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あのメリークリスマスをもう一度

12月。照り付けるような真夏の太陽。私はオーストラリアにいた。

「海外でクリスマスを過ごした」なんて聞いたら、煌びやかでめちゃくちゃ贅沢な時間を過ごしたと誰もが思うだろう。けれど実際は違う。貧乏留学生だった私は真夏の太陽の下で、ブーツ屋の店番をしていた。

季節が冬だったらクリスマスにブーツを送るなんておしゃれなことがあったかもしれないが、なんていったってここはオーストラリア。気温が30度を超える日にブーツを送る人なんて一人もいない。お店の中は常にがらんどう。なにより一番きついのが、お店の前に立つことだった。まぁ、防犯目的の門番みたいなもので、開店から閉店までずっと立ち続ける。私は休憩も挟まず10時間以上も外に立っていた。
店長はというと、ディズニーヴィランズから飛び出してきたかのような見た目と性格でそりゃもうめちゃくちゃ怖く、「1mmも動かず立ち続けろ!」と言うもんだから、

やることもなく、

することもなく、

ただ生きるお金を稼ぐために店の前に立った。

本当にすることがなかったわけだが、何かを妄想することだけは私に唯一与えられた自由だった。当時「女優になりたい」なんて誰にも言えなかった夢は頭の中だけでは許されて、時間をかけて考えては時が過ぎるのをひたすらに待った。


街中が浮足立っている12月25日のクリスマスでも、私は相も変わらず店の前で足に根っこを生やしたように立っていた。さすがにこれだけたくさんの人が楽しそうに過ごしているのをみると、羨ましくなってくる。プレゼントを抱えて足早に去る人や、サンタ帽をかぶって笑いあっている人たちと比べると、自分の存在がひたすらに虚しかった。
なんで私は仏頂面で外に立ち続けているんだろう。
もう心は折れかけていた。


日本に帰ろうかと決めかけていた時、前から歩いてくる3人組の男女がいた。

「あの3人組と目が合わなかったら、日本に帰ろう。」
急にそんなことを思いついた。今考えると心底くだらないが、自分自身で帰ると決断することができず、運に身を任せたかったのだ。

目が合わなかったら帰る…日本に帰る…。

距離が10m, 5mと近づく。

3人は話に夢中でこちらに気づかない。そりゃそうだ。何日も石のように立ち続けていた人に覇気なんて全くなかっただろう。気づかなくて当然だ。

3m、2m、1m…

もう通り過ぎてしまうと思った時、私は咄嗟に「メリークリスマス」とつぶやいた。わざわざ話しかけるなんて本当は日本に帰りたくなくて、ただ誰かに存在を気づいてほしかっただけなのかもしれない。けれど何時間もしゃべっていなかった私の声は気づいてもらうどころか、かすれてほとんど声にならず、まさに蚊の鳴くような音が喉を通り抜け地面へ落ちて行った。

一歩、二歩、三歩と3人組との距離は離れていく。

「日本にもう帰ろう。」

そう決めかけた時、ポンっと肩を叩かれた。振り返ると、さっき通り過ぎたはずの3人組。

「ねぇ、あなたさっきメリークリスマスって言ってくれたでしょ?気づかなくてごめんね!!ハッピーメリークリスマス!!」

それだけ言うと3人はまた元の道へ戻っていった。私はあっけにとられ、通り過ぎる彼らを目で追いかける。わざわざメリークリスマスを言うためだけに戻ってきたのか?これが海外の粋な文化ってやつなのか?よくわからないけれど何時間も立たされ続ける生活の中で、初めて自分の存在に気づいてもらえた気がした。

じわり、と目の前が歪んだ。


いまでもこの時期が来るとなんとなく耳を澄ませてしまう。誰かのメリークリスマスが聞こえる気がして。きっと今度は私が誰かに声をかける番だ。

あの時、ボロボロだった私に踏ん張る力をくれた3人が、今も変わらない笑顔でクリスマスを過ごせていますように。


written by:美波すみれ
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instagram @sumire_minami


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