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#自分にとって大切なこと
物議をかもした「ハイヒールで着物の帯をふむ」広告について思うこと。
ヴァレンティノの広告についてちょっとっだけ話したいです。
批判する人、どちらでもいい人、擁護する人などいろいろな意見があって、どれもそうだよねって思いました。
変遷を細かく書いていたら文書が途方もなく長くなってしまったので省力しますが、最初にこのニュースを小耳に挟んでから、自分の中で咀嚼していく中で、僕の気持ちは「どちらでもいい」→「擁護」→「批判」→「・・・」へと変わっていきました。
「正解」の安心と苛立ちと悩み。
専門職であれば必ず経験したことがあると思うんですよね、この問題。
例えば、フォトグラファーである僕においてはこんなこと。
「佐久間さんってフォトグラファーなんですよね。私もカメラ好きなんです。」
写真とカメラを同義で語るパターンですね。
『「写真」はカメラによって映された「イメージ(像)」』
『「カメラ」は写真を作るための「機械」』
です。
最近気になるのが、「マーケティング」とい
笑顔だけが「いい写真」か。
フォトグラファー・佐久間ナオヒトです。
今日は僕が駆け出しのフォトグラファーだった頃の話です。
もう10年以上前の話なのですが、これはいつの時代にも変わらないことだと思うので書いてみたいと思います。
仕事上の写真に限定していうと、「いい写真」とは「必要に応じられる写真」のことだと思います。
その企業は毎年株主向けに、年次報告書を作成していて、その報告書用の社長のポートレート撮影をご
その「できる」、本当にできる?
今日の話はフリーランスになりたて、もしくは、なろうと考えている人には真剣に考えてもらいたいことです。
大人になれば、ゆで卵でも、インスタントラーメンでも、サラダでも、自分が食べるものを何かしら一つは用意できるはずです。
プライベートにおいてこれを「料理ができる」と言っていいかどうかはそれぞれの基準があると思いますが、もしこれが仕事上の会話であるなら、「できる」と答えていいでしょうか。