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映画「ミュンヘン」2005年アメリカ

映画「ミュンヘン」は、「事実に基づいた物語」と紹介されています。
史実に基づくということであれば、決して無駄にはならないと思いますので、ユダヤ人とアラブ人の歴史について、おおまかな流れだけはお勉強してみました。

まず白状しておきます。

去年の10月7日に、ハマスによるイスラエルへの一方的武力攻撃がニュース報道された時、「こんなの先に手を出した方が悪い決まってるじゃん」と決め打ちして、イスラエルを擁護するコメントを、SNSにアップする気になっていましたね。
しかし、いざ書こうと思うと、根がビビりなもので、世の中の意見も聞いてみようかという気になります。
すると、事件が時間がたつにつれて、世論もハマスを一方的な悪とはみなさないという見解が拡大していくことに気が付くわけです。
「これはどうしたわけだ」と、小心者の正義感としては、その背景が気になり出して来るわけです。

今回のイスラエル-パレスチナ問題の背景にあるのは、ユダヤ人とアラブ人による民族問題です。
第一次から第四次までつづく中東戦争くらいは、近代史の暗記項目としての知識はありました。
しかし、それはやはり、所詮地球の裏側での出来事で、世界史の1ページという認識でしかありません。

ユダヤ人は、かつて現在のイスラエルの地に国家を作って住んでいた時代があります。
紀元前6世紀頃までですね。
しかし、彼らはローマ帝国に攻めこまれ、抵抗はしましたが、力及ばず、結局その地から強制的に追放されてしまい、世界各国へ散り散りバラバラになってしまいます。
これを、ディアスポラといいます。

やがて、彼らが去ったこの地に定住し始めたのが、周辺のアラブ諸国からやってきた人たちです。
彼らは、その地に、以降2000年もの長きにわたって住み続けることになります。
そして、ユダヤ人たちにとっては、世界に散らばって「よそ者扱い」を受けざるを得ない受難の歴史が続くわけです。

19世紀になって、フランスで起きたドレフュス事件という、ユダヤ系軍人の冤罪裁判を取材したテオドール・ヘルツルが、もはやヨーロッパに、ユダヤ人安住の地はないと、シオニズムを提唱。
イギリスはこの動きを推奨し、ユダヤ系のロスチャイルドの支援を受けながら、バルフォア宣言を発表します。
もちろん、こんなことを勝手に決められてたまったものではないのが、既にそこに住んでいるアラブ人たちです。
ところが、したたかなイギリスは、ユダヤ側には内緒で、アラブ側ともフセイン・マクマホン協定を結び、双方ともこの地に建国を約束し、しかも実際はフランスとも裏取引をするという三枚舌外交を展開するわけです。
もちろん現地では、シオニズム運動の盛り上がりの中、多くのユダヤ人がイスラエルへと向かい、当然のように現地ではアラブ人との小競り合いが始まります。

しかし、普通に考えて、2000年も前に自分たちの国だった土地に、元住民が戻るのだから、今住んでいるアラブ人は出て行けというのは如何に何でも無理筋です。
契約などない時代であったにせよ、2000年もそこに住んだ実績があれば、その地の居住権は常識的にはアラブ人のモノ。
ユダヤ人たちの主張は完全に賞味期限切れと考えるのが妥当でしょう。

ところが、ここで、世界史を揺るがすあの大事件が起こったわけです。
そう、ナチスによるホロコーストですね。
人類史上類のない大虐殺を経験したユダヤ人たちに、国際社会は完全に同情してしまいました。

自分たちで火種をまいておいて、収拾がつかなくなったイギリスは、この問題を、当時発足したばかりの国連に預けて、さっさと撤収してしまいます。

国連は、両陣営を棲み分けして、それぞれが独立国家を作る提案をしましたが、これが国際世論を反映して、明らかなユダヤ人びいき。
人数的な割合を無視した、この国連案に、アラブ陣営(パレスチナ)は、当然納得できません。

