インネンのない対決

H会空手という、マニアックな流派の道場へ通う若者Aは、すんどめに語る。

H会空手はいわゆる喧嘩空手と異なり、古流武術を旨とする。
柔術、剣術、銃剣術、杖術、十手術、はては居合までをレパートリーとし、実に危ない流派だそうである。
ぜんぜん「空手」じゃないのである。
「これは、基本、あんま人に言うなって言われてんスけど……」
彼の先生は、ひそかに「要人警護」の依頼を受けることもあるらしく、そうした仕事では、公にならないだけで実のところ、ごく普通に殺し屋たちが要人めがけて次々とやって来るのだそうな。
その警護任務に使用したナイフを、先生はAにプレゼントしてくれた。
「それがっスね。ありえないシミが、いっぱいついてるんスよ、基本」
彼の口癖は「基本」である。
さすがは武術を志す若者。基本にはうるさいのである。
「先生に聞いたんスよ。これで何人ぐらい斬ったんスかって。そしたらっスね、『まあ20人以上かな』って。どうしても使ってみたくなって、要人に向って来る殺し屋たち相手に、つい試し斬りをいっぱいやっちゃったそうっス、基本」

H会空手の家元は、父親である先代さんから引き継いだばかりのまだ若いお師匠だそうである。
面白いのはここからで、Aの話では、まるでマンガのような話なのだが、その家元は「若」と呼ばれている。
さらにマンガチックであることには、本当に「四天王」と呼ばれている4人の高弟がいる。
この四天王、次の家元の座をめぐって激しく対立。
お家騒動が生じているという。
さらにさらに、最もマンガチックなことに、先代から「若」を支えている老練の番頭役がいて、彼は「若」から、冗談ではなく本当に「じい」と呼ばれている。
ああ、きっと小柄で物静かで飄然とした、しかし四天王と言えどもやすやすとは勝てない達人なのだろう。
敵の力を利用して勝つ老人にちがいない。
「これは余談っスけど……」
あくまでAが言うにはだが、空手の道場というものは流派間における勢力争いが熾烈で、どこそこの市は何々空手が強い、といったナワバリが存在するという。
中にはえげつない攻撃を他流派に加える道場もあって、自分たちのナワバリ内に他の流派が道場を開こうとすると、
「殴り込みでもかけるの?」
というすんどめの質問に、Aはこう答えた。
「いや、それならまだ分かるじゃないスか。そうじゃなくて、物件ぜんぶ押さえて道場開けないようにしたりとか、基本、嫌がらせするんスよ」
スポーツマンシップに、もとるのである。

Aはすばらしいガタイを持つ。
また目があまりよくないらしく、そのためついつい目つきが悪くなる。
ゆえに、しばしば街の不良少年らに、
「ナニ見てんのよコラ」
からまれ、
「そういう時、俺は基本逃げるんスよ。けど、どうしてもやむにやまれない時もありますよ。ケンカはしたくないんスけどね基本」
そんなAの兄Bの友達Cは、SNS上で某中学校の「アタマ」と名乗るDにちょっかいを出し、
「勝負すっかコラ」
ということになった。
アタマだの勝負だの、ずいぶん80年代的な懐かしい概念が次々と飛び出し、すんどめを郷愁に誘ったのであるが、SNS上で火がつくというあたりがいかにも現代の若者なのである。
それで、Aやその兄Bは、
「面白そうだから観に行こうね」
という気持ち8割と、
「ほんとにヤバイことになったらとめようね」
という気持ち2割でもって、仲間を17名ほど連れてCとアタマとの決闘の場に繰り出した。
さて、2名の腰ぎんちゃくを引き連れて現れたアタマは絵に描いたような不良ルック。
びびったCは逃げていなくなった。
「なんだてめえら。俺と勝負しよってやつぁいねえのか!」
いきがるアタマ。
するとAの兄Bが言った。
「じゃ、俺、やるわ」
意味がわからぬ。
なんのウラミもないアタマを相手に、「じゃ」ってなんだよ。
にもかかわらず、そこは仲良く闘談成立と相成った。
ところがアタマは、金属バットを持参していたことが判明。
それを見た17名の野次馬は、今こそ自分たちの出番とばかりどっと押し出して、
「こんなので殴ったら、危ないでしょアンタ!」
「相手死ぬでしょ!」
「そんなことも分かんないの!? アンタ」
口々にアタマをやさしく説教、
「お友達に預けてきなさーい」
腰ぎんちゃくに渡させた。
こうして戦いは始まったのだが、いざ始まると、なんのウラミもない間柄であるはずのBとアタマに、急にスイッチが入った。
アタマは指輪をたくさんつけており、それがメリケン・サックのような役割をして、Bの鼻に入った。
これで切れたBはアタマをボコボコにしたのだが、そこへ警察の登場。
ちなみに、なんとも笑えることに、そこはアタマの家から100メートルという場所であった。
アタマは家に帰ろうとしたがすでにヨロヨロとして、その100メートルを歩ききれず、あわれ御用。
「で、君たちは!? 君たちもケンカしてたのか!?」
職務質問された17名の野次馬、いっせいに口をそろえて、
「とめてました!」

「ケンカはいかんですよ、基本」
Aはそう言って、話をしめくくった。

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