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あのあえぎ声は風にのって

向かいの保育園は、週末は静かだ。

園児が壁に描いたのだろうか、カラフルないも虫のような何かが可愛くもあり、不思議でもあり、ちょっと不気味でもある。静かであればあるほどいも虫の笑顔は所在なさそうに漂う。

梅雨前のいい気候なのに、私は荷造りをしながら、顔を見に来るといった恋人を待っていた。
体を爽やかに撫でるような風が吹き、部屋を通り抜けていくのが分かる。

この自粛期間に、一緒にどれだけの映画を観ただろう。
1日に3本も映画を観るなんてこと、学生時代でもしたことがない。
どこにも行けない、けれど隣には非現実のように部屋着の恋人がずっといた。「のように」というか、本当に非現実な生活をしばらくしていた。

映画の好みが致命的に合わない私たちは、それでもお互いが好きな映画を一緒に見ていた。
恋人が好きなSFやアクション満載の映画を見て、開始10分で眠ってしまうことも多々あった。それでも、背面に恋人の体温を直に感じながら眠りに落ちるのが幸せで、全く苦ではなかった。私が眠り姫なおかげで、映画の趣味が合わなくとも仲良くいられる。

今は夢のような同棲期間が終わってしまって、夢の余韻を1人で味わうようにしながら、その部屋に一人で住んでいる。
泣ききって笑顔で送り出したせいか、思ったよりも涙は出ない。涙が出るから悲しくなるのか、悲しくなるから涙が出るのか、今のところ前者に揺れているため、涙を不意に流すことは控えている。

2つ並んだままの歯ブラシやスリッパを見てたまに感傷に浸ることはあるが、今までの日常に戻っただけで、ボーナスポイントを確実に貯めたのである。

日常に戻って最初の週末、自粛が明けたらいつか一緒に行きたいと言っていた近所の有名そうな洋菓子店で、恋人はメロンのショートケーキとコーヒークリームのロールケーキを買ってきた。2つ用の箱もあるんだ、小さくてかわいいね、中身はもっとかわいいぞ~と嬉しそうに話しているが、この人はわたしを娘だと思っているようにも見えた。何なの、あなたは娘にも欲情するの?変なの。でも嬉しいからつられて笑う。

メロンのケーキを大事そうに食べる私を、可愛い可愛い言っている。私は、それをわかって、可愛く見えるように笑顔を交えて食べる。好きな人の前であざとくて何が悪い。

コーヒーのケーキには、コーヒー豆を模した小さなチョコレートが一つ刺さっていた。チョコレートを口に咥え、キスをせがむ。その先をしたくなるようなキスに変わった瞬間、お互い我に帰りケーキを食べる仕事に笑いながら戻る。だがこの男は自分で食べるよりもわたしが食べることを見守る方が何倍もいいらしい。あんまり食べてくれない、いいけど。

恋人は口に出して愛情を伝えるタイプではあったが、一口食べるごとに、ねえ、本当に好きだよ、と言ってくる。どうしたの?と言っても、分かってるか心配になって伝えたくてと、何度もそれを繰り返す。

ケーキを食べ終わり私を膝の上に乗せながら、おそらくものすごくたくさんの愛の言葉をもらったと思う。こういうのを録音をしておけばきっと辛くなった時に命を吹き返せるのだろうが、「たくさんの愛情をもらった」という事実は確実に残るけれど、一つ一つの言葉は案外思い出せない。ものすごくもったいないけれど、細かく覚えていられないのだから仕方がない。

「する?」
「くっついてたらしたくなっちゃう」
「じゃあシャワー浴びよっか」

この男は、私がしたくなることを確実にわかってこの茶番を仕掛けてくる。日常を経験してみたからこそ、それでも欲情してくれることは何よりも嬉しい。

もちろん私は、仕掛けられる前から当然恋人とはいつもしたいけど、そんな風には見せていないつもりだ。そういうところは可愛くない。

裸でキスをしながら、お互いの性器を触り合いながら、息を切らしてたくさん思い出話をした。

映画すごい観たね。1日3本とか観たね。ゴールデンウィークは毎日セックスしたね。片耳ずつイヤホンつけて走ったね。手料理ではオムライスが一番好きだったかなあ。雷聞きながらお昼寝したね。なんであの日は肉まん食べた直後に寿司食べたんだろうね。どこにも行けない日々だったけど、毎日ずっと一緒に寝られて、嬉しかったね。幸せだったね。夢みたいだったね。

これは本物の別れではないと分かってはいるけれど、これからまた来る本格的な遠距離の再開がどうしてもちらつき、それでも頑張ろうねと言いながら、少し無理して微笑みながら、思考を閉じて、じわじわとせまる快感に心を切り替える。複雑な恋愛してると、そういう技使うとき、あるでしょ。

最近は、自分の今までの習慣よりも声を出すようにしてみている。窓だってちょっと開いてる。向かいの人気のない休日の保育園にあえぎ声が届いているかと想像して、さらに熱くなる。

お腹に射精する最中にしごいてとせがまれるから素直に従うが、そうすると手には彼と私の混ざり合った体液がぐちゃぐちゃに絡みつく。最後のそれがあまりにも生々しくて、よく自分のここからこんなに液体が出るなと思う。だってタンポンを入れるときはあんな細いものでも痛いのに。
恋人のそれを入れるときは、濡れてなくてもいとも簡単に入ってしまう。まあきっと、侵入を予感して中はすぐに整っちゃうのかもしれないから、軽率な身体だ。

ふわふわと寝たり起きたりしながら、最後は恋人を見送った。
離れて最初の週末は、どうやっても寂しいことは目に見えていたから、彼なりの行動なのだと思う。

この自粛期間と重なる普通は起こりえない同棲生活と、愛情を緊急注入しに来てくれた何気ない日を、お守りのように抱えながらまた始まる遠距離に臨むんだろう。
「たくさんの愛情をもらった」事実は揺るぎなくここにあるのだから。

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なぜか激しいEDMがずっとかかっている八百屋さんも、多分いやらしい目で見られてたけど気のいいお肉屋さんも、私たち2人を夫婦として見守ってくれていたクリーニング屋のお母さんとも、そろそろ本当にお別れだ。

誰にもお別れなんて言わないけど自分だけがそれを分かっていて、またねって言いながら心の中ではまたねが起こりえないことを悲しんでいる。それはもしかして、恋人に対してだってそうかもしれない。

いつかこの恋を終わらせるのだとしたら、やっぱり自分から終わらせてやりたいと、相手のことを真に愛してはいないような考え方が浮かぶ。

でも、やっぱり、考えても結論は変わらない。
さよならの主導権は、譲りたくない。

開いた窓から抜けていった私たちのあえぎ声は、カラフルないも虫の耳に少し届いて、またどこかに行ってしまった。

#恋愛 #東京 #日記 #エッセイ #写真 #小説

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