悪人人気説 ~極悪非道のこまやかな眼差し

性格が悪いことで人気という人間が、世の中にはままいる。
ネガティブ・キャラが売りの芸能人などではない。
日常出会うリアルな人物の中にも、案外いる。
高校で同期のヒデオ(仮名)がそれであった。

ヒデオは悪人の模範である。
奴は自転車に乗っていて、やはり自転車に乗った小さな男の子とすれ違いざま、その子が転ぶや、
「プププ、バーカ」
という言葉を浴びせて通り過ぎる。

ヒデオの口癖は、
「君、オワってない?」
である。
二言目には、
「うーわ、君オワってない?」
とくる。
1日に20回は言っている。
広い世界で、これほどオワっている口癖があるだろうか。

ヒデオはよく、郵便ポストに雪玉をいっぱい詰め込む。

ヒデオの性格の悪さには、意味が含まれていない。
たとえば授業の冒頭、教師が、
「今日、体育の〇〇先生のお母さんが亡くなってね。
俺もこれから行ってお葬式の手伝いをしなければならないから、今日は自習」
などと言おうものなら、ヒデオめ何を思ったか即座にニタリと笑い、つぶやく言葉というのが、
「自業自得だ」
であった。
意味が分からぬ。
いったい誰の、どういう自業自得なのかサッパリ分からぬが、ただ1つ、この男の性格がとことん悪いという、そのことだけはハッキリと分かる。

ヒデオは帰宅時、校舎から出るや否や、
「おい、職員室に雪玉ぶつけるべ」
周囲の我々に声をかけてくる。
あまりのくだらなさに、もはや感動した我々は、
「は?
やりたければヒデオ、お前ひとりで勝手にやれ」
するとこの男、何のためらいもなく本当に、ひとりで職員室の窓めがけて雪玉を連発し始める。
雪玉の当たった窓がガラッと開き、
「コラッ! 
今やった奴、誰よ!」
鬼教師のイワノ(仮名)が顔を出す。
「ふわーい」
満面の笑顔で、ヒデオがナメきった返事をする。
「お前、ちょっと来いコラ!」
イワノに呼ばれてこの男、
「ふわーい」
軽々とスキップをしながら殺されるために校舎へ消えていった。

ヒデオは小学生並みの屁理屈を平然と言う。
ある日ヒデオは、同級生の机を倒し、その机に付属する荷物用のフックを足で強く踏んで、ぐにゃりと曲げた。
何のためにそんなことをするのか分からぬが、奴の持ち前の無意味な悪意によることは間違いない。
で、そこにその同級生が帰って来てこの惨状を見、
「直せヒデオ!」
激怒して言った。
するとヒデオはマジメな顔で、
「お前の机じゃねえべや」
臆面もなくヌケヌケと言ってのけた。

ヒデオは女性差別主義者である。
女の子たちのことを陰で何かと、
「ふっ、あの下等動物どもめ」
いわれもなくさげすみ、嘲笑い、卑しんでいた。
例によって、その侮蔑のロジックに理解できる箇所は1つもなく、まったくもって意味不明であった。
いま思い出してもとことん無根拠で、不合理で、不埒で、稚拙で、醜悪で、無様で、愚劣。
弁護の余地は1平方ナノ・メートルとてなく、まさに最先端のナノ・テクノロジーなのであった。

ヒデオという男は、他人の行動や言動を、異常なほどつぶさに見ている。
同級生への年賀状にもわざわざ、
「君は麻雀をやめるべきです。
君の負けは、そろそろ10万円に達したはずです」
などと書き込むほどだ。
自身は麻雀などやらないのに、その観察力には恐れ入る。
すんどめは高3のときヒデオと同級だったが、奴は授業が終わるたびにすんどめのところへ来ては、
「さっきの授業中、〇〇が××って言ってたべ?
バカだよな」
教師の発言の上げ足を、それはそれは事細かくとるのだった。
正直すんどめは、そのくだりの辺りで寝ており、
「××って言ってたべ?」
などと同意を求められても憶えていないのだった。

