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風に揺れる芒 序句

本作は数年前の筆者の体験を、多少潤色を加えた形で綴った虚構である。
パブーで無料配布しているのだが、
風に揺れる芒|パブー|電子書籍作成・販売プラットフォーム (puboo.jp)
折角なので、noteにも投稿することにした。ただし、一日ごとに一章ずつ掲載する予定のため、先が気になった読者は、上記URLから本作を読まれたい。
では、以下より本編を開始する。

さて、人には往々にして語らねばならない経験といった様なものが、その生の内にて存在する。私も人の子である。汎(あら)ゆる規則や法則には例外というものが、然るべくして存するのであるが、此度、私はその法則の魔手から逃れ、例外と為るに能わなかった様だ。……故に、私は語らねばならない。己の、体験した出来事を、余すこと無く、全き、その遍く総体を。だが、私の身に巻き起こった一連の怪事を此処に語り尽くしたところで、それが読者諸賢にとっての信に至るか否かについては、私の考定の範疇の埒外に存する事項である。しかし、これを私は、この茹(う)だる様な夏の煩熱の内に―今年は冷夏の様でもあったが―確かに享受したのだ。少なくとも、私のこれから記述する本稿の内には、幾分の潤色と虚構が、幽鬼が如くに竄入(さんにゅう)することも、あろう。けれども、それらは一様に私の往時に於ける内的現実の残影を反響させたものとして、是非とも御寛恕いただきたい。実の所、私も、これ程までに奇怪で、不可思議で、到底、信ずるに能わないであろう体験を為したのは、首途のことであり、この様な事実の一群を、一体如何様にして述べ、そして記すべきか、猶予(いざよ)い、狐疑し、逡巡(しゅんじゅん)しているのである。だが、私がどの様な方途を取るのであれ、この出来事は、その全てを尽く記述されなければならない。その様な心持ちにて、私は筆を取る。何故、私がこれ程までに躊躇っているのか、不審に思われる向きも、中には居られることであろう。しかし、私の記す、次の一節にて、私の躊躇と抱かれる不審の根源は、全く明瞭に把握される筈である。それは……こうだ。

 私には、十一日間のみ、幽霊が見えた。

 そう、私が今より筆を加えようか否かと、逡巡しているこの文書は、面妖で物怪(もっけ)じみた、正しく二つの意に於いて「幽妙」な、十一日間の記録である。


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