やっと国連承認のもと、自分たちの「約束の地」を手に入れたユダヤ人たちは、1948年に、さっそく念願のユダヤ人国家イスラエルを建国。
しかし、この建国と同時に、周囲のアラブ国家はタッグを組んで、イスラエルに戦争を仕掛けていきます。

これが、第一次中東戦争になります。

最初は押し込まれていたイスラエルでしたが、国連が提案した4週間の休戦中に、第二次世界大戦で使われた多くの中古の武器を、得意の商談で、各国から獲得して戦闘能力を増強。
休戦が明けると、一気に劣勢を挽回して、戦争に勝利してしまいます。
破れたパレスチナ側は、さらに多くの領土をイスラエルに持っていかれてしまったわけです。

第二次中東戦争は、スエズ運河をめぐる攻防。1956年に勃発しています
この戦いに自国の利益のために噛んできたイギリスとフランスは、スエズ運河の利権を獲得できずに撤退。
イスラエル側は、チラン海峡の自由航行権を獲得し、エジプトがスエズ運河の権利を手中にしました。

1967年に勃発した第三次中東戦争は、先の先を読んだイスラエルの完全な奇襲で幕が上がりました。
もちろんこの間にも、細かい小競り合いが続き、パレスチナ側の戦争への動きを察知したイスラエルが先手を打った形です。
完全に主導権を握られたパレスチナ側は、なすすべなくゴラン高原やシナイ半島、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区などを制圧されてしまいます。
わずか6日間で決着がついたため「六日間戦争」とも呼ばれています。
これにより、多くのパレスチナ人たちが、さらに狭い地域に、ぎゅうぎゅうに押し込まれて行くことになります。

やるたびに負けて、そのたびに、どんどんと領土を奪われているのだから、いい加減やめればいいと思うのですが、それが反対に憎悪の炎となって「やりかえす」ことしか考えられなくなるのが当事者心理というもの。

そしてパレスチナ側でこの時期に結成されたのが、「黒い9月」です。
このテロ集団が、1972年に「ミュンヘン・オリンピック事件」を引き起こすことになります。

この後1973年に起こるのが第4次中東戦争。
負けっぱなしのパレスチナ側は、ここでは意地を見せます。
初戦においては、イスラエル軍を圧倒します。
最終的には、イスラエル軍の軍門に下りますが、この戦いでアラブ側は、彼らにとっての天下の宝刀オイルの輸出制限戦法を引っ提げて、イスラエルを支援する国に揺さぶりをかけます。
この結果、この年に日本でオイル・ショックが勃発したのはご存じの通り。

ついに地球の裏側の紛争が、日本にまで飛び火してくることになるわけです。

オイル・ショックは、僕自身もリアルタイムで経験している世代です。
当時は、もちろん、スーパーの棚からトイレット・ペーパーがなくなる原因が中東にあるなんてことは到底理解できませんでした。

もちろん、この問題は、「第5次中東戦争」ともいえる今回の事態を迎えて、いまだに解決の兆しは見えません。

何がこうなってしまう原因なのか。
個人的にたどり着いた見解はこんなことです。

簡単に言ってしまえば、当事者同士に争いをやめる気など毛頭なく、周囲にも、この争いを本気でやめさせようという国がいないということ。
やはり、利害の絡まない国にとっては、この問題はどこかで所詮「他人事」なのでしょう。
ちょっと首を突っ込めば火傷をする恐れのあるこの火薬庫同士の紛争に介入しても、なんの見返りもないと判断すれば、各国の対応は冷たいもの。
日本よりも、もっと近くの対岸で見ている国際社会は、アリバイ作りのためのコメントと、本気ではない支援と武器供与に終始するのみ。

頭を抱えるのは、いつも国連事務総長であり、犠牲になるのは、いつも当事者たちです。

つまり、この問題に対して、どれだけ良識的な見解を述べようと、反対にどちらかに肩入れをする見解を述べようと、当事者と第三者の間には、常に暗くて深い溝があるということ。
正義に対する定義には、決定的な見解の相違があると思われてなりません。

