ニューハーフがマッチングアプリで知り合った男性とデートした話

マッチングアプリの性別欄に私は『女』を選択した。当時は戸籍上の性別は男性で、本名も生まれた時に父がつけてくれたイカつい男らしい名前のままだった。なんならオチンチンもオプションサービス中。だけど髪は長いし、普段は化粧もする。心の性別も女。よくこんな私みたいなタイプに対して「騙された」なんて言葉を使われることがあるが、私は自分に正直にした結果がこの選択だったわけで決して騙してるつもりはなく、むしろここで『男』を選択することの方が自分に対して騙す行為になる。けどこんなことはただの屁理屈だという自覚はあるので、この屁理屈をそのまま受け取ってくれたらなと思い、『女』のままマッチングアプリの登録を完了させた。

登録後、何十件とメッセージが来た。「飲み友達探してます」から「割り切った関係に興味ありませんか?」など内容はいろいろ。「おっぱい見せてください」ってのもあった。その中のいくつかだけに返事を返し(おっぱいは見せませんとか)、ほとんどのメッセージは削除した。そんな返事を返した中のまともな一人となんとなく会話が続き、返事を返すのがいつの間にか日課となり、やりとりを始めてから1ヶ月後、二人で食事に行くことになった。

同世代の優しい印象の人。どれくらい優しいかと言うと、私が「明日なら暇やで」と言うと予定を空けてくれる人。「どこ食べに行こっか、何が好き?」の彼の問いに私が「貝!」と答えると、海鮮とかではなくピンポイントに貝の専門店を見つけ、店を予約してくれるくらいの人。

当日、夜の7時。待ち合わせ場所に行くとすぐにどれが彼かは分かった。初めましてなんてのは無かった。1ヶ月毎日やりとりをしてたので「お待たせー」と言うのがなんか自然な感じがした。初対面なのに意外と私は緊張とかはしなかった。それはたぶんこんな私にあれこれ合わせてくれるような人だったからだと思う。

二人して手をベッタベタに汚しながら食べにくい貝の身をほじくり食べた時間は楽しかった。食後に外を散歩して、オシャレなカフェでケーキとカフェラテを飲んだ。

「貝おいしかったー、外でご飯とかすると私普段、料理とか全然しやんからもっと作れるようになりたいなって思うわ」「ならSちゃんよりも俺の方が料理するんかもな」「普段何作るん?」「カルボナーラとか」「カルボナーラとかガチやん、食後やけど単語だけでもうお腹減るやつやん」「今度食べに来る?」「ベーコンめっちゃ入ってるなら行く!家にあるパスタ全部食べる!」

毎日メッセージのやりとりをしてたのに会話は全く止まらなくて、あっという間に終電の時間になった。そして後日、話の流れで本当にカルボナーラを食べに彼の家に行くことになった。


男の家に行く。もしかしたらそういう可能性があるかもしれないという気持ちも一応、私にもある。だが絶対にその可能性は潰さないといけない。なぜなら私にはオチンチンがあって、相手の男にそのことを伝えてはいないから。なのでナニかあった場合、すぐに部屋から逃げ出せるように当日は履き脱ぎしやすいスニーカーを履いてきた。だが最寄駅に迎えに来てくれた彼に連れられて、10分ほど歩いた先の家に着く頃には帰り道を忘れてしまったので正直『詰んだわ』と私は思った。

ナニもないことを願いながら家に上がる。家にはまるまるとした可愛い猫がいた。そういや前に猫を飼ってると聞いていた気がする。猫は猫タワーの上で寝そべりながら私のことを見下し、垂らしたシッポをぷらぷらと挑発するかのように揺らしていた。「この性格悪そうな感じ、絶対メス!」そう確信してたのだが、どうやら男の子だったようだ。あとで降りてきた猫の後ろ姿を見ると足の間に大きなキン玉を付けていたのだ。「立派だね」と感想を言うと彼に「女の子がそういうことを言わないの」と言われた。心の中で『いや旦那、私も同じの付いてるんで尊敬の意味も込めてるんっす』と思ったが、流石に口にしては言えなかった。

