロッパ有数の由緒ある言語、リトアニア語

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上の図は、スウェーデン人イラストレーターのMinna Sundberg氏が描いた有名な「言語系統樹」です。彼女はこの絵で、ヨーロッパと東洋の諸地域で話されている数ある言語が、大きくはインド・ヨーロッパ語族とウラル語族のどちらかに根をもち、かつ音韻や文法の連関性と歴史的変化によって枝分かれしつつも、同系ごとのグルーピングが可能であることを、見事に可視化しました。(葉の大きさは、現在の話者の数に比例しています。)

小さくて少し見づらいかもしれませんが、この絵を眺めてわかるように、わたしたちが思い浮かべるヨーロッパ諸語の大半は、ロシア語に代表されるスラブ語派、フランス語やスペイン語に代表されるイタリック語派、そして英語やドイツ語に代表されるゲルマン語派のいずれかに属しています。

いっぽう、黄色いマルで囲った、スラブの太い枝と早くにたもとを分かったか細い「バルト語派」の枝先にあるのが、リトアニア共和国の公用語であるリトアニア語です。ヨーロッパの主要列国の近隣に位置しつつも、上に挙げた3大語派に属さないマイノリティ語というわけです。ついでながら、わたしが普段話すフィンランド語(ピンクのマル印)は、もはやヨーロッパ言語のほとんどが属すインド・ヨーロッパ語族からもはみ出た「ウラル語族フィン・ウゴル語派」所属の希少種です(笑)

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ラウメさんいわく、リトアニア語はヨーロッパ諸語の中でも、現存するもっとも古い言語のひとつなのだそう。事実、上の絵を見てもわかるように、リトアニア語はギリシャ語やアルメニア語、英語などと同様、最初期にインド・ヨーロッパ祖語(紀元前4000年あたりまで話されていたとされる、現在の諸言語の共通の祖先)の幹から枝分かれしてから、ほぼ分枝せず現在に到達しています。つまり、古代からの変化が非常に緩やかだったために古い特徴を多く残し、現存する語彙の語源も見出しやすい言語、ということらしいです。

ちなみにお隣りラトビアの公用語ラトビア語も、同系のバルト語派。ただしラトビア語のほうがだいぶ新しいみたいですね。そしてバルト三国の残り一国、エストニアの公用語エストニア語は、我らがフィンランド語の数少ない親戚言語(フィン・ウゴル語派)で、わたしもちょっとだけならわかっちゃいますよ(笑)

世界各地の「サウナ」と一線を画す、リトアニア語の「サウナ」の語源

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そんなリトアニア語で、サウナおよびサウナ浴はPirtis(ピルティス)と呼びます。ただしこの言葉は、自国の主流入浴法である、「焼け石に水をかけて発生させる蒸気を浴びる蒸気浴」のことを指す言葉であると同時に、世界の古今東西さまざまなスタイルの「入浴」全般を指す言葉でもあります。つまり彼らにとっては、ジャパニーズ・ピルティス= Furo という認識が成り立つのです。

余談ながら、蒸気浴(いわゆるサウナ浴)を行なう国々の言語では、「サウナ」を指す単語が同時に「入浴(法)」全般を指す…というケースが意外とあるんですよ。そういう国の人たちに「あなたの国のサウナについて教えて」と聞かれ、得意げに昨今の日本のサウナブームについて話し始めたら、「違う、それじゃなくて…」と話が錯綜することがしばしばあります(笑)

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ところで、各国・地域のヨーロッパ諸語における「サウナ」ないし「入浴」を表す現代語は、ほとんどが同一の語源をもつのだと、ラウメさんが一覧を示してくれました。

英語 → Bath /ドイツ語 → Bad/スウェーデン語 → Bastu
フランス語 → Bain/スペイン語 → Bano/イタリア語 → Bagno
ロシア語 → Баня(banya)※元はбаніа …など

こうして書き並べてみると確かに、いずれの言語でも実は非常に似通った呼び方であることに気づけます。そしてこれらの共通の語源となるのが、ラテン語でやはり「入浴」を意味するBalneumという語。(そういえば、温泉療法のことを英語でBalneotherapyと言いますね。)さらにその単語のルーツをさかのぼれば、紀元前8世紀ごろ成立したとされる、古代ギリシャ語の「βαλανεῖον(balaneîon)=入浴」という語にまで行き着くのだそうです! 途方もない古さ…そしてそんな大昔からすでに入浴という概念があったことにも、しみじみ…!!

