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風に揺れる芒 六日目

邯鄲(かんたん)の微睡(まどろ)みから目覚め、離床し、天を仰ぐ。やはり、私の眼前に、これから見知るに能うであろう女の貌が、全く実にこれもまた物々しく、事によっては勿体をつけつつ、其処に在ったのであった。女は、白妙を何処とも知れずに吹く息吹に靡(なび)かせている。……風は、形而下の存在であり、現象であるが、何故、この女に吹き付けるに能うのであろうか。……今に至る迄、女に干渉出来る形而下の現象として、光条が在ったが、しかし、風は……。いや、或いは、昨日、私は声音を以て、女と意を交わすに能った―と思われた―のであった。……即ち、女の存在を認識している時間の増加と共に、女に干渉するに能う形而下の存在が、増しているのではないか。その端緒は光であった。そして、現在に至っては、音である。この様な推断を前提とするのであれば、何時の日か、私は、彼女に触れるに能うのであろうか。……幽霊に触れた、という話は、余り聴くに及ぶ所では無いが、だが、世には鉄塊を以て男の頭蓋を破砕する、その様な女霊も在る、ということは、拙劣―と、私には思われる―な映像作品の教える所ではある。慮外ではあるが、触れるに能う幽霊、という者が存したとして、別段、奇矯の念を抱くに値するものでは、無かろう。……けれども、触れられる幽霊、或いはそういった存在が真に在るのであるとすれば、一体、何を以て、人は、生人と死人を、分節するに能うのであろうか。生死の事実であろうか、その体表の熱度を以てであろうか、或いは、或いは……弁別など、するに能わないのであろうか。……問は、思念の平滑にその足を取られ、己の身を定位出来ずに、其処に在った。何れにせよ、この問は、些末で、些細で、私にとって見れば、惑乱と渾沌(こんとん)のみを齎すものであった。母の、昼食の席へと、私を召し出す大音声が、私のその下らぬ思惟に一条の亀裂を生じさせる。……さて、今日は、何を為そうか。
 用意された昼食を、拙速に摂取し、私室へと戻り、五十音表を新紙に作成する。そして、その上に黒鉛を擦り付け、はい、と、いいえ、という欄を書き込む。私の考えというのは、こうであった。昨日の一連の椿事(ちんじ)―或いは珍事―により、私は図らずも、女と「言葉」を以て、意を通ずるに能った。つまり、女は、私から発せられる幾多の言語というものを、解するに能った、ということを、この事実は意味しているのである。その方途というのは、未だ全くもって不明のものであるが、しかし、彼女がおそらく私と同様の言語の使用者である、ということは、おそらく言うに能うことであろうと、私は思う。だが、女の相好(そうごう)から察するに、おそらく、異国の言語には、余り明るくない時分の亡人なのであろう様に思われる。故に、英字を用いず、此度は、日本語の五十音表を、一つ、拵えたのである。何故、この様な面倒を為し、彼女自身の言を、その口から聞かぬのか、そう思われる向きもあろう。とはいえ、これにも幾らかの所以はあるのだ。女に、先程、話せるか、と、問うてみた所、彼女はその頭を横に振った。異郷の地に於いては、これは肯んずることを意味しているが、当地に於いて、これは否定の意を、表明するものである。このことから、おそらく、女は、私と同じくは、音素を以て、意志の疎通をするに能わない、ということとなると、私には思われた。また、昨日の仮説に於いて述べたことであるが、幽霊が、よりその感官に於いて明瞭に捉えられるものというのは、どうやら、何の故かは私の知らぬ所ではあるが、光煌である様だった。故に、彼女から容易に返答を得るためには、蓋し五十音表という視覚情報を用いた対話を為すのが、最良であると、私は論結したのである。そうして、作成したのが、この五十音表、という訳である。彼女に、此方へと来る様に、言を擲つと、浮き、漂い、或いは、中空の何処かに地維でも存するかの様に辷(すべ)りつつ、私の眼前にて、此方を凝視するのであった。……麗人から熱烈な凝望を受ける、というのは、実に気の良いことではあったが、何か此方が抑圧される様な気が、しないでもない。
