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短編小説Vol.09「船上の制服少女」


梅雨が明けて、本格的な暑さが街を覆い始めた頃、蓮の姿は港にあった。

学校の第1回期末試験も終わり、夏休みまでテストは1つもない。
なので、学校に行く必要が全くないと思っていた蓮は、期末テストを受けて以降、一切学校には足を運んでいなかった。
というのも、足を運びたくない明確な理由があった。

サッカー人生にとって致命的な怪我を先の試合で負ってしまい、部活に参加できなくなったのである。
これまで部活に命を賭けてきた蓮にとって、サッカーが学校生活の全てであった。
そしてなりより、チームメイトと顔を合わすのもどこか気まずなり、学校にいくのが億劫になっていた。
いっその事、学校を辞めてしまおうとまで思い始めた。

ただそんな勇気もなく、親にバレないように学校に行くふりをしながら、毎日港に顔を出すようになっていた。
そして、港で受付の仕事をしながら、空き時間に港のモーターボートで海に1人で繰り出すようになっていた。
自分の目標が存在しない学校に行くよりも、海と存分に触れ合える港にいる方が、刺激的で有意義に感じていたのである。

そんな生活を始めて2週間、毎日港に姿を現す少女がいることに蓮は気づく。
ただその子は何をするわけでもなく、毎日1時間ほど海を眺めて続けていた。
毎日16時半になると港に現れる。
服装からして、近くの中学校に通う中学生であった。

ある日仕事が午前中に終わり、暇になった蓮は早めにモーターボートで海に出る準備を始めた。
倉庫からモーターボート出して、海に出そうとした瞬間、後ろから
「あの、、、」
と微かに声が聞こえた。
振り返ると、例の少女がこちらを見ていた。
「なんですか?」と蓮が返事をすると、
船の方を指さした。
「乗りたいの?」と聞き返すと、
首を縦に振った。

蓮は船を海に浮かベて、少女の手を取って、船に乗せて上げた。
少女は明らかに手を震えていた。
海に出ることに怯えているように見えた蓮は、
「大丈夫?今日は波が高いし、やめておく?」
と気を利かせて、聞いた。
すると少女は大きく首を横に振り、こちらを睨みつけた。
まるで、早く出してと言わんばかりの迫力だった。

港の防波堤を越えて、海に繰り出す。
想像以上の波の高さに、蓮は少女を心配した。
どんどーんどん、どんどーんどん
船体に波が強くぶつかる。
波が船体に強くぶつかる。
普段は波が穏やかな瀬戸内海も、今日はなぜか激しく荒れている。

少女の手は出航前と比べても明らかに激しく震えていた。
少女は必死に船体に捕まり、船から落ちないように必死な様子だった。
蓮は少女のその様子を見て、船の速度をさらに上げた。
蓮は決して意地悪な青年ではない。
ただ、少女がそれを求めているかのように感じたのだ。
さらにスピードを上げる。
船体を打つ波の衝撃はどんどん増していく。
少女は今にも船から投げ出されそうであったが、スピードを落ちしてとは一切お願いしてこない。
少女は必死にしがみつき、命の危険さえ感じるこの状況を楽しんでいるようであった。

暫くすると、蓮は我に返り、船のスピードを落とした。
船体にぶつかる波の勢いは大人しくなった。

すると、少女は
「なんで辞めるの?私はこんなに海を楽しんでいたのに!」
と、先ほどの雰囲気とは打って変わった、怪訝な表情で蓮を威嚇した。
「いや、、怖いかなと思って、、」
蓮は少女の威圧感に圧倒されて、うまく言葉が出てこなかった。
「怖いに決まっているじゃん。それを楽しんでいたんだよ。せっかく死へ恐怖を感じていたのに、なんで辞めるの。」
「死への恐怖?」
「そう。私は、今の生活が退屈なの。刺激なんて全くない。みんな生きているのか死んでいるのかわからないこの世界に嫌なの。だから、生きていることを実感したくて、船に乗りたかったの。」

蓮には、この少女が言っていることが、どこか理解できた。
蓮自身が海に惹かれる理由も、少女が感じる所と全く同じ所にあった。
「ちなみにあんたもその一人よ。生きているようで死んでいるうちの一人。」
蓮も同意した。
「君は自分のことをどう思っているの?」
「私?私も死んでいるね。生まれて14年経つけど、生きていた瞬間なんて一瞬もないと思う。」
ただそんな自分の命に対する侮辱を述べる彼女の目は、確実に生きていた。
これまでの見たどの目よりも生の匂いが感じられた。

「ねえ。私たちって本当に生きているのかな?」
「生きているでしょ。だって今見えている世界を知覚しているし。」
「本当に?この世界は全て幻想だったりしないかな?」
「確かに、、、生きているって何なんだろうね。」
「一緒にこの海に飛び込まない?そしてどちらが深く潜れるか勝負しない?」
「え、、、危ないよ」
「私、この海の底に本当の世界があると思うの。」
「本当の世界?」
「ちゃんと生きてると感じられる世界があると思うの。」
「いやでも、危ないよ。今日は波も高いし、下手したら溺れて、死んじゃうよ。」
「大丈夫よ。だって今もそうじゃない。」

すると、少女は徐に制服を脱ぎ始めた。
下着だけになると、船から高くジャンプして、海に飛び込んだ。
「早く上がって来い。本当に危ないから。」
蓮は口調を荒げて、少女に言葉をかけた。
「うるさいなー。早くこっちに来て。勝負しよ。」
蓮は迷った。本当に危ないからだ。
「早く!早く!」
少女はしつこく、こちらに声をかけてくる。
「わかったよ。」
蓮は渋々服を脱いで、海に飛び込んだ。