その日、結論から先に言うとナニかはあった。カルボナーラを完食し、一緒にテレビを見ているとガチの睡魔にやられてしまいウトウトした私に彼が「眠い?ちょっと寝る?」と声をかけてくれた。これはどっちだ!?見たまんまの優しさなのか、『眠たいふりして誘ってきた女の意図を汲み取る俺』みたいな展開だと思ってフラグ回収的な感じで言ってるのか!?正直本当に眠いので前者だと嬉しいが、どっちだ!?なんて葛藤が一瞬よぎったが優しい彼のことだ、前者で間違い無いだろう。

「このままちょっと横なって良い?」と低いテーブルの下に体を入れて、私はそのまま横になった。彼はブランケットを私にかけてくれたあと、その場から離れた。その後、奥から食器を洗う音が聞こえた。食事を作ってもらったのに、ベーコンいっぱい入れてくれたのに、洗い物もせずに寝だすとか私ってほんと最低だな、と思いながらも水の流れる音やテレビの音が心地よくて意識が遠のいていく。

目を覚ますとテレビは付いたままだった。彼の姿は見えない。洗い物は終わったようだった。私はトイレに行こうと体を起こすと、私の寝ていた真後ろで彼が寝ていたことに気づいた。彼は私との間に少し感覚を空けて、テーブルの端ギリギリに体を入れ込み、腕を曲げて枕にして寝ていた。大きめのブランケットを一緒に使っていたらしく、私が起き上がるとブランケットがめくれて彼は肌寒そうに体を少しだけ丸めた。

とりあえずトイレに向かう。これはどっちだ。男女間のフラグみたいなのが立ってるのか、違うのか。そういう雰囲気になる前兆なのか。なるのは困る。だが正直言って彼のことは気にはなってる。でなければ家にまで来て彼の作ったカルボナーラを食べようとは思わない。カルボナーラが食べたいだけなら買う。自分では作れないので買う。私はそういう女だ。だがそういうことになる前にちゃんと彼に『お宅の猫と同じのが付いてます』とは言っておきたい。だがそれは今じゃない。どうするのが正解か。寝起きだし、眠たいし、考えもまとまらない。とりあえず彼はまだ寝てるので私ももう少し寝たい。

ということで私は再度寝るべくトイレから戻るとさっきと同じ場所に入ってブランケットをかけ直した。彼を背にしてまた横になる。すると彼がもぞもぞと動きだした。起こしたか?すると彼は私の方に近寄り、そして私に体をくっつけそのまま後ろから私を抱きしめた。

『寝たふりではありません!誘ってるわけでもありません!家に来た女がみんなそれを許すとは思わないでください!』そんな風に思ったが、それを言う度胸はなかった。抱きしめられて嫌なわけではない。男の家に行くということが、そういう可能性があることもわかってる。だがそれは今じゃない。簡単にカルボナーラに釣られるんじゃなかった。

気になってる相手だし、優しい人なのも知ってる。だがもし今日、そんなことになってサプライズパーティーに発展しても、そんなものは誰も望んではいない。彼に私のクラッカーなる下半身を見せるのは今じゃない。

ただ沈黙が続き、私は意識を無にして時が経つのをただ息を潜めて待った。抱きしめた彼はその後もナニをするでもなくただじっと私にくっついてるだけだった。そんな気はなかったか、度胸がなかったか。なんにせよ私には都合が良かった。

数分後、何もないことに安心して私は言った。「今何時?」「ん?」私から体を離した彼がスマホを取って言った。「夕方の6時過ぎ」「そろそろ帰ろかな」「なら駅まで送るわ」

帰り道、二人とも抱きしめられたことには触れなかった。気まずいわけでもなく、ただたわいもない話をして駅で別れた。

そんなことはあったが、それからもやりとりは続いた。アプリのメッセージだったのはLINEに変わってたし、時間が合う時は頻繁に電話もした。だが色っぽい会話はなく、ただ普通に仲のいい男女といった感じだ。だが前回のキン玉猫ハウスでのカルボナーラお昼寝事件のこともあり、次会う時にはと私は覚悟を決めていた。カミングアトをする決心だ。そしてまた彼と食事をする日が決まった。


その日はいつも以上に女に見えるようにと私は意識した。前日に美容室にも行ったし、メイクも頑張った。服も持ってる中で一番女子力が高そうなものを選んだ。キン玉も着圧ストッキングで締め上げ隠した。完璧だ。

