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人生迷子になった僕へ

・人生に面白みが見つからない
・何者かになろうとして何者にもなれていない
・生きている意味が分からない

こんな事を思って人生迷子になっていた僕に今の僕(2023/3)からかけたい言葉はよく考えてみたが特に見つからなかった。

なぜなら今思えばどのように人生という「暇つぶし」の時間と向き合うかが大切なファクターだからだ。

鼓舞するような気休め程度の言葉なんて必要ないし、仮に伝えても当時の僕には上の空だっただろう。

思い返せば僕は2020年10月から2023年2月頃までの約2年半、人生に面白味をなくして本当につまらないと感じる日々を過ごしてきた。

大きな出来事としてはこんな感じだ。

・2020年10月【成し得た成果と訪れる絶望】
大手企業に所属しており担当していた大手グループ子会社の売上昨対200%以上という自分の中で理想として成し遂げたかった大きな成果物を作る事が出来た。

向こう1年は働かなくても営業予算は達成できるであろう状態と査定も安定して一定の賞与が得られるだろうという理由からずっと追い求めていた目標だった。達成出来たのはとても満足した。

一転、コロナ禍で事業部の体制が大きく変わり想定外の異動。

異動先は自身がこれまでずっと避けてきた新規開拓部署で昨年の成果物は後任担当に全て評価が付くという会社員を辞めようと決心したきっかけにもなった出来事。

時間を掛けて作ってきた関係性を無くして新天地でまた新たな関係性を作るのは僕にとってはとても遠回りな行為だ。
絶望の日々を約1年送る事になった。
・2020年12月【会社員としての存在意義】
マンションを購入。
26歳時点で東京都中央区に住む用の家を買った。
会社員としての信用力、大手企業に勤めている信用力を使い果たし会社員として存続する意義を失った。
・2021年10月【理想と地獄】
転機のようにも思えた将来的に希望していた部署への異動。

所謂エンタープライズ営業で日本を代表するリーディングカンパニー(誰もが知っている大手企業)を担当する部署だ。

事業部としての精鋭部隊、事業部内でも一目置かれる部署で1人で数億の売上を作っている人や全社表彰されているような人、カリスマ性のある魅力的な人、時間を関係なしに永遠に仕事をしている人といった人たちが集まる場所だった。

理想が叶った瞬間でもあったが地獄の日々が訪れる。
・2022年4月【死んだ方が楽だと思った日々】
部署内での異動。1部1課から3部1課への異動だった。
3部という部署は噂では聞いていたが残業が果てしなくある部署で、人生で初めて80時間の残業を経験し何の為にお金を稼いでいるのかが分からなくなった。
鳴り止まない電話と有難いことだが次々と舞い降りてくる仕事。

大量の案件を捌くオリジナルのExcelシートへのデータ打ち込みと社内システムへのアップロードの繰り返し。
これには仕事の進め方のセンスが出る。
周囲に協力を仰ぐのが上手い人が正解でそういう人は早い。主観と偏見だが可愛げのある人はそれが本当に上手い。顔面の可愛さではなく為人だ。

話を戻すとお金を稼ぐのにどうせ同じ時間を使うなら好きな領域に対して時間を使おうという思いになり、転職を決意。
・2022年8月【人生の恩人との邂逅】
転職。後に僕の人生を変える際に背中を押してくれた恩人の1人と出会う。本人には「あの時あなたが背中を押してくれたのだ」とはまだ伝えていないがいつか伝えようと思う。

その恩人とも呼べる彼は話す時の所作、人によって話し方を変えるテクニック、ボキャブラリの数、ユーモア、視座の高さ、人としての在り方、知的さ、上品さを兼ね備えた今までに出会った事のない素敵な大人だった。
この会社に入った事での嬉しい邂逅だ。
・2023年1月【手にした理想と失った熱量】
家を買って理想的な住居環境、個人としての活動で実り始めていたものが開花してきた食環境、この人生に必要なファクターとも言える2点が充分過ぎるフェーズに達し、目指すべきものがなくなり路頭に迷う。

この2点に関しては別途具体的にいつかコラムにしたい。特に個人の活動の部分。
・2023年2月【親友且つ恩人の何気ない一言】
●●すれば?と言ってくれた、僕の親友であり恩人からの一言。詳細はまだ書けないがこの一言が出口の見えない真っ暗のトンネルをもがいていた中で一筋の光が見えてきた瞬間だった。