このようにヒデオは、悪人という立ち位置から、他者や社会に対して、とても細やかで力強い眼差しを持っている。
たとえば国語の漢字テストでは、これまた次のようなありさまであった。
ヒデオは漢字の得意な男で、「基督(キリスト)」だのなんだの、そんな字がスラスラと読める奇怪な男であった。
すんどめとヒデオは、国語の授業で漢字テストが行われるたび「勝負」をし、点数において負けた方がジュースをおごるという賭けをしていた。
解答時間が終わると、適当に隣近所と答案を交換し合ってマルつけをせよ、という指示なので、すんどめとヒデオは互いに交換、採点し合った。
こうしてヒデオが採点したすんどめの答案がヒデオから返され、それを見てみると、すんどめの誤答1つ1つに対し、
「なにコレ?」
「プププ」
「ケケケ」
「バーカ」
いちいちご丁寧に赤で書き込んであるではないか。
何という几帳面な人間だろう。
こうまで不毛な労力を惜しまぬ人物を、すんどめは後にも先にも見たことがない。
よほど他人のやることなすことに関心を持っていなければ、こんなにマメなことはできないだろう。

修学旅行のホテルで深夜、ヒデオは突然、相部屋の者たちをたたき起こした。
「何よヒデオ、眠いべや」
みんなは眠気マナコで、すでに不機嫌である。
「おい、イワノの部屋に、こうらいにんじんガム置きに行くべ」
ヒデオが言うのはこうである。
鬼教師イワノの部屋へ今から忍び込み、こうらいにんじんガムをはじめさまざまのお菓子を、イワノのベッドから2メートル間隔くらいで床へ置き、そのお菓子の列を廊下まで連ねよう、という。
すなわち、イワノをお菓子で釣り、まんまと誘導するという、世界史上類例のないくだらない計画であった。
この不毛きわまるプランに、部屋の面々は飛びついた。
ぬき足さし足で接近してみるに、果たしてイワノの部屋のドアの錠は開いていた。
一味は夜陰に乗じてそー……っと侵入。
見ればイワノはぐうぐう眠っている。
計画通り、お菓子を配置し、その長い列を廊下へつないでいって、自分たちの部屋ではなく、自分たちの隣の部屋の前までつなげた。
すべての罪を隣の部屋へなすりつけんとする、鼻クソのようにハタ迷惑な画策であった。
あとは、自分たちの部屋に戻って耳をそばだて、隣で何か騒動が起こるのを、笑いをかみ殺しながら聞くだけである。
ところが。
待てど暮らせど、隣からは何も聞こえない。
そのうちみな、再び深い眠りに落ちていった。
それから何時間経ったろう。
またしてもみんなは、ヒデオに起こされた。
「うるせえなヒデオ、今度は何なのよ」
「おい、もう1回行くべ」
ニヤニヤ笑って提案するヒデオであったが、さすがにみんなはあきれ果て、勝手にひとりで行けと追い払った。
ご想像の通り、ヒデオはもちろんひとりでイワノの部屋へ再び出かけたのであるが、今回はこうらいにんじんガムの包み紙に、
「犯人はダレだ?」
というヒマな一言を書き添えたという。
さて。
あれから何年の歳月が流れただろう。
すんどめはつい最近、イワノと飲む機会に恵まれた。
昔話に花が咲く中、イワノのほうからこう切り出してきた。
「お前らの学年の修学旅行のときさ、ホテルの俺の部屋のドアを、俺が寝てる間にそーっと開けて入って来た奴がいたみたいで、夜中に目が覚めて見てみたら、2メートルおきくらいにお菓子の列がじゅうたんにできてて、それをたどって行くと廊下にもずーっと続いてて、生徒の部屋の前まで来てたから、俺はその部屋に入ってさ」
なんと、イワノはヒデオの撒いた餌に喰いついていたのである。
「で、その部屋の奴らにコラッ! 
これやったの誰よ! 
って言っても、誰も『え? 知りませーん』ってな」
恐らく、ヒデオら犯行グループが眠りこけていた間のことだろう。
「ああ、それはたぶん、ヒデオの仕業ですよ」
すんどめが事情を説明するや、
「あいつか……」
イワノはいかにも腑に落ちたという顔をした。
こうして、長い長い年月をかけたすんどめによるチクリは、成ったのだった。

