どうしても演奏したかった。
「サイコーだったね!!」
高2の文化祭。
私たちのバンドの演奏が終わった。
どよめきと歓声に包まれる。
全員晴れ晴れとした笑顔。
今日が一番いい演奏だった。
◇
さかのぼること4か月前。私たち女子4人組のバンドは、文化祭に出場するための曲決めをしていた。ボーカルのA、ドラムのB、ピアノのC、シンセサイザーの私という、いびつな構成のバンドだが、足りないパートは工夫して乗り切ってきた。楽しんで演奏しているのが伝わるのか、演奏はいつも好意的に受け止められていた。
ところで私には、バンドを組んだときから秘めた野望があった。
「大好きな『もう一度キスしたかった』を演奏したい」
『もう一度キスしたかった』は、B’zのバラードで、メロディも歌詞も素晴らしい名曲。だから、ここぞというときに演奏したかった。私の提案にメンバーはみんな驚き、ギターがいないバンド構成に心配しつつも、やってみようと言ってくれた。
練習が始まった。
ボーカルAとドラムのBは、すぐに曲をマスターした。
ピアノのCは苦戦していたが、持ち前の闘争心に火がついたらしく、絶対にマスターすると言った。
問題は、シンセサイザーの私だ。
バンドなのにギターがいない構成の私たち。なのに、間奏のギターソロが特徴的なB’zの曲を演奏するのは無謀だと、周りからは言われた。確かに、ギターがないB’zは、おかずのない定食と同じ。ギターが曲の出来を左右すると言っても過言ではない。
私は、シンセサイザーで事前にベース部分を打ち込んだ音源を再生しながら、本番ではエレキギター部分を演奏することになった。幸い、シンセサイザーの中にエレキギターの音は入っている。あとは、エフェクトを工夫すれば、そっくりとまではいかなくても近づけるはず。
私の挑戦が始まった。
シンセサイザーの説明書を片手に、バンドスコア(楽譜)を見ながら曲を何度も聴く。エフェクトのレバーを触りながら演奏し、再現性を高める。頑固一徹、職人気質の私は、出来る限りのことをした。『もう一度キスしたかった』を聴いたことのある人ならご存じだと思うが、間奏のギターソロは絶対に失敗できないポイント。バンドの華がボーカルなら、演奏の華はギターソロにかかっている。私の失敗で、メンバーの日頃の努力を無駄にするわけにいかない。
2学期が始まり、メンバーと久しぶりに練習した。夏休み中の努力の甲斐あって、ギターソロの演奏に手ごたえがあった。
メンバーが驚く。
「再現度高いんだけど!」
「エレキの感じ出せてる!すごい!」
しかし、褒められても、私はまだ納得できていなかった。
「ちょっとまだ弱い感じがするんだよね」
すると、リーダー的存在のピアノのCが言った。
「完璧を求めたら、ただの真似になる。私たちは私たちの演奏をしようよ」
そうだった。言われて気付いた。
音楽を楽しむことをすっかり忘れて、完璧を求めていた。
私はいつの間にか、オリジナリティをどこかに置いてきてしまった。
「そうだね。あとは演奏の精度を高めよう」
そう約束した私たちは練習を重ね、本番に備えた。
そして本番。演奏は好評を博した。
ただ、文化祭後に何度も聞かれたことがあった。
「ギターいないのに、どうやってギターソロ演奏したの?」
聞かれるたび、私は心の中でガッツポーズ。きっと、シンセサイザーでエレキギターを再現したって言ったって、わかる人はほぼいないだろう。だからあえて説明はしないけど、不思議がられるほどいい演奏が出来た証だと思ったら、夏の間の頑張りが報われた気がした。
『もう一度キスしたかった』は秋の曲だけど、聴くたびに練習に打ち込んだあの夏を思い出す。
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