ところが、ですよ。マイノリティ語派とはいえ、同じくインド・ヨーロッパ語族のひとつであるリトアニア語では、それらとまったく連関しなさそうなPirtisと呼ぶわけです。ラウメさんの話では、やはりこの語は他の言語に影響を受けずに古来引き継がれたリトアニア語独自の由緒ある語であり、かつ、ちょっと意外な単語たちが、それと同一の語源をもつのだそう。

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リトアニア語においてPir-/Per-という語幹は、熱気や蒸気を表す語の数々とともに、たとえば鳥の孵化(=Perėti)ミツバチの巣内の卵(=Perai )を表す古い語にも見られ、これらはいずれも語源が同じであると考えられるそうです。一見まったく別の概念に思われるけれど、考えてみればどちらも「ぬくもりを与えながら、面倒を見る」行為/現象であり、そのことによって「新たな生命を育む/生気を与える」という点では、見事に共通しているのです!

もちろん、わたしたちがこの点を「共通」と感ずるのは帰納的な判断であり、裏を返せばそもそも古代リトアニア人が、鳥やミツバチがぬくもりで卵を返して新しい命を生み出すのと同類の神秘性や意味合いを、入浴という行為にも見出していたということです。これこそが、どこまでさかのぼっても「入浴」にしか行き着かない他の諸言語と違って、リトアニア語に宿る、入浴という概念の深遠さと言えるのではないでしょうか。

リトアニアにおける、ミツバチの特別な存在

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実はリトアニアにおいて、上にも出てきた「ミツバチ」は特別な存在として扱われる生き物だと言います。チームワークで懸命に働き、受粉を促して植物の繁殖や多様性を導くミツバチは、多くの国々においても豊かな生態系や環境の象徴と考えられてきました。ですがとりわけリトアニアでは、ミツバチが古来ほかの全生物と一線を画した生き物として強くリスペクトされてきた歴史があり、そのことは、たとえば「死」を意味するリトアニア語に如実に表れているといいます。

リトアニア語においては、「人間の死」と「動物の死」にはそれぞれMirtiDvėsti/Stiptiという別々の単語が充てられます。ところが、人間以外の動物で唯一ミツバチの死だけは、人間の場合と同じMirtiという語が使われるのだそうです。このほかにも、ミツバチという単語と同じ語源をもつ語が人間の営みや関係を表す語に使われている事例がいくつかあり、このことから察するに、ミツバチは信仰の対象というよりはむしろ、人間と同じ仲間同士という考え方が、彼らにはあるのかもしれません。

だからこそ、蜂の巣のあのひとつひとつの小さな個室のなかで、ぬくもりだけでなく、外の世界の自然の恵みから集められた蜜の栄養をたっぷり与えられながら小さな生命を育んでゆくミツバチの姿を、ピルティスの中で心地よい熱気と自然由来のスクラブによって心身を蘇生させる人間の営みに投影させたのかもしれません。次回以降にお話しますが、そういえば、ピルティスでのサウナ師のマッサージに欠かせない材料のひとつも蜂蜜なのでした。

次回予告。

次回はいよいよ、ラウメさんのサウナ師としての施しの活動の密着取材(と実際の体験)記録についてお話します。彼女いわく、各国や各地域のサウナ浴の特色にはジェンダー差が少なからず影響をもたらしており、それぞれの性によりふさわしいサウナのセッティングや施し方があるとのこと。とりわけ、希少な女性サウナ師であるラウメさんが、その点をどう解釈し、実践しているのか、詳しくお伝えしたいと思います!

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フィンランド在住の自営業者。Suomiのおかんというふざけた屋号を掲げ、メディアコーディネーター、通翻訳者、文筆家、フィン語講師として快活に仕事し遊んでいます。2018年に著書『公衆サウナの国フィンランド』を出版、いつの間にやら「サウナ文化研究家」としてのお仕事依頼がメインに。
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