ヒデオは、他人と他人との会話を、聞いていないふりをしてちゃっかり聴いている。
すんどめと誰かが恋の話題でしゃべっているとき、近くにいるヒデオがずっと黙っているので、すんどめはてっきりヒデオが聞いていないものと思い込む。
しかし、話題に登場した人物が他所の学校の子だと分かったとたん、
「チッ、なあーんだ」
にわかにヒデオは無念そうな声を出す、といった具合であった。
そんな高3のある日、卒業式も迫ってきたころのこと。
ヨネクニ(仮名)という同級生がすんどめに、わが校のクイーン・キング賞(仮称)の話題をふってきたことがあった。
クイーン・キング賞とは、毎年の卒業生の中から、最も模範的だった生徒に贈られる賞のことである。
「すんどめ、今年は誰に決まったの?」
ヨネクニが聞くので、まだ決まってはいないこと、ただすんどめの予想では書道部の部長をやっていた女の子が最有力であること、なぜなら彼女は書道の全国大会の実行委員長となって大会を取り仕切ったからであることを、ヨネクニへ告げた。
当時のすんどめは、所属していた部活動の関係で、高文連の情報にはちょっとくわしかったのである。
ところが、それまで沈黙を守ってきた傍らのヒデオが突如怒り出し、
「なんでよ。
仕切るだけだったら俺でもできるぞ?」
このへんの幼稚な論理が、ヒデオの特徴である。
すべからく論功行賞というものは、できるかどうかではなく、実際にやったかどうかが問題となるのは言うまでもないことであろう。
それをこのように、小学生以下の屁理屈を、高校生にもなって平然と言えるところに、ヒデオの特殊能力はあった。
とにかく何でもかんでも文句をつけずにはいられない、そして文句をつけるときにだけ会話に参加する男。
それがヒデオであった。
 

すんどめは当時、毎朝教室で受験勉強をしていたのだが、そうしていると必ずヒデオが、通路をはさむ左右の机に手を置いて、全体重を乗せて足を浮かせては進むという非効率的な歩行法でこちらへ近づき、
「邪魔しに来てやったぞ」
ニタニタと話しかけてくるのだった。
例によってマメな、そしてヒマな男ではある。
すんどめは、はじめは面白いと思って付き合っていたのだが、そのうち本当に邪魔になり、以降は部活動の部室へ避難して勉強するようになった。
結果、ヒデオは受験に落第。
滑り止めで受けた防衛大学校へと消えていった。
なお、ヒデオの体格は引き締まってもいなければガッシリとしてもおらず、何かスポーツをしていたわけでもなく、かといって国土の防衛に使命感を抱く手合いなわけもなく、およそ自衛隊とは180度反対方向を向いた男であった。

さて……
ずいぶん色々と書いてきたが、そんなヒデオは、実は大変な人気者であった。
みな、奴の唾棄すべき人格を前に、唾棄するどころか、
「ヒデオめちゃくちゃ面白い」
「あの辛口なところが好きだ」
大絶賛であり、卒業式直後のクラス・コンパでも、
「なんでヒデオくん来ねえのよ」
みな吠えていたという。
性格の悪さゆえに愛される男。
それが、すんどめも、他の人々も、ともに共有するヒデオ的イメージであった。
ところが……
同期で防大へ進んだ別の友達が、入学してまだ数ヶ月というとき、すんどめに電話をかけてきた。
「すんどめ、やべえ。 
ヒデオ、防大でめっちゃ嫌われてる」
「えっ」
「うちの班の奴らも、眼ぇ血走らせて『ヒデオぶっ殺す!』とか言ってる」
「ヒデオのあの性格は、防大ではシャレにならなかったの?」
「ならなかった!」
その後ヒデオがどうなったか、誰も知らない。

しかし、ヒデオをめぐる物語には、まだ続きがある。
今年、すんどめは友人の人間シンクタンク(仮名)から、こんな話を聞いた。
某自衛官が、路上で某野党の代議士に、
「お前は国民の敵だ!」
とかなんとか、イチャモン。
代議士は驚いて、
「自衛官が議員に対してそんな発言をしたら、こうこうこういう規定に反して、マジ問題になりますから、撤回しなさいよ」
「えっ、そうなの!?」
自衛官は青くなったり赤くなったりと、まあそんな騒動が最近報道されていた、という。
その話を聞き、すんどめはすぐさま、
「そいつ、ヒデオじゃないの?
ヒデオならやりかねないよ。
だってヒデオって、自転車で、すれ違いざまにコケた見ず知らずの小さい子に、『プププ、バーカ』とか言って通り過ぎるような奴だもん」
すると人間シンクタンクはマジメな顔をして、
「ああ!
ヒデオか!
そうかも知れん。
なにしろそいつ、例の議員のジョギングだか散歩だかの途中にすれ違う瞬間、いきなり『お前は国民の敵だ!』みたいな雑言を浴びせかけたらしいからね!」

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