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新・はじめましての自己紹介♪

【最終更新:2024年1月15日】

皆様はじめまして、ねずみと申します♪
いつもご覧くださっている方も本当にありがとうございます。

私は看護師として10年間働き、メンタル不調(うつ)をきっかけに退職。
現在は療養しながら『人生の夏休み』と題して自分探しの真っ最中です。

この記事は私、ねずみの
看護師時代どんなお仕事をしていたか?
そしてうつ発症、
noteとの出会いや活動内容について書いた自己紹介記事です。

医療関係ではない方にもなるべく読みやすいように考えましたので、
お読み頂けるととても嬉しいです。
それでは、始まります♪


私の看護師ヒストリー

私は病気がちな家族の姿を見て中学の頃に看護師になる決心をし、高校受験で5年一貫教育の看護学校に進学しました。
5年一貫教育校は日本における看護師になるための最短コースですが、その分講義や実習のスケジュールが詰まっているのが特徴です。
自分の要領が悪いのもありますが、毎晩レッドブルーを飲みながら眠気と戦い、実習日誌を書いていたのはほろ苦い思い出です(笑)

実習で疲れ果て、気づいたら朝なんてことも…

卒業後は公立の総合病院に就職し、約10年働きました。
新人から5年間は脳神経内科という認知症や脳梗塞など脳の病気や神経難病(ALS、パーキンソン病など)の入院病棟で働き、その後5年間は緩和ケア病棟で勤務をしました。

私は環境の変化にとても弱く、正直あまり出来の良い新人ではありませんでした。
当時の先輩には沢山怒られましたが、数年経った後は「成長したね」と言って貰えるようになりました。
自分が指導する立場になって、あの時厳しく指導して貰ったから成長できたと思っています。それからは新人さんや学生指導を受け持つ機会を多く貰いました。(私の中で態度は優しく、指導はちゃんとするがモットーでした。)

緩和ケア病棟については、学生時代からホスピスを見学した事をきっかけに強い興味を持っていました。
ただ緩和ケアはある程度経験がないと厳しいと当時聞いており、するならベテランになってからかなと思っていた所の異動の話でした。

緩和ケア病棟とは末期癌を抱えた患者様とご家族に対し、体と心の辛さを和らげ、「その人らしく」過ごせるように支援する病棟です。

よく緩和ケアと聞くと「死ぬのを待つ場所だ」と実際に言われる患者様も多かったですが、
当時の師長さんは
「その人らしく生き抜く場所なんだよ。」
とよく言っておられました。
その言葉の意味を今は良く理解できます。

20代という看護師としての経験も人生経験も少ない私にとって、緩和ケアは本当に難しい領域でした。上手く関われなかったなと思うことが沢山ありました。

ですが経験が浅いからこそ、多くの方々の最期の1ページを見守っていく中で「どんな看護師でありたいか」を強く考えた5年間でした。

うつ発症、人生迷子の中で出会ったnote

緩和ケアに対してまだまだ深めたいと思っていましたが、
とある頃から様々な悪いタイミングが重なり、私は「うつ」を発症しました。
当時を振り返ると明らかに心も体もおかしかったのですが、
あの頃の私はとにかく出勤して、仕事することで精一杯で、自分がいかにギリギリの状況なのか気づいていませんでした。

そして休職の後に退職しました。

退職した当時は1ヶ月くらい全身筋肉痛でベッドから動けなくて、ずっと泣いていました。
メンタルヘルスの不調って、これまで気持ちが辛いのだろうなと何となく思っていましたが、身体も心もこんなにしんどいんだと身を持って経験しました。
現在は幸いにも周りのサポートもあり、少しずつ体調もメンタルも回復してますが、社会復帰はまだまだな状況です。

そんな時に出会ったのがnoteです。

2023年7月から始め、
最初は趣味のイラスト活動を中心に始めたのですが、
読んで下さる方々と交流する中で、自分の経験や気持ちを記事にして書くことって良いなと思い、現在は体験談メインで活動しています。
(イラスト活動の様子も時々投稿しようとは思っています。)
今後活動していく中で内容は変わっていく可能性はありますが、現在このような内容でnote活動をしています。

ねずみのnote活動

1.人生迷子な私の『人生の夏休み』活動
2.私のうつ体験
3.メンタル不調時に周りに救われた体験談
4. イラスト活動(作品紹介や制作過程など)

1.人生迷子な私の『人生の夏休み』活動


しばらく療養してようやく人間らしく生活できるようになった私は、今後のことについて考えるようになりました。
ですが、結局何がしたいのか分からなくなり、今の期間を『人生の夏休み』と題して様々な人と出会い、様々な小さなやりたいこと経験をして考えていきたいと思いました。
そんな『人生の夏休み』活動の経験を語ります。


2. 私のうつ体験

私自身、元々メンタルはそんなに強くありません。
ですが負けず嫌いな性格でこれまで乗り越えてきており、自分が「うつ」になるなんて思ってもいませんでした。
実際かかってみて身も心も本当にしんどかったですし、「うつは脳の病気」と言われていることも良く分かりました。
当時は何となくしんどいと思っていましたが、
それが「病気」なのか、ただの「甘え」なのか、
どうなんだろうと思いながらずっと過ごしてきました。

もしあの頃、早めに対処できていたら。
もっと10代の頃から柔軟な思考を持つことができていたら。

きっとここまで苦しまなくて良かっただろうなと今でも思うんです。
メンタル不調は本当にいつ、誰がなってもおかしくないものですし、自分はならなかったとしても大切なご家族や友人がなることもストレス社会と呼ばれる現代では十分あり得ます。

時は戻らない。

でも私の経験を誰かに知ってもらうことで、役立つこともあるんじゃないかな…。  
そう思いながら少しずつ体験談を書いています。


3. メンタル不調時に周りに救われた体験談

うつの療養の中では元気な頃と比べて心が過敏になっていて、些細な出来事で落ち込んだりすることも多いです。
ですがその分、周りの優しい言葉や小さな心遣いにもすごく嬉しいと感じたり、涙することも増えました。
うつになり退職したことで切れてしまったご縁もありますが、本当に大切なご縁は今も変わらず繋がっています。
うつの療養の中で私が受け取った『優しさ』を、今度は読んだ下さった方に感じて頂けるようなお話(体験談)も書いています。


4. イラスト活動

私は幼少期からずっとスキなことがあります。
それは「絵を描くこと」です。小さい頃から何かしら絵を描いていて、学生時代もこっそりと雑誌のイラストコーナーに送って何度か載せて貰いました。看護師になっても何かと「絵描いて!」と先輩に頼まれることが多く、
似顔絵を描いたり、掲示物のイラストを描くこともありました。私の絵を見た人が病院の投書箱に絵が良かったとお褒めの言葉を寄せて下さったこともあり、とても嬉しかったのを覚えています。

看護師を退職してから、一時期イラストレーターとして独立するぞ!!
とすごく意気込んでいた時期もありました。
が、現在は焦らず色んな活動をやってみてゆっくり考えていきたいと思っています。

私は透明水彩という絵の具を使って、女の子のイラストとねこイラストをSNS(twitter・instagram)に投稿して活動しています。
また昨年2023年は大阪と東京の展示会に参加させて頂くなど、少しずつ活動の幅を広げています。
noteの挿絵も手描きで描いていますが(通称ねずみ絵)、こちらはあえて完璧を求めずゆるく楽しく描くことを心がけています♪

こんな絵を描いています♪
2023年12月に東京代官山で展示をしました!

noteでも展示会の時など記事にしていきますが、通常の投稿はXやinstagramを中心に投稿しております。
またイラスト活動用のブログも2023年末より創設しています(こちらは不定期更新で、noteと共通の記事も多いです)。

ねずみの絵、いいやん!と思って下さった方は
こちらも遊びに来て頂けますと嬉しいです♪

【SNSリンク・ポートフォリオ】↓↓↓

現在はお仕事として絵のご依頼はしていませんが、noteで出会った素敵なフォロワー様のアイコンイラストも制作させて頂きました。

noteでの私の目標

以上の4つを柱に記事の投稿をしています。
記事の中で皆様の心に感じるものがあると嬉しく思います。

看護師時代のお話もしたいのですが、今は書きたいことが沢山あってパンク状態なので、また余裕が出てきてからにしようと思っています。

お話もイラストも創作活動というものは、
『続けること』
が何よりも大切で何よりも難しいとよく言われています。
私は結構凝り性というか、完璧主義な部分があるので、あまり思い詰めず自分のペースで続けていくことを心がけていきたいと思います。

現在の目標はどんな形でも良いから、

「1年間noteを続けること」

です。1年後、どんな私になっているかは本当に未知数ですが、温かく見守って頂けますと嬉しいです♪

長い文になりましたが、
ここまでお読み頂きありがとうございました。またお会いできますと嬉しい限りです。
それでは♪
                              ねずみ


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