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#094家系図や家の由緒って、何のためにあるのか?

 先達て馬部隆弘『椿井文書-日本最大級の偽文書』(中央公論新社、2020年3月)を購入しました。まだ読めていませんが、この書籍の刊行の後に「ほぼ日刊イトイ新聞」に著者インタビューも掲載されて、より広く知られるようになった書籍のように思います。この書籍のタイトルにもなっている椿井文書、「偽文書(ぎもんじょ)」と呼ばれるもので、なにがしかの理由でもって作為的に制作された古文書として、関西圏ではとみに知られた史料です。椿井文書については、この書籍をみていただくのが一番判りやすいと思いますが、「ほぼ日刊イトイ新聞」の著者インタビューもなかなか面白いので、下記にリンクを張り付けておきますので、ご興味のある方はご覧ください。

 この椿井文書は、地域の利益を証明するためなどに作られた史料なのですが、なぜこのような史料が作為的に作られたかというと、江戸時代が先例尊重、文書主義の世の中であったことに理由があります。例えば、この地域の年貢をこういう場合には減免する、ということや、この地域には代々こういう利権が保証されている、あるいは、ある池に対してどういう順番で村々に水利権があるか、など。このように江戸時代には以前に作成された古文書(当時はもちろん現用文書になります)を参考に、奉行所での裁判などの裁定を経て、権利関係を確定していくことによって、それぞれの地域や人々の権利を確定し、保証していました。そのために、過去に作成された古文書を家々で大事に保管しておき、いざといったときに出してきて、その主張の根拠とする、ということを行うために、古文書というものが代々残されてきていました。このような社会背景があるために、個人や村々で権利を確保、維持したいという思いから椿井文書のような「偽文書」が作成される訳です。

 このような権利の保障の中に、家の伝承なども含まれます。例えば、さる家は大坂の陣の際に、家が徳川家康の休憩する場所になり、ここで一息つけたためにお礼として苗字、帯刀の権利や拝領したモノや書付などが残っている、という伝承のある家などがあります。もちろんそれが事実であるところもあるでしょうが、そうでないところもあります。そうでない場合、家の名誉や権威付けのために、それを担保する何かを作る必要が出てきます。そういう場面で作られる古文書がいわゆる「偽文書」にあたります。
 筆者の妻の家に残る家系図が恐らくそのテのものではないかと思われますので例として挙げたいと思います。筆者の妻の実家は、旧国名でいうと播磨国にありますが、家系図の記載は室町時代にまでさかのぼるものです。家系図によるとこうあります。室町幕府の第六代将軍・足利義教が「美女狩り」を行い、それにより集められた女性のうちから気に入った女性の親兄弟が出世することになります。その突然出世した人物が妻の実家になります。しかし、その取り立ててくれた義教は、嘉吉の乱により赤松氏により殺害されます。これによって敵討ちが目指されるのですが、突然大名に出世したような人物ですので、それほど力もないために赤松氏に返り討ちにあって敗退、ほとんどが死亡しますが、一子が生き残り、遠路逃亡して密かに暮らして義教の恩恵を今に伝える、となっています。
 これまで筆者も様々な家系図を見ましたが、概ね登場する人物は織田信長であったり豊臣秀吉であったり、徳川家康や楠木正成などプラスイメージの人物が登場します。しかし、この家系図には、室町幕府の中でもマイナスイメージの強い足利義教です。普通に考えると、家の由緒を記す中にマイナスイメージを持つ人物は、当時の人々も登場させたがらないと想像されます。おそらくこの家系図は、江戸時代に系図書きと言われるような職業の人に作成してもらった「偽文書」であろうと思われますが、ではわざわざ作成した「偽文書」に、そんなマイナスイメージの人を登場させるのか、という疑問も湧きます。もし意図的に登場させたのであれば、信ぴょう性を感じさせるためにわざわざマイナスイメージの人物を登場させるという、相当勉強した系図書きだったのではないか、という想像を、筆者としては膨らませてしまします。

 もちろん、きちんとした家系図をお持ちの家も多数ありますので、家の伝統や由緒を示して今に引き継がれており、本来の目的を達している本物の文書としての期待された効力を発揮していることと思います。今回は筆者の妻の実家の例で恐縮ではありますが、おそらくいろいろな知恵を駆使して、自分の家がいかに伝統があり、権威のある家柄かを誇示し、地域の名士であるということを示すために家系図などが利用され、江戸時代に系図書きなどと言われる商売も横行したであろう、ということも、文書主義、先例主義を利用した悪しき例として記しておきたいと思います。

 このようなお話(といっても大分無責任な放談となっておりますが)をPodcastでもしておりますので、もしご興味がおありの方は、下記のリンク先からお聞きいただけます。


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