かなり沖に出ていることもあり、全く足はつかない。
そして波が高く、タイミングをうまく合わせないと呼吸もできない。
ただ、この状況はそこはかとなく刺激的で楽しかった。

「よし!じゃあー勝負ね!私が合図したら、潜ってね!」
「本当に大丈夫?無理しないでね。」
「ごちゃごちゃうるさい。いくよ。よーいどん!」

2人は同時に潜り始めた。
波が高い海面に比べて、海の中は穏やかであった。
男としての意地がある蓮は、一心不乱に潜り続けた。
ただ、少女には全く追いつけない。
どんだけ全力で泳いでも追いつけない。
段々と息が苦しくなる。
これ以上潜ると海面までの息が続かない。
蓮は、海面に向かって上昇を始めた。
下を見ると、少女がまだ潜り続けているのが、微かに見えた。

大丈夫なのだろうかと心配しつつも、蓮は海面へ目掛けて、全力で上へと登った。
あと、3メートル、2メートル、1メートル。意識よ持ってくれ。
パーーー。
蓮は勢いよく顔を海面に出した。
なんとか間に合った。
だが、ほっとしたのも束の間。
少女は大丈夫だろうか。
その心配が急に湧いてきた。
海に顔をつけて、下を見てみる。
が、全く上がってくる気配がない。
嫌な予感がした。
10秒。20秒。30秒。
刻一刻と時間は流れる。
だが、一向に海面に上がってこない。
そして、蓮が海面に上がってから、3分が経過した。
もしかしたら、どこか離れたところに上がったのかもしれないと思い、蓮は船で辺を捜索することにした。
船に戻って、当たりを見回す。
が、どこにも少女の姿はない。
もしかしたら、息が絶えて海中で意識を失ったかもしれない。
少し船を動かして、潮の流れからしていそうなところを探したが、どこにも見当たらない。

「え?!」
蓮は思わず声を出した。
船の中で脱いだはずの少女の制服がないのである。
いやそんなわけはない。だって自分の制服はある。
少女の制服だけなくなるわけがない。

でも本当にない。
風で飛ばされたとも考えられない。

蓮は今の状況は理解できなかった。
ただ少女が溺れていることは間違いない。
蓮は助けを呼ぶために、港への急いだ。
エンジンをかけ、船体を港の方向へ向ける。
波はさらに高くなっていたが、意に返さず一心不乱に船を進めた。

港に着くなり、岸へと飛び移った。
すると港の管理人が近くにいた。
「おい!◯◯さん!大変だ!大変だ!」
「どうした??」
いつになく焦っている蓮を見て、管理人は驚いていた。
「少女が海に消えたんだ!」
「少女?」
「そうだよ!夕方になるといつも港に来ていた少女いただろう?あの子だよ!」
「そんな子いたか?」
「いたよ。いつも来ていたじゃないか。」
「見たことないな。」
状況の重大性を理解していない管理人に、蓮はイラついた。
「そんなことはいい!いなくなったんだよ!」
「いなくなったて。どこで?」
「沖の方で海に潜って、姿を消したんだよ。」
「沖の方って、お前一人で船を出していたじゃないか?」
「いや、その子も一緒に船に乗って行ったんだよ。」
「何を言ってる。お前が一人で沖に向かっていた見たぞ。」
「え?制服の少女もいただろ?」
「なんだその子?見たこともないし、今日も見てないぞ。」

蓮には、その子が見えていたが、他の人には見えていなかったのである。
港の人全員に聞いたが、そんな少女を見たという人は誰一人いなかった。

蓮がそこまで言うので、数隻の漁船が捜索を手伝ってくれたが、少女は見つからなかった。

その日以来、蓮は港に近づくのが怖くなった。
行くあてもなくなった蓮は、仕方なく久しぶりに学校に行くことにした。

久しぶりの登校で、緊張していた蓮であったが、長いこと学校に来てなかったことを心配してか、周りが想像以上に優しく迎え入れてくれて、少し居心地の良さを感じた。
ただサッカー部の友達と話すのはどうしても気まずかった。
そこで、踏ん切りをつけるため、思い切って部活を辞める報告をしにくいことにした。

コンコン。ドアを2回ノックすると、
「はいどうぞ。」顧問の声が聞こえた。
「失礼します。2年3組河本蓮です。」
恐る恐る教員室に入った。

「どうした?元気か?」顧問は本気で心配しているようであった。
「そうですね。ぼちぼちですね。」
「そうか。で、用事はなんだ?」
「実は部活やめようと思っていて。」
「ほう。なんでだ?」
「いや、足の怪我でもうサッカーできないんで、これ以上在籍してもしょうがないと思って。」
「足の怪我?」
「はい。え?」
「お前足なんか怪我していたのか?」
「え?」
「どこを怪我したんだ?」
蓮は、言葉に詰まった。
どこを怪我していたのか全く思い出せなかったのである。
「いや足を、、」
「見せてみろ。」
「、、、、」
「どこも悪そうじゃないけどな。」
確かにどこも痛くなかった。
僕は何に悩んでいたんだろう。
蓮は全くわからなくなった。

そして、蓮はその日から部活に復帰した。

制服少女。僕の嫌な過去を消してくれてありがとう。
蓮は心の中で、そう彼女にお礼を言った。














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