大切な家族を卑劣な殺人鬼に殺されてしまった遺族のことを考えてみてください。
もちろん、事件そのものはすぐにニュースで報道されるでしょう。
しかし、そのニュースを見ている方は、次のニュースが流れた瞬間に、関心ごとはすぐに切り替わってしまうもの。
しかし、当事者である遺族にとっては、そうはいきません。
おそらく、ほぼ一生そのことが心の傷になることは言うまでもありません。

この温度差が、この問題の本質のような気がします。
この当事者同士の遺恨の上塗りが、隣同士の国で、歴史的に、途切れることなく繰り返されてきたのが、イスラエル-パレスチナ問題というわけです。
そこには、他人が偉そうに口を挟むのを拒絶する、当事者同士にしかわからない怨恨があります。
感情の問題は、もはや理屈や倫理では解決できません。
映画の中で、暗殺チームのメンバーが主人公にこんなこと言うシーンがありました。

「憎しみの数千年は、節度など消し去る」

やられたら、やり返す。
このシンプルな人間の暴力的本性が、両陣営を絶え間なく突き動かしている根源だと思います。

「おまえたちに、俺たちの気持ちが理解できてたまるか。」

当事者の彼らは、国際社会に対して、常にそういっているように思えます。
どこかで、物騒なテロ事件が起こるたびに、第三者としては、またあそこの国と国の喧嘩かと眉を顰めるくらいのことですが、実はそのすべての事件は、彼らにとっては、連綿と繋がってきた、終りの見えないたったひとつの長い戦争が続いているだけだということです。
「報復」「復讐」は、第三者が見ていない間にも、途切れることなく、継続されてきたわけです。

歴史が教えてくれる真実は一つ。

それは、虐げられ迫害を受けて来た民族の怨念は、時間も世代も超えるということ。
この問題の起源をユダヤ人迫害の歴史と捕らえれば、紀元前のバビロン捕囚や、映画「十戒」でおなじみの「出エジプト」までさかのぼれる訳ですから、その長さは人間の歴史とほぼ変わらないわけです。

そして、「黒い9月事件」も、そんな長い争いの歴史の中の、1ページにすぎません。

申し訳ない、前置きが少し長すぎました。
このへんで、やっと本題である映画の話に入らせていただきます。
スティーブン・スピルバーグのように巧みではありませんが、実話がベースである以上、歴史をたどることは少なからず重要な映画の伏線になるなと思った次第。ご容赦を。

さて、映画「ミュンヘン」です。

本作は、2005年の作品。

1972年のミュンヘン・オリンピックの最中に発生したパレスチナのテロ組織「黒い九月」によるイスラエル選手団襲撃事件を題材にした映画です。
スティーブン・スピルバーグは、ユダヤ人です。
その自分の出自と真っ向から向き合って作ったのが、1993年の「シンドラーのリスト」でした。
この映画で彼はアカデミー監督賞を受賞しますが、内容がイスラエル寄りだと批判を受けます。
同じテーマ性を持つ本作では、イスラエル側とパレスチナ側の両陣営に配慮しているのは明白なのですが、今度は、両陣営から事実と違うという批判を受け、彼の作品の中で最も物議をかもす作品になってしまいました。

しかしこれは、スピルバーグ監督自身がこう述べています。

「この作品は、どちらの側に立つとかいう立場ではなく、精神的に追い込まれていく暗殺者のの苦悩を描きたかった。」

これは、スピルバーグの主張通りでしょう。
申し訳ないですが、両陣営の当事者には、この作品をエンターテイメント作品として楽しめる眼は持てていないだろうと想像します。
彼らの目に映るのは、自分たちの立場から見た価値観のみ。
自分たちがどう描かれているだけがすべてで、映画の出来など眼中になさそうです。

しかし、スピルバーグは、大衆娯楽作品の映画監督です。
両陣営の心情は汲みつつも、映画はエンターテイメントとして、多くの観客に受け入れられるように作らなければいけないという監督としての使命を背負っているわけですから、そこはすでに、当事者でありながらも、実際の当事者たちとは立ち位置が完全に違うわけです。
この題材に挑む以上、スピルバーグ監督としては、ある程度のバッシングは織り込み済みであったかもしれません。

