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どうしても演奏したかった。

「サイコーだったね!!」

高2の文化祭。
私たちのバンドの演奏が終わった。
どよめきと歓声に包まれる。
全員晴れ晴れとした笑顔。
今日が一番いい演奏だった。

さかのぼること4か月前。私たち女子4人組のバンドは、文化祭に出場するための曲決めをしていた。ボーカルのA、ドラムのB、ピアノのC、シンセサイザーの私という、いびつな構成のバンドだが、足りないパートは工夫して乗り切ってきた。楽しんで演奏しているのが伝わるのか、演奏はいつも好意的に受け止められていた。

ところで私には、バンドを組んだときから秘めた野望があった。

「大好きな『もう一度キスしたかった』を演奏したい」

『もう一度キスしたかった』は、B’zのバラードで、メロディも歌詞も素晴らしい名曲。だから、ここぞというときに演奏したかった。私の提案にメンバーはみんな驚き、ギターがいないバンド構成に心配しつつも、やってみようと言ってくれた。

練習が始まった。

ボーカルAとドラムのBは、すぐに曲をマスターした。
ピアノのCは苦戦していたが、持ち前の闘争心に火がついたらしく、絶対にマスターすると言った。

問題は、シンセサイザーの私だ。

バンドなのにギターがいない構成の私たち。なのに、間奏のギターソロが特徴的なB’zの曲を演奏するのは無謀だと、周りからは言われた。確かに、ギターがないB’zは、おかずのない定食と同じ。ギターが曲の出来を左右すると言っても過言ではない。

私は、シンセサイザーで事前にベース部分を打ち込んだ音源を再生しながら、本番ではエレキギター部分を演奏することになった。幸い、シンセサイザーの中にエレキギターの音は入っている。あとは、エフェクトを工夫すれば、そっくりとまではいかなくても近づけるはず。

私の挑戦が始まった。

シンセサイザーの説明書を片手に、バンドスコア(楽譜)を見ながら曲を何度も聴く。エフェクトのレバーを触りながら演奏し、再現性を高める。頑固一徹、職人気質の私は、出来る限りのことをした。『もう一度キスしたかった』を聴いたことのある人ならご存じだと思うが、間奏のギターソロは絶対に失敗できないポイント。バンドの華がボーカルなら、演奏の華はギターソロにかかっている。私の失敗で、メンバーの日頃の努力を無駄にするわけにいかない。

2学期が始まり、メンバーと久しぶりに練習した。夏休み中の努力の甲斐あって、ギターソロの演奏に手ごたえがあった。

メンバーが驚く。

「再現度高いんだけど!」
「エレキの感じ出せてる!すごい!」

しかし、褒められても、私はまだ納得できていなかった。

「ちょっとまだ弱い感じがするんだよね」

すると、リーダー的存在のピアノのCが言った。

「完璧を求めたら、ただの真似になる。私たちは私たちの演奏をしようよ」

そうだった。言われて気付いた。

音楽を楽しむことをすっかり忘れて、完璧を求めていた。
私はいつの間にか、オリジナリティをどこかに置いてきてしまった。

「そうだね。あとは演奏の精度を高めよう」

そう約束した私たちは練習を重ね、本番に備えた。

そして本番。演奏は好評を博した。

ただ、文化祭後に何度も聞かれたことがあった。

「ギターいないのに、どうやってギターソロ演奏したの?」

聞かれるたび、私は心の中でガッツポーズ。きっと、シンセサイザーでエレキギターを再現したって言ったって、わかる人はほぼいないだろう。だからあえて説明はしないけど、不思議がられるほどいい演奏が出来た証だと思ったら、夏の間の頑張りが報われた気がした。

『もう一度キスしたかった』は秋の曲だけど、聴くたびに練習に打ち込んだあの夏を思い出す。

<あとがき>
この記事は、放課後ライティング倶楽部(AWC)「 #土曜書いて 」企画で書きました。AWCに出したものを少し修正してあります。
お題は「あの曲を聴くと思い出す」。
高校時代に打ち込んだことって、いつまでも覚えているものですね。そして私はこの頃から、職人気質だったみたい。

本当はもっと専門用語の多い、なが〜い文章でしたが、推敲してこのサイズにしました。危うくお蔵入りするところでしたが、出せてよかったです。

#AWC
#放課後ライティング倶楽部

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