3年以上の付き合いになる僕の師であり、親友であり、恩人であり、憧れである彼にはこの一生では感謝しきれないほどの恩恵を既に受けている。

端的に書こうと思っていたらすっかり長くなってしまった。
これらがこの2年半で人生を迷子になってしまった僕に訪れた大きな出来事だ。

簡単にまとめると「人生で理想としていたものが全て実現できた」という事が人生を迷子に陥れた最大のファクターである。

なんとも皮肉な話だ。

だけど僕は人生で経験した事のないくらい絶望の日々を送っていた。
この期間に僕と会った人は僕が死んだ魚の目をしている状態だったと思う。

このコラムをなぜ今このタイミングで書こうと思ったかというと一昨日(2023/03/19)ふと風呂の中で腑に落ちた事があったからだ。

それは何かというと「夢」についてだ。

僕には小学生の頃プロ野球選手になりたいという夢があった。
野球少年なら誰しもが一度は思い描いた事があるだろう。

ただ、僕はその時からプロ野球選手になって強い敵と対戦して打ち勝ちたいという思いよりも有り余るほどのお金を手に入れる事が出来るという思いの方が強かった。

それは僕が小学生の頃に書いた卒業文集や当時の言動を思い出すとよく表れている。
「20代になった僕へ赤いポルシェに乗ってるか?」とか、当時から自分が将来住みたい部屋はこんな間取りだとか、所謂キラキラした生活に憧れを抱いていてプロ野球選手になりたいというのはその憧れ(夢)を叶える為の手段だったんだと一昨日風呂の中で思った。

20代前半には新たな夢が芽生え、自分の好きなものが好きなだけお金を気にせずに食べれるようになりたいみたいなやはりキラキラした生活を追い求めていた。

プロ野球選手にはなれなかったが20〜28歳の過程でそれらの夢は全て叶った。
家、食、車(ポルシェではないが欲しかったAUDI)、バイク、時計、財布といった物は全て手にできた。

今となってはブランド物はほぼ全てが人生において無駄な物だという考えに変わり、今はまるで物欲がない。
財布も持たず時計はiPhone、車もバイクもいらずもはやシェアリングエコノミーの方が割安とさえ考えている。

若いうちにブランド物に対しての物欲を消化しておいて本当に良かったと思っている。

「欲しかったもの」や「なりたかった在り方」を紆余曲折しながら全て叶える事ができ、それに気付き始めたのが2022年10月でそこからじわじわと自分と向き合っていく中で現状の在り方を言語化出来るようになっていき2023年1月プツンと張り詰めた糸が切れるかのように本気で路頭に迷った。

誰と話しても何を食べてもどんな体験をしても全てにおいて虚無であるという絶望的な状況だった。

水嶋ヒロが描いたKAGEROUという作品がある。主人公のように自身の人生をここで終わらせて、「生きたい」という想いが強い余命宣告を受けている人や夢を成し遂げる為に生きていたがその道が途絶えてしまった人に自身の命を捧ぐ事が出来るのであればそうなってもいいと思っていた。

むしろ自分の人生で他に経験してないものとすると死後の世界と前述した親友からの話にもあって今はまだ話せない●●の2つだけだった。

死後の世界を選んでしまうと号泣して絶望するであろう母の姿が目に浮かんだのでその選択肢にはならなかったが、もし目の前で轢かれそうな子供が居たら自身の身を献上してその命を守り殉職のような形で生涯を終える覚悟みたいなものはあった。

長々と綴ったが冒頭にも述べた通り、人生とは暇つぶしのゲームだと今は常々思う。
周りの人たちをよく見てみると失礼承知の上で暇そうなのがよく分かる。

この人はなんでランニングしてるんだろう?
このカップルはなんで銀座に来てるんだろう?
この子供達はなんで野球やってるんだろう?
この夫婦はなんで結婚してるんだろう?
この知人はなんで試合観戦に行ってるんだろう?

根底まで辿るとみんな暇つぶしでやっている。
暇つぶしの時間を上手く使えている。
僕はそれを見失ってしまって変に人生に何か意味を見出そうとしてシンプルな暇つぶしが出来ていなかっただけだ。

そんな中でも自身に対して向き合い続けた自分への誇りと2人の恩人への感謝の想いがある。

人生は暇つぶしだ。

その暇つぶしの中に必要なのは「夢」や「野心」である。

先日僕が尊敬する経営者の1人からこんなメッセージを貰った。
このコラムの最後の締めくくりにしたいと思う。

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