監督が言うように、映画のクライマックスに近づくにつれ、暗殺者が次第に精神を蝕まれていく過程が、克明に描かれていく描写は圧巻でした。
主人公が、自分が狙われていることに疑心暗鬼になり、部屋中に爆弾が仕掛けられていないかを錯乱しながら探すシーンが秀逸でした。
フランシス・フォード・コッポラ監督が1974年に製作した「カンバセーション・・盗聴」のラストシーンを彷彿させて、インパクト大です。
スピルバーグ監督がウマいのは、このシーンに、さらに爆弾を製造している仲間の映像をカットバックさせるんですね。
こちらでは、何が起こるのかというと・・・

カットバックの妙といえば、ラスト近くにもありましたね。
妻とセックスをしながら、主人公の眼は、中空をさまよい、完全に違う何かを見ています。
そこにカットバックされるのは、イスラエル選手団9人の人質が、手錠につながれたまま、空港で射殺及び爆殺される壮絶なシーン。
実音はなく、そこに流れるのは悲しげな女性の歌声のみ。
こういう演出を好んで使ったのは、スピルバーグの先輩であるフランシス・フォード・コッポラでした。

映画で描かれるのは、この事件が起きた後、イスラエル政府がその報復のために組織したチームによる、「黒い九月」主要関係者の暗殺作戦です。
これは秘密裏に「神の怒り作戦」と命名され、時のイスラエル首相ゴルダ・メイアが実行にゴーサインを出します。
彼女のセリフはなかなかかっこい。
「決断しました。すべての責任は私にあります。」
日本の政治家なら絶対言わないセリフですね。

暗殺チームは、国からは、巻き添えで人を殺すな。
ヨーロッパ圏にいるものだけを狙え、アラブ諸国に逃げているものに手を出すな。
イスラエルは小国だから、金は無尽蔵には使わせない。使った金の領収書を出せ。

とまあ、いろいろな注文を出され、もちろんメンバーも最初はそれを忠実に守っているのですが、暗殺が成功していくにつれ、次第に彼らの中の人間性も破壊されていくことになります。

最初の暗殺は、アパートのエレベーター前での銃殺。
当局の指示を守って、まずは無難に成功させます。
ターゲットが買い物袋の上に倒れこんで、牛乳瓶が割れ、血と混ざるというのがなかなか映画的な殺し方。
仲間が確認しに行くと、死体から、まだ湯気が出ているという演出もスピルバーグ的でした。

暗殺の目的上、目立った殺し方が望まれる為、二人目のターゲットには、爆弾が使用されます。
首尾よくターゲットのオフィスの電話機に、爆弾が仕掛けられます。
このシークエンスでキーになるのは、ターゲットの娘です。
スピルバーグの少女の使い方は、「シンドラーのリスト」でも秀逸でしたが、この映画でもなかなか。
サスペンスの伏線とはこういう風に張るものだというお手本のような演出がありましたね。
ご確認を。
しかし、爆弾担当メンバーのミスで、即死に至らず。(後に病院で死亡)

次の爆殺は、ホテルのベッドに仕掛けられました。
ベッドに人間の重さが加わると爆発するという仕組みです。
主人公は階下のフロアで控えますが、スピルバーグは、ベランダ越しに、そのフロアの隣人模様をさりげなく紹介。
すると今度は、爆弾の量が多すぎて、階下のフロアにも被害が及んでしまいます。
ここで、ベランダの人間模様が効いてきます。この辺りも上手いところです。
そして、ターゲットが爆死したことは、天井からダラリと垂れ下がる血だらけの手でせることで表現。
しかし、なんとかターゲット以外の死者は出さずにミッション終了。



情報屋から標的のうち3人がレバノンのベイルートにいるという情報をもらったメンバーたちは、アラブ圏では暗殺をするなという指示に逆って、当局にベイルート入りを認めせます。
現地のイスラエル軍と一緒に、PLOと一緒にいた3人を写真で確認しながら銃殺。
相手がPLOということで、ここでは派手に巻き添えも発生します。
暗殺が進むにつれて、メンバーのテンションも上がっていきます。