その日、食事をしたあとまたカフェでお茶をしようと言う話になったので店に向かって歩いていた。その最中、彼が手を繋いできた。驚いて繋いだ手を私が見ると「あかん?」と彼は聞いた。「あかんことはないですが」と私は返すも、『この後カフェでカミングアウトするつもりなんですが』というなんとも複雑な気持ちになった。

カフェに入って1時間ほど経った頃、私はようやく本題に入った。「実は話したいことがあんねん」そう言った私に彼は不安そうな顔をした。

「なに?もしかして彼氏おるとか?」「ちゃう、彼氏はおらんw」「え、結婚してる?」「そう言う意味じゃないw」初めて会った時は緊張なんかしなかったのに、ここに来て私は少し緊張した。だけどちゃんとはっきり言わないと。冷めたホットカフェラテを一口飲んだあと、テーブルにおいたカップを見ながら私は言った。

「私、実は元々男やったっていうか、ニューハーフっていうか、そう言う類のなんていうか、あれやねん」めちゃくちゃ歯切れが悪かった。顔を上げると彼は漫画みたいに口を開けて言葉にならないような「へ?」という音を口にした。

「ごめんな言ってなくて」「いや、そうなんや、へー。え、ほんまに?」「ほんまに」「全然気づかんかったわ」「いや気づかんくて良いんよ、いや気づかんくて良いんわ私だけか」「いやそういうもんなん?ちゃん?」「どうなんやろ」お互い笑いはしてたが気まずかった。口元だけが笑ってる風で視線はお互い直視できず、あちこち関係ない方へと向いている。

だがカミングアウトはできた。気になる相手と手も繋いだし、抱きしめられてお昼寝もした。きっと私が普通の女だったなら問題のないこと。彼は優しい。大丈夫。あとはこれからをはっきりするだけ。私は言った。「まぁそんな感じなんやけどそれでも良かったらまたLINEしたりご飯行ったりして欲しかったり、って感じやねんけど嫌やったら全然あれやしけど嫌じゃなかったらっていうかなんていうか、、、」全然はっきりならなかった。だが彼は「またご飯行こな」と言って優しく笑ってくれた。


帰りは彼に家の近くまで送ってもらった。駅までじゃない。これはあれだ。『勝ちです!』家に帰りメイクを落とす私はこの関係に勝利を確信していた。メイクがお湯に流れるのと一緒に、つっかえてた隠し事もスッキリ洗い流せてるようだ。「そっちはそろそろ家に着いた?」の私のLINEにもすぐに「もうそろそろやで」と返ってくる。もうこれは付き合うわ。彼氏できたわ。次はお手手繋ぐ以上のことになるわ!そう思っていたが、その日を境にお手手をつなぐ以上のことはなかった。それ以前に彼からの連絡が途絶えたのだった。

あっけなかった。翌日も、その次の日も。あの後、私が送ったLINEを最後に未読のまま彼からの連絡は返ってくることがなくなった。カミングアウトをしたことで女に見えなくなったか。飼ってる猫のキン玉が彼に意識させてしまったか。自分に素直になっても、相手を騙してるつもりはなくても、どう捉えるかは相手の方。そのことを身をもって私は実感した。

今思っても彼は優しい人だった。だから何も言えず、嫌とも言えず連絡を返さないという選択に至ったのだろう。誹謗中傷されたわけではない。またご飯に行こなと言った彼は優しい笑顔をしていた。彼は優しい。優しいからこれ以上のことがないうちに消えたのだ。私はそう思うことにした。

気にはなっていた人から連絡がなくなったが思ったよりも悲しいとかは無かった。こんなもんかとあっさりしていた。だが全く悲しくないわけでもないので自分が招いた結果だと思い受け入れる。こういう展開が初めてなわけじゃないから馴れてきているのかもしれない。

数打ちゃ当たる。けどまぁきっと次の人は受け入れてくれるだろう。安易な考えだがそんな風に気持ちを切り替え、私はまたマッチングアプリを開いた。カミングアウトをした相手に「だまされた!」と逆上されて暴力を振るわれるなんて話も聞いたことがあるし、結果的に私には物理的なキズが無いだけマシかと今回のことを参考に、私はマッチングアプリの自己紹介の欄に『好きなタイプ:優しい人』と付け加えた。

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