 私は彼女に、再び、言葉が分かるか、と問うた。彼女は頭を縦に振るった。私と母語を同じくする者であり、また、それと同時に此方の音声を認知するに能う、という事実が確認される。さて、此処からが、本題である。私は、これが見えるか、と、手ずから為した五十音表を指し示した。彼女は再び、肯いの意を表した。次に私は、これを用いて、対話をしたいが、出来るか、と、彼女に問うた。女はその身を少々浮揚させつつ、縦に、その頭を振るう。女に、私の問に答えるに能う際には私が筆を以て指し示す、はい、で頷くこと、そうでない場合はいいえで頷くこと、そしてその答えの具なる所については、あ、から順に私が筆先を以て指し示していくので、該当する文字で頷くこと、という規則を一通り彼女に伝える。では、始めよう、と、私は、女との、奇妙で、奇天烈な、全く私の知の領外に存する対談を開始するのであった。
 私は先ず、彼女が幽霊の類の者であるか、と、問うた。女はそれに対して、はい、にも、いいえ、にも頷かず、只管に、私の酔眼を透徹したその瞠目(どうもく)にて、凝視するのみであった。……彼女は、己が死している、という事実が、或いは、幽霊には、幽霊という存在に己が為った、ということが、諒解(りょうかい)され得ない、ということであるのだろうか。分からないのか、と女に問うと、此度は、はい、に頷く。……やはり、己の存在が、一体如何様なものであるのか、女にとっては不分明のものであるらしい。……さて、これはどうでも良い、煩瑣な問である。私はそれに続いて、女に年齢について問おうとしたが、数字を記載し忘れていたことに気が付き、筆を加える。改めて問うと、女は、此方に、少々ではあるが……いや、これは私の気の所為であるといえば、そうなのかも知れないし、そうではないのかも知れないが……批難と侮蔑、そして憤慨が、混雑したかの様な視線を、受けた気が、しないでもない。……兎も角、この問は早々に終え、彼女にその出自を問う。……彼女は、いいえ、に頭を振った。……己に関する情報が、彼女から失われているのか、或いは、単に女が述べたくない、ということであるのか、それとも、私にのみ、知られたくない、という私秘的な態度を指し示すものであるのか……が、何れにせよ、彼女は己が生を享受した地を、知らぬ様であった。次に、私は、彼女に、貴女の名前は分かるか、と問うた。彼女は、肯んじた。筆先を一つ、一つ、滑らせ、一文字目の筆は「り」で止まり、二文字目には「え」で留まった。つまり、
「りえ」
 と、彼女は述べたのであろう。名を問い、彼女はその様に答えた。りえ……リエ、か。理恵か、理絵か、梨衣か、利恵か、梨絵か、理江か、梨恵か、里英か、里枝か、莉枝か、利枝か、或いは莉恵か、李依か……。彼女の名字は、彼女自身、知らぬ様であった。故に、私に了解されたのは、彼女が「リエ」という名である、ということのみであった。先の己の出身を知らぬ様子と、名字の分からぬ様子を見ると、おそらく彼女から、生前のことについての記憶が、幾らか忘失か、或いは遺失されている様に思われる。それが何を意味するのか、私の知る所ではない。しかし、死者というものは、その死した際の姿にて顕現する、というのは、よく聞く風聞である。そして、死に関する記憶が、全き失われている、ということも、同時に良く聞かれることだ。と、するならば、彼女は、夏に、己の生地にて、何らかの、己の家に関する出来事によって、その息吹を絶やし、その結果として、私の前に、その麗しい姿形を、現したのではないか、という憶説は、思案されるが、しかし、所詮、憶念は億念でしかない。……彼女の名が、リエである。そして、月白の衣をその身に纏った美姫(びき)である、ということ以外、私は、彼女について、何も知らない。だが、彼女の名を、私は知った。それのみに於いても、浮漂し、漂泊する、この尤物が、近しい者に、感ぜられた。……或いは、私が単に、そう思いたいだけである、とも、言い得るのであるが。リエ、と、私は言った。彼女は此方にその眼差しを向け、しかし、それのみであった。
 六日目にして、私は彼女の名を知った。追記であるが、以前から感じられていたあの爽涼な凛気が、殆ど無くなった。私がそれに慣れ果てたことによってであろうか、または、彼女が、私に少々、馴染みを深めたのであろうか。分からないが、その何方でもある様に思われる。或いは……いや、幾ばくの思惟を為すことも、無かろう。この記述にて、六日目の幕を、私は閉じることとする。

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