主人公は、情報屋ルイのボスである「パパ」に面会を求められます。
このパパが、どこかで見覚えのある顔でした。
気になって調べたら、マイケル・ロンズデールという俳優。
どこで見たのかというと「007ムーンレイカー」の敵役サー・ヒューゴ・ドラックスが彼でした。この時は、まだだいぶ若かったですが。



情報屋ルイに、次のターゲットの情報を聴くシーンで大写しになる映画館のポスターがありました。
こういうのは気になります。
ポスターの映画は「ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚」でした。
反応したのはベルモンドではなく、実は共演女優のラウラ・アントネッリです。
彼女の肢体と名前も、しっかり確認できたので、彼女をミューズとして崇めている僕としては、おもわずニンマリ。
もちろん、1972年のフランス映画です。
この辺の小技も、スピルバーグの抜け目のないところ。

次の暗殺作戦はアテネ。
ルイが用意したアジトでは、なんとPLOのメンバーと鉢合わせになってしまいます。
自分たちをユダヤ人とは言えない、メンバーは、ETAを名乗ります。
ETAは当時、バスク地方の分離独立を目指す民族組織で、テロ活動を頻繁に行っていました。
自分の素性を偽ったまま、主人公は、PLOのメンバーに質問をぶつけます。

「あんたたちは、なにもないあんな土地に戻りたいと思うのか?」
「ああ、心からそう思う。俺たちには、世界革命なんて正直どうでもいい。
 ただ自分たちの国を樹立したい。祖国こそがすべてだ。」

これはユダヤ人である主人公にもグサリと刺さります。

ターゲットに仕掛けた爆弾はなんと不発。
メンバーの一人が、手動の爆弾を持ってターゲットの部屋に捨て身で突入し、目的は達せられますが、ここでは、ロシア人のスパイも殺してしまいます。

ロンドンで、メンバーは、「黒い9月」の首謀者である最重要ターゲットのサラメを発見。
しかし、アメリカCIAの妨害にあい、暗殺は失敗。
彼らの行動は、各国のスパイからも次第にマークされ始めます。

そんな中、主人公にハニートラップが仕掛けられます。
愛する妻がいる彼には、これは通じませんでしたが、メンバーの一人がこの魔の手にかかり殺されてしまいます。

ついにメンバーの中に犠牲者が。
彼らは、祖国からの命令にはない殺人を決行します。仲間の弔い合戦です。
メンバーは情報屋から、この女の居場所を聞き出します。

チームは、女の家を急襲。
吹き矢型の銃を使用して、女を全裸のまま殺します。
主人公は、その裸体にガウンをかけてやりますが、とどめを刺したメンバーが、再びそのガウンをはぎます。
そのやり取りの間中、女スパイのアンダーヘアが出だり隠れたりするのですが、暗殺者の葛藤の方が前面に出ていて、全然いやらしくならないのがこの監督の演出のスゴイところ。
並みの監督なら、こういうサービスカットは、あくまでもサービスとして、かなり唐突に差し込んでしまうもの。
それを、きちんと映画の文脈の中で、必然性を持って忍ばせてしまうのが、この監督の名人芸です。

しかし、女にとどめを刺したメンバーも、何者かに刺殺されることに。
暗殺は、次第に報復合戦になっていきます。

次第にエスカレートする彼らですが、それでも、チームはイスラエルでは国家的英雄になっていきます。
しかし、この頃には、完全に彼らに笑顔はありません。

主人公は、もはや国家すらも信頼できないところまで追い詰められていきます。
そんな彼にとっての、唯一信頼できるホームは家族のみ。
妻と一人娘は、主人公が会いやすいように、ニューヨークに移住しています。
しかし、この家族にまで暗殺者の影が忍び寄ってくると・・

