美しいゆめ⑥【創作小説】

私達はそれからの日々を曖昧なまま過ごした。知らないことは沢山あって過去についてはほとんど話さなかった。今を着実に重ねていれば、愛は育める。そしてその愛の形に名前は必要なかった。
出会ってから5、6年経つとほとんど一緒に住んでいるような状態になった。時生は自宅に撮影スペースを併設していて(時生は業界では有名なプロのカメラマンだった。)2人で生活するには十分な家に住んでいた。仕事が終わると週に4日程は時生の家に帰った。互いに全く別のことをしていてほとんど話さないまま眠る夜もあれば、一緒にお酒を飲んで上機嫌になり、笑いが止まらなくなるような夜もあった。休みが被った日には、テレビで観て気になっていた(主に私が)ご飯を食べに行ったり、温泉に行ったりした。
仕事が終わりいつものように時生の家に帰り、時生が作ってくれていたキムチ鍋を食べた。お風呂から上がり、冷蔵庫から冷えたビールを2つ取り出してソファに座っている時生に一つ渡す。「今日は何観る?」「うーん」「まあ適当につけとくか」「あのさ」「うん」


「時生の中で愛って何?」


唐突に聞きたくなった。私は時生との穏やかな日々に慣れてしまって恋とか愛とかを考えずに生きていた。愛に飢えていた日々を思うとこんなに幸せなことはなかった。「あなたにとって愛って何?」私の中でも定まっていない答えを愛している人に投げかける。その答えが私を満たそうと落胆させようと今はどうでもいい。ただ、聞きたい。
んーなんだろう。そう言っていつもみたいに顎の髭を撫でた(時生は考え事をする時髭を撫でる癖がある)こちらをいつものように、その瞳で見つめながら言った。


「俺の愛は美月のもんだよ。俺が無条件に美月に与えたいこと全てが愛だ」


くすぐったい。時生のくれるとびっきりの愛が眩しくて、あったかくて。
彼といた日々にあったのは、情熱的な恋ではなかったし甘ったるい愛でもなかった。それでも、私達にしか分かり得ない愛がそこには存在し続けていた。
恋が愛だと疑わなかった私は知ることになった。愛とは型にはめたり名前を付けたりするものではなく、時間をかけてそれぞれの形を育むものだと。
父を亡くした頃の若き日の私に言ってあげるとするならばこうだろう。


「あなたは愛されている。そしてこれからも愛され続ける。大丈夫、愛はこの世に溢れるほどあるから。」



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