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人間関係:half and half

いいことも悪いことも、二人で分け合える。
いいことも悪いことも、どちらも同じく起こる。
美味しいだけじゃなくて、苦い時もある。
そんなことを学びながら二人で数え切れないくらい飲んだ、1パイントのhalf-and-half。

キラキラした東京に目覚める更に前に遡る。
6年間女子校で育った私は、その間も幾つか純潔な恋をしていたと思うが、
その何倍も自分を成長させてくれた、濃くて純粋で本気でバカみたいに全身でぶつかっていた恋のことを思い出す。

大学生になり、世の中の慣例のごとくバイト先の3つ上の先輩と付き合うことになった。
異性に慣れていない女は特別扱いされると嬉しいもので、みんなで行った旅行先で明らかにずっと私の側にいる先輩をすぐに意識してしまったのだと思う。
夜中に抜け出して斜面に寝転んで、満天の星空を見ながら色々なことを話したはずだ。
その星空は、世の中にはこんなに美しくて希望に満ちた光景があるんだと、比喩ではなく心が震えていた。

残念ながらその時の会話は何も覚えていないし、ピュア真っ盛りだったのでキスも何もしていない。だからこそ、目に焼き付いた光景ばかりが思い出される。

覚えようとしていないものこそ、時としてとても強い。

ほのかに明るくなってきた空を背にコテージに戻ると、その先輩を好きだった女の子が他の女の子たちに慰められて泣いていた。
その時に、ああ、女はこうやって女を味方につけるんだなと身を持って学んだ。
まあ、その女の子が先輩を好きな話だって聞いていて、何なら応援しようって思っていたのだから、その時の悪者は本当に私だったのかもしれないけれど。

話を戻そう。周りをざわつかせながら晴れて付き合うこととなった私たちは、合計4年ほど付き合った。
いつも輪の中心にいて人を笑わせているその彼は、二人になるととても穏やかだった。
穏やかというよりも、必要な休息をそこで得ているように思えた。
私はというと、いつも人を気遣って生きている彼が、私には気を許してくれていることがただただ嬉しかった。好きな人間に必要とされることが何よりも。

当時通いに通った、渋谷のスペイン坂にあるカフェ、人間関係。
雑多な雰囲気、タバコの煙、使い古されたテーブルがぎゅっと詰まった空感。自分たちの居場所はどこでもなくて、でも圧倒的にここにあった。というか、どこであっても彼がいればよかった。本当にそんな時期もあった。

ここでは楽しい話もたわいもない話も致命的なケンカも数多くした。
あんな空感で泣いたり怒ったりなんかしたら、きっと隣の人たちは聞き耳を立てていたに違いないから、この上なく周りが見えていなく、恥ずかしく、そして若くて輝いていて、尊い。

お酒の種類なんてまだ多く知らない女子大生は、ビールだって本当に美味しいと思っていたかも分からない。
ましてギネスなんて、苦くて重くて、あの頃の自分には絶対入れない方が美味しかったはずだ。
それでも、二つが混じり合っていることが、少し大人ぶっていることが、彼と同じものを飲むことが、あの頃の自分にとっては大切だったのだと今なら思う。

「うー苦い、美味しい、、」「ほんとかよそう見えないよ笑」というお決まりのやりとりで、食事をいつも始めていた。
二人だけの合図になるような行為は、幸せな時が過ぎるといつだって切なくて苦しいものになって、思い出として取り扱うのが難しい。

家庭であまり自信を持ちながら育たなかった私は、
ケンカの度に「あなたには私より良い人が絶対いる」といったニュアンスのことを言って離れようとしていたように思う。
その度に、君といるのが幸せで、君が良いんだから、そういうことを言わないで自信を持って一緒にいて、と言われていた。自ら絶とうとした絆を、彼が手放すことはなかった。
君のままでいいと言われることが、そのままの自分を受け入れてもらえることがこんなに嬉しいということを知った。

今、私が自己肯定感そこそこ高くそこそこハッピーに生きていられるのは、
彼が人間と向き合う最低限の心構えをたくさん教えてくれたからだと本気で思っている。

きっと彼は何かを教えようとしていた訳ではないはずだけれど、全身全霊で好きだと気持ちを伝えてくれる人を目の前にすると、人間は何かを感じるのだと学んだ。

一度だけ、そう信じて止まなかった絆を、彼が手繰り寄せてくれなかったことがあるけど、それはまた別の機会に。

そうして、彼の趣味は徐々に私に会うことになり、
就職してからは私と結婚するのを心待ちにするようになり、私はというと女子大生後半で華やかな世界に少し足を踏み入れ、広い世界を知り、彼に物足りなくなっていった。

そうやって、総じて良くある、けれども本人たちには重大な歪みをきっかけに、私たちはほろ苦い別れを迎えた。
その時は、あんなに指を絡ませて握り合った手をもう握ることはないんだと、他人事のようにもう一人の自分が思っていたように思う。
寂しさはあったが悲しみをあまり抱かなかった私は、あの瞬間は自分のことしか考えていなかったはずだ。身勝手なことに。

それでも、未だに年に一回は、あのカフェに向かう。
苦いビールをさらに苦くした、金色に黒が混じった、そんなお酒を飲みながら、少しの間だけそんなことを思い出す時間があっても良い。ひっそりと、彼に感謝しながら。

今回は、お酒よりも彼のことを思い出す時間が長い文章になってしまった自覚があるけれど、
そんな思い出がある自分の人生も愛でて生きていこうと思う。

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