映画の中では、ミュンヘン選手村のイスラエル選手宿舎の襲撃シーンが、絶妙なタイミングでカットバックされていきます。

テレビ中継に映し出されるモニター映像は、当時のニュース映像がふんだんに使われており、スピルバーグは、現実に起こったことを、丁寧に忠実に再現していきます。
このあたりは、ドキュメンタリー・タッチで緊迫感がむんむん。
とにかく、スピルバーグは、「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」以降、殺人シーンには徹底的なリアリズム演出をするので、度肝を抜かれます。
テロ集団の侵入に、最初に抵抗して射殺されるレスリングのコーチも、発砲、着弾、出血までをワンカットで撮るので、ドキリとしてしまいました。
スピルバーグは、昔から以外にグロい演出が好きな監督だと思っていましたが、ショック映像の使い方は実に巧みです。
ちなみに、このレスリングのコーチを演じたのは、実際に殺された人物の実の息子だそうです。



映画のラストは、ニューヨークのマンハッタン島対岸の公園です。
イスラエルは、自分たち家族の命も狙っているのかという「答え」を持って、上司が訪ねてくるシーンです。

上司の最後の一言の後、二人が別れながら遠景になると、対岸に、貿易センタービルが建っているのに気づきます。
もちろん、このシーンが撮影された2005年には、ここには存在していなかったはずのビルです。
このビルを崩落させたのは、パレスチナによる同時多発テロ。
これでラストシーンの意味合いが、一段深くなるという仕掛けです。
当然、ツインタワーは、撮影後にCG合成をしているのでしょうが、個人的には、こういうさりげないCGの使い方の方が好みですね。
この「神の怒り作戦」以降も、イスラエル-パレスチナ問題は、終わることなく、延々と続いていくという象徴にもなっているわけです。



そうそうチームの中で、主人公と共に最後まで生き残るメンバーが、後に007役でブレイクするダニエル・クレイグでした。
イスラエル系のキャストで固めた配役も秀逸で、知っている俳優は、ダニエル・クレイグ以外はほとんどいませんでしたが、それがリアルでした。
細かいところにまで、スピルバーグ監督のこだわりが及んでいるような気がします。

さて、話を冒頭に戻します。
去年の10月7日に、パレスチナ側のハマスが、なぜ突如イスラエルを攻撃したのか。

武力で戦争をしても、今のイスラエルには到底勝てないことを、ハマスは理解しているはずです。
軍事力の圧倒的な差を、どこの国よりも身に染みているのは彼らだからです。
それなのに、なぜ彼らは、負け戦覚悟してでも行動を起こしたのか。

報道によれば、ハマスが戦果を収められたのは、攻撃初日のファーストアタックだけでした。
その後は、圧倒的な武力差のイスラエルの前に蹂躙されるだけ。
この展開も、彼らは予当然測出来ていたと思います。

それでも彼らが、アクションを起こした理由は、多分こういうことではないかと推測します。

彼らにとっては、蹂躙されることよりも、このまま自分たちの存在が、世界から気づかれずに、忘れ去られてしまう恐怖の方が、はるかに恐ろしかったのではないかということ。

ハマス殲滅と人質救出を名目に、イスラエル軍は、今日も、何の罪もない一般市民を虐殺しています。
これは、すでに戦争ではありません。
一般市民の命を奪うだけの、国家による犯罪行為です。
なるほど、イスラエルを擁護する発言が、次第に影を潜めてきた理由が、ここまで来てやっと呑みこめました。

もはや、ガザ地区のパレスチナ人には、イスラエルに抵抗する力は残っていません。
つまり、この惨状を世界のメディアに報道させるということだけが、現在のハマス及びガザ地区住民たちに残された、最後にして唯一の「戦闘」なのかもしれないと言うことです。
自らの命を危険にさらしてでも世界に伝えたいことを伝える。
自分たちの存在を、永遠に記録に残させ、そして記憶してもらう。
忘れ去られることよりも、まだ未来に期待できる最終戦術が、彼らにとっては、現在のガザ地区の起こっていることを世界に知ってもらうという行為なのかもしれません。
つまり彼らは、その意味では、今も捨て身で戦っているわけです。

歴史上では常に虐げれてきたユダヤ人が、国家と武力を持った時にどう変貌したのか。
これも、我々が同時に肝に銘じておかねばならないことでしょう。
これは、どちら様もお忘れなきよう。

真実は常に、歴史の中にあります。
わが国が見習うべき教訓も。

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