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理系大学生の10日間瞑想合宿体験記vol.4(最終回)


▶ここまでのあらすじ

ヴィパッサナー瞑想コース10日間のうち、6日が終わった。最初のうちは決意の瞑想によって両脚に激しい痛みを感じたが、何度も何度もトライしていくうちに、徐々に痛みが和らぎ、姿勢を変える頻度は着実に少なくなっていった。

瞑想合宿体験記vol.3はこちら


▶7~9日目・コース終盤に差し掛かる


●「1時間姿勢を変えない」をついに達成!!

それは7日目朝のグループ瞑想での事。瞑想を始める前から、頭の中は雑念が無く、クリアだった。

いつも通り自分の座布団の上に座り瞑想を始める。特に何の気負いもなく、「今回こそは姿勢を変えずに1時間座り通すぞ!!」といった気概もなく、淡々と体の感覚を観察していった。

やっぱり脚は痛むが、最初に決意の瞑想をやった時のような強烈な痛みではない。冷静に、客観的に痛みを観察することが出来た。

もうそろそろ1時間経つんじゃないかな、と思った3分後くらいに、ゴエンカ氏の詠唱テープが流れ、指導者から休憩の合図が出た。この時、私は初めて決意の瞑想を達成したのである。

素直に嬉しかったが、特に爽快感は無かった。そこまで脚が痛くなかったし、気づいたら1時間経ってた、という感覚だった。なので、これからヴィパッサナー瞑想合宿に行く方には、ぜひご安心いただきたい。最初は猛烈な痛みで死にそうになるかもしれないが、指導通りに粘り強く取り組むことでその痛みは着実に薄くなっていくだろう。(ただ、決意の瞑想は1時間座り通すことを目的とするのではなく、体の感覚に気づきながらも反応しない訓練として実践する心持ちで行うのが個人的にはよいと思う。)

●新しい指導が加わる

7日目あたりから、さらに新しい指導がなされた。以下のようなものだ。

「全身に均一で微細な感覚を感じる時は、自然な流れのように、頭から足、足から頭へ意識を巡らしなさい。感覚を感じない部分や、粗雑な感覚を感じる部分は、今まで通り部分ごとに感覚を感じていきなさい。」

正直なところ、均一で微細な感覚(らしきもの)はかなりの頻度で感じていたのだが、「自然な流れのように」という部分があまり理解できなかったので、坐り始めた一番最初に少しやるだけで、あとは今まで通り部分ごとに意識を向けていった。

●おわりが見えてきた

7日目からコース終了までの間は、とても時間が経つのが遅いように感じた。

「あれ、まだ11時か…。」
「まだあと2日もあるのか。長いなぁ。早く時間経たないかなぁ」

コース終了後に聞いた話だが、他の参加者も同様に感じていたと言う。
もしかしたら、コース終了の日が近づいてきたことで、コース終了後の生活等に意識が向き、時間を気にし出したことで、時間が経つのがゆっくりに感じられたのかもしれない。

または、無意識にではあるが、1時間の決意の瞑想を達成したことで、教わることはすべて教わった、という感情が自分の中に芽生え、早く帰りたいと思ってたのかもしれない。実際、7日目以降は消化試合のような感じがすごくあった。

▶10~11日目・おしゃべり解禁、コース終了

●10日ぶりのコミュニケーション

10日目のお昼ごろ、瞑想ホールから出ると、「聖なる沈黙は解かれました」という看板が立っていた。(聖なる沈黙とは、おしゃべり禁止令のことである)

コース0日目の時もそうだったが、男性は集まったりしゃべったりあまりしないのに対して、女性の方は食堂の前で大勢で色々と語り合っていた。

大勢の女性達に混ざって男一人でしゃべりにいくのも気恥ずかしかったので、0日目に瞑想センターまでの道中を共にした方と昼食の時間まで談笑した。脱水機や宿舎の事、食事の事などについて感想を述べあった。

昼食が終わってからは、男性の方もしゃべる雰囲気が出来上がっており、様々な人との会話を楽しんだ。

私から見ると、周りの皆さんは瞑想中涼しい顔で身じろぎ一つせず坐っていたので、痛さを感じていないのかな、と思っていたが、そんなことはなかったらしい。私の隣の方も、そのまた隣の方も、めちゃくちゃ痛かったという事を食事中に聞いた。

●11日目、コース終了

コース11日目の朝、瞑想ホールで瞑想とゴエンカ氏からのメッセージビデオ鑑賞をすますと、コースは終了した。その後朝食、大掃除といった流れだ。

大掃除では、各自の部屋で布団や毛布の片付けをしたあと、割り振られた場所で清掃を行った。10日もの間、無料で使わせていただいた寝室、食堂、トイレやシャワー室、そしてコースを運営してくれた奉仕者の方たちへの感謝の念があふれた。

掃除が終わった後は、バス停まで20分ほど歩いてから、最寄り駅までのバスに乗った。10日前にも見た風景なのに、とても懐かしく感じられた。というか、グラウンドでサッカーをしている少年少女を見て、「ああ、下界に返ってきたんだな」とひしひしと思った。

コースに参加した前と後で、自分の体と心に劇的な変化は現れなかった。まあ、10日間という期間の短さを考えると妥当だろう。(解脱という最終状態に至るには、もっと時間が必要らしい。)ただ、「物事を評価・判断せずにありのままに感じる」ことを手軽に実践、訓練できるヴィパッサナーを学べて、とても貴重な時間を過ごせたと思う。コース終了後の日々でも、日によって時間にバラつきはあれどヴィパッサナーを継続して実践している。

皆様も、時間と機会をつくってぜひ参加してみてはいかがだろうか?
日本ヴィパッサナー協会のサイトへは下のリンクからどうぞ。


▶感想・情報・いろいろ

●参加費は無料

さて、このヴィパッサナー瞑想のコース、参加費は無料、0円である。
なんでだ?なぜ50人近くを10日以上も滞在させることができるんだ?

お答えしよう。それは、「運営はすべて寄付によって賄われている」からだ。

ゴエンカ氏曰く、ヴィパッサナーとそれによって得られる恩恵(ダンマとよばれていた)を、ビジネスにしてはいけない、ということだ。

そういうわけで、食費も光熱費もすべてが寄付、しかも10日間コースを修了した方からのみの寄付で支払われている。
人々の感謝と慈しみの心で、このコースは運営されており、また今後も運営されていく。

●瞑想センターの周りは超田舎

瞑想センターを一歩出ると、そこには田んぼと木々が広がっている。車通りはほぼない。しばらくは瞑想センターからの一本道が続いており、瞑想センターに用がある人しか通らないからだ。

目の前に広がる田んぼ、そして散見される日本家屋は、まさに日本の原風景、里山といった感じだ。

映画で例えると、「おおかみこどもの雨と雪」で、主人公の花が都心から子どもたちと共に引っ越してきた場所のような感じだ。

私は自然や和風なものが大好きなので、「こういう場所でのんびり暮らすのもいいなぁ」と熱烈に思った。

●久々にスマホ君とご対面

コース終了日の朝、スマホが返却された。使い始めるとまた以前のように何時間もスマホを眺めて一日を過ごしてしまいそうで、あまり受け取りたくはなかった。コース中の10日間は非常に長く感じられ、それは電子機器に触れていなかったことも大きな要因だと思う。普段の生活でも、必要な時にしかスマホは使わないようにしよう、と決意を新たにする自分であった。


今週のスクリーンタイム0秒の証拠写真。こんな画面を見る機会はそうそうないだろう

●帰宅後、書籍を購入

「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門」という書籍を、後日購入した。コース終了後に、食堂に飾られていた一冊だ。内容は、ヴィパッサナーについての説明やたとえ話などが多い。コース中の講話で触れられた内容も多く、復習として読むのには最適だろう。この本を読むことで、要点や講話の内容を思い出し、日々の瞑想も継続しやすくなるだろう。

だが、個人的にはコースに参加していない人がこの本を読むのはお勧めしない。実際に指導をもらい、実践して自分事として体感することが最も重要だと思うからだ。


10日間の軌跡を振り返ることが出来る

▶ここまでお読みいただきありがとうございました


この記事を読んで、皆様がヴィパッサナー瞑想合宿について少しでも理解が深められたのなら、わたしにとって望外の喜びです。

私の体験記はこれにて終了となりますが、体験することは同じといえど、人によってさまざまな感想、思うところ、影響があると思います。
この十日間の体験は、誰にとっても実りのあるものになると思います。興味を持たれた方は、ぜひともご自身で